第3話 とある夜中の日常風景
「よ、一和。おはよう!いやー、今日はいい天気だな、はは」
「……やっぱりお前かよ。案内係って。」
朝。10時。
日の光が暖かくポカポカとする、そんな気持ちがいい日。
家にやってきた訪問者、和志を迎え、俺は軽く眉を寄せた。
昨日、帰り道。
優香が駅まで送り、家に帰ってから、家には苺と俺の二人になった。
久しぶりの二人暮らしに、何だか俺は懐かしさを感じていた。
「お兄、晩御飯出来たよ。」
「メニューは?」
「チキン南蛮、カレイの唐揚げ、ポテトサラダ、豚汁、漬物。ちょっと量作り過ぎた気がしなくもないかも。」
苺が作った晩飯を見渡す。
何だか感動だった。
女の子が作った料理というのが、この四年間一人暮らしで自炊した飯をただ食べる。という暮らしをしていた俺の胸をピンポイントに貫く。
ちなみに、俺も料理は出来る。
というか、一人暮らしだったが故に必須条件となってしまったのだが。一応、家政婦的な存在もいたが、自分で飯を作っていたからなぁ。
苺と二人暮らしするにおいて、家事は交代制にした。風呂洗いからトイレ掃除なども互いに都合の良い曜日に決めた。
部屋掃除は、個人で。しかし、リビングなど共有の場所は交代で。
ちなみに洗濯などはモラルの問題で個人で。お風呂に入る順番は自由。
妹とはいえ、苺も女の子だ。やっぱりそういう線分けや、ルールは必要だったりする。
「うわ、美味げ。いただきます!」
苺が作った料理に食らいつく。
「美味い!何だ、この豚汁は、豚の旨味の中に入った独特の風味、それが豚汁の中のゴボウなどの味を引き立てる、これは何だ?唐辛子でもない、白ゴマでもない、すりおろした芋でもない、分かった!「クワの実」だ!そうだな!」
「違うけど。」
違った。
それにしても、と。俺は胸にジーンと響く衝動を止められない。
本当に美味い。
「苺、料理上手くなったなぁ。数年前は、料理が下手で、とんでも料理ばっかり作ってたのに。」
「お兄、甘くみちゃいけないよ。私だって進歩するんだよ。もう昔みたいに、餡子カツなんて作らないんだから。」
懐かしいな、餡子カツ。
鮪まんや、鯖のマヨネーズ炒め、エビチリならぬツナチリ。
あの頃の料理は酷かった。
ただ、苺の料理が食べたくなくて、無理に仮病のフリをして回避することばかり考えていた時代。
本気で食中毒になり、病院に搬送され、苺に大泣きされたのは良い思い出だ。
ちなみに、その時食べたのは、ミルク鍋魚介入り。
(純粋100%ミルクの鍋に、魚介と山の幸をふんだんに盛った、まさに俺を病院送りにした会心の一品。ダシも何も入っちゃいない。苺は、具材をぶちこんでれば、自然と味が出ると思ってたらしい。)
よく食えたな俺。
なんで、無茶したんだろう俺。
「二度と病院送りにならなくて良いんだね、バーニィ。」
それが、今では。
こんな美味しい料理を作れる様になるとは。
涙が出そうです。
「お兄は、大げさだなぁ。」
「病院送りに遭ったら、そりゃ大袈裟にもなるって。それにしても、こんなに料理上手くなって、誰かに教えて貰ったのか?」
「ううん、独学。レシピ本見て、必死に努力した結果ですよ、お兄様。」
「流石としか言いようがねぇな、そりゃ。」
「まぁね。お兄を食中毒で、また病院送りにするわけにいかないから。」
「そうだな、それにお前に大泣きされるのも嫌だし。」
「それは忘れてよ!」
苺の言葉に笑い、俺はカレイの唐揚げにかぶりついた。
「洗っておくから、そこにつけといてー。」
「あいよ。」
食べ終わった食器を、台所の流し場に置いておく。
家事も出来る様になった、しっかりものの妹に俺は満足。
「俺、部屋の掃除してるから、何かあったら声かけて。」
家計簿をつけている苺にそう声をかける。
ちなみに、苺は家計簿もつけているらしい。さっき見せてもらったら、ここ数ヶ月に使った金銭の詳細がびっしりかかれていた。
苺は、こういうマメな仕事が得意だ。俺はというと、逆にそういう細かい作業は嫌い。やっぱ、男はビックに生きねぇと。
「お兄、お風呂入らないの?」
「いや俺、お前の次に入るわ。だって、苺も年頃な娘な訳だろ?男が入った後の風呂なんて嫌だろうし。」
「別に、お兄なら気にしないけど?昔は一緒に入ってたわけだし。」
「そんな時代もあったねぇ…。」
確かに昔、一緒にお風呂入ってたりしたけど、それは小学校の頃の話な訳で。
言うなれば、やましい事なんか無いよ。
「とはいえ、俺と一緒にお風呂入ってたのは数年前だろ。もう互いに大人なんだから自重、自重。」
「大人か。確かにそうだね。大人だからお風呂くらい一人で入らないとね。」
苺がそうぼやく。
いつまでも子供じゃいられないんだよ。
と、カッコイイセリフを浮かべる俺に、苺が呟く様に言った。
「それとも、お兄。一緒に入る?」
「…、」
思考停止。
苺と一緒に、だと!?
「それでも良いなら入るけど?」
「……、」
「お兄?」
「は!……ば、ばかもん!年頃の娘が、軽々しくそんな冗談を言うんじゃありません!」
「……へー、冗談か。」
「なんだよ、そのへー、は?」
「私の言葉、冗談という事にしておいて。けど、お兄。実は一瞬、それも良いかも。とか考えたでしょ?」
「考えてないよぅ?」
考えてないよ。考えてなガガガガガガガガガ
「ふーん、考えたんだー?」
なぜ、思考がバレてしまうんだぜ。
ふーん。と、微笑を浮かべる苺に、俺は冷や汗を流す。
そんな俺に、苺はジト目を向けると、ボソッとある言葉を呟いた。
「H。」
エッチ。
それは、ある何パターンかの利用法として使われる言葉だが、今回使われた和訳としては、「妹に欲情するなんて、お兄様は本当に変態でいらっしゃる」が的確だろう。
大変、遺憾な言葉だ。
俺は、他人にエロいとかエッチとか言われるのが一番嫌いだ。
だからこそ、反論する。
「異議あり!」
反論開始!
「お前、俺がHだと言うがな、俺がエロイと判断するほどの物的証拠をお前は持っているのか!?お前、俺の思考だけでエロイと決めつけてるんじゃないのか!!?」
「え、お兄。Hな本持ってるんでしょ?十分、Hじゃん。」
「そ、そうですね…。」
反論終了。
「まぁ、とりあえず。お兄、先にお風呂入ってきなよ。」
「そうか?じゃあ、先にお風呂入るとするか。」
「うん、それが良いと思うよー。」
苺がそう言うんだし、本当はお風呂は後回しにしようと思ってたんだけど、先に入る事にする。
今日は疲れたからな、身体が重くていけねぇや。
とりあえず、脱衣場に向かう俺に。
「お兄、やっぱ一緒に入る?」
背後からかかる苺の声。
その声に、多少照れつつも。
「アホ。兄をからかうな!」
そう言って、俺は苺に背中を向ける。
妹のからかう言葉に、俺は照れを隠す事は出来なかった、だから足が早歩きなんだろう、いや違いない。
そんなバカな事を考えながら、俺は脱衣場に向かった。
「いやぁ、風呂はいい。風呂は人間が生み出した文化の極みだな。」
風呂から上がり、洗面所にて俺は自分の頭にドライヤーの熱風を当てながら、独り言を呟く。
乾いた髪に、アイロンを当て、ストレートに仕上げた後、リビングに顔を出す。
「あがったぞー。苺、風呂空いたから入れば?」
「食器洗ってから入るから。」
苺は台所にて、食器を洗っていた。
俺は、そんな苺の横を通り、冷蔵庫を空ける。風呂上がりと言えば、あれしかねぇよな。
「やっぱり風呂上がりは、コーヒー牛乳だな!」
コーヒー牛乳しかないだろう。
俺は、パックで冷蔵庫に入っているコーヒー牛乳を取り出し、コップに注ぎ一気に飲み干す。
「美味い!苺も飲む?」
「いらない。私、お風呂入ってくるから。お兄、コップちゃんと洗っておいてね。」
「了解、シスター。」
風呂場に向かう苺を後目に、俺はテレビの方に顔を向けた。
そこでは、最近流行りの芸人達が料理を食べてリポートしている様子が映し出されていた。
コップを洗い、ソファに寝転ぶ。リビングの配置は、ソファがあり中央に机。そしてソファの向かいに50インチのテレビがあるという感じだ。
しかも家のテレビ、何気に3Dだから驚かされる。とはいえ、普段は通常モードなんで、3Dでは滅多に見ないが。
一応、那奈夜家の一員だから、部屋の中にある家具などは意外と高級品ばかりだったりする。
冷蔵庫なんかも、収納スペースが異常にあるし、中がモノを取りやすい様に回転したりもする。ソファも、高級皮だし。
那奈夜のじいさんの粋な計らい。というわけだろうか。
ちなみに、昨日、顔を出した時は居なかったが、本来なら、婆ちゃんと優香の両親もいつもならいる。
とはいえ、爺さん曰く、グアムに行ったという話だったから、暫くしたら帰ってくるだろう。
そんな事を考えていると。
ブルブル、ブルブル。
机に置いていた俺の携帯が震えた。
画面を見ると、そこには優香の文字。しかも、メールではなく電話。
とりあえず、俺は電話に出る事にする。
「もしもし、亀よ。」
『亀さんよー。』
俺と優香のコンビネーションは完璧だった。
『もしもし、一和?』
「はいはい、一和ですけど。何の用だ、優香?」
『今、ちょっと忙しいから用件だけ言うわ。アンタ、明日暇って言ってたわよね。』
「確かに、暇だって言ったな。」
『なら、明日、アンタん家に案内係送るから、学校の視察に行ってきなさい。』
「学校の視察?」
『そ、アンタ、自分が通う事になる学校について知りたいって言ってたわよね。』
「まぁ、言ったが。」
『本当は色々説明してあげたいんだけど、正直聞くより実際に見たほうが早いわよね。』
ん?どういうことだ?
『一和、明日学校に入り込んできなさい。』
「は、はぁ!?どういう意味だよ。」
『そのまんまの意味よ。アンタが通う事になる盟桜学園で、明日お偉いさんのちょっとした視察があるらしいわ。つまり、都合いいから見学に行けって言ってんのよ。』
「見学って。大丈夫なのかよ?」
『大丈夫よ。話はつけといたから、明日は私は用事があって行けないけど、案内係がアンタの家に朝に行く手筈になってるから、詳しい話は案内係に聞いて。』
「案内係?誰が来んの?」
『それはお楽しみよ。安心なさい、アンタに危害を加える人間じゃないから。』
「逆に、案内係が、俺に危害を加える人間であってたまるか。」
『まぁ、アンタが通う事になる学園だから、しっかり見てくる事ね。』
「というか、優香はその学園に行った事あるのか?」
『あるわよ。アンタん家からもそう遠くは無いから、徒歩二十分くらいかしら。』
「結構、近いんだな。なら、通う時も徒歩で行けるか。」
『まぁとりあえず、明日案内係が行くから、偵察してらっしゃい。』
「了解。明日の朝でいいんだな。」
『そうね。悪いわね、今忙しくて用件しか言えなくて。』
「別に良いってことよ。じゃ、切るぞー。またなー。」
『またね。』
そう言って、
つー、つー。
と音を鳴らし、切れた携帯電話を机に置く。
なんだか、忙しそうだったが、多分。いま、親戚が家に集まってたり、お偉いさんが訪問したりしていたのだろう。
優香はあんなでも、那奈夜の長女で今のところの名家を継ぐ身だから、お偉いさんの席には出ないといけないという立場がある。故に、結構忙しい身だったりする。
本来は、養子だが那奈夜の長男として迎えられた存在である俺が、そういう席に立ち会わないといけないのだが、そういう訳にもいくまい。
親戚間では、俺と苺は認められてない存在だから、堂々とでしゃばる訳にはいかないのだ。
それに、俺の身体の事も親戚達には良く思われていない。
そんな俺の為に、優香が引き継ぎ手を引き受けてくれているのはわかっているのだが。
どうも、人生うまくいかないものだ。
そんな事よりも今は、明日来るって言ってた案内係が誰か気になる。
まぁ、思い当たる人物は一人しかいないわけで。
俺は、頭の中に浮かんだ人物に、眉を寄せた。