第2話 ワリとやるもんだね
「やぁ、二人とも遅かったじゃないか。HAHAHA」
駆け寄り、柱前にいる優香と苺に話しかける。
二人とも凄まじく微妙な顔をしていた、というかジト目だ。
「さ、さぁ、行こうか。」
俺は沈黙する二人の視線を受け、冷や汗が止まらない。
俺はなにもしてないはずだが、この二人の妙な視線は何だ?
こうなればと、足を進めようとして。
「怪我見てあげるなんて、随分、優しいじゃない?」
いつも、うるさいくらいの優香がやっと喋った。が、声色が低い。
「お兄。私達との待ち合わせ場所で女の子口説くなんて良い度胸してるよね。」
今度は苺が喋る。が、何かいつもと雰囲気が違う。何て言うか、こう、怖いというか。
「別に、口説いたりなんかしてな――」
「あの人、可愛いかったねお兄。ああいう誠実そうな人、お兄、好みだよね。」
俺の言葉を遮る苺の言葉。
「な、なぁ。二人共。いつからいたんだ?ここに。」
『『最初から』』
それはどこの最初からなんだ?
とは聞けない。というか、二人の目がそれ以上の追求を許していない。
二人の声がハモるのが劇的に恐怖なんだが。
「なんで、遅れたんだ?」
とりあえず、何故遅れたのか聞いてみる。
時刻は10時40分。10時集合のはずなのに、明らかに遅刻である。
俺の言葉に、優香は。
「遅れて悪いの?」
逆ギレだった。
悪いわい!なんて言えない。
気づいているかもしれないが、私は女の子に対しては頭が上がらんのですよ。
「わ、悪くないです。」
とりあえず、怒る意味が…。
「ねぇ、お兄」
「どうした妹よ。」
「悪くない、って自分で言っているのに。どうして理由を聞くのかな、かな?」
なんか、妹が某住人の様なキャラになっている気がするのは気のせいか。
気のせいに違いない。
とにかく、この場を離れよう。と、
背後に、二人の陰鬱の空気を感じつつ、冷や汗を流す俺はとりあえず。街中に向けて歩くことにした。
「で、結局。あの女の子と何してたのよ。」
街中を歩きつつ、優香が言う。
二人の機嫌はあの後、すぐに治った。
というか、フリだったらしい。
何ともはた迷惑な、というかどう考えても演技には見えなかったが。
というか、演技ではなかったと俺は確信している。
とりあえず、俺は優香に事の顛末を話した。
やましいことなんか無いしな。
「よもや、私があんたに渡した緊急治療セットが役に立つとは。つまり、私のおかげ?フフフ、一和感謝していいわよ?」
「はいはい、感謝感謝。」
「サーテイワンで手をうつわ。」
「はいはいって、買わねぇよ?」
「私は、レアチーズが大好きよ」
「だから、買わねぇよ!?」
そんな語りをする俺と優香を横に苺は。
何か引っかかることでもあったのか、首をかしげていた。
「どうかしたのか?苺。」
「なんか、あの女の人、どこかで見たような気がして……」
そういえば、俺もあの子の事、どこかで見た気がする。
と思ったけど。
苺もそう思うってことは、気のせいでは無いよな。
でも、どこで会ったかわからない。
俺たちと関連する人物だろうか?
「気のせいかなぁ。」
まぁ、この問題は先送りにしよう。考えるだけ無駄かもしれないし。
「で、これからどこに行くんだ?」
「言って無かったかしら?」
「聞いてない。てか、買い物に行くわよ、しか聞いてないから。」
「そうだったわね。けど、安心なさい。もう今日、行く場所は決まってるから」
「何処?」
「ここ。」
「え?」
優香と苺が道端で立ち止まる。
周りは駅前という事があってか、ブティックや衣料店、様々な店が立ち並んでいる。
果たして、どの店に入るつもりなのか。
と、思っていたのだが、優香が「ここ」と横の店を指差した。
その指を差す方向を眼で追ってみると。
外見がピンク色の店に眼がいった。
『Pink rose』という店名がデカデカと書かれた店。
だが、俺の気のせいだろうか。
女性下着専門店、と小さく看板に書かれているのは。
あれじゃないですか、いわゆる。ランジェリー・ショップとか言う、ジャンルのお店の様な気がするんですが。
いやいや、まさかこの店では無いだろう。
いや。
そんな、まさか。
え?
え、、、、、、、
「………、」
ピンク色のオーラというか、女ッ気というか、そんな気配におおわれた店内の中。
ランジェリー・ショップ『pink rose』の店内、人目につきにくいであろう端っこで、俺は沈黙していた。
だが、所詮。
人目につきにくいだけの話、周りを見ると、女子下着専門店になぜ男子がいるのかと、そんな不審な眼をした、女子高生やら大学生やらが、俺を見ていた。
というか、クスクス笑ってたりしてる。
これほど、死にたい。と思った事があっただろうか。
とんでもない羞恥プレイ。
群の中に放たれた動物の様に、俺は身を震わせる。許しがあるのならば、すぐに逃げたいくらいだった。
だが、逃げれない。
原因は一目瞭然だ。
俺の手に持たれている二つの鞄と上着。言うまでもなく、苺と優香のバックとあいつらが羽織っていた上着など。
二人は、というと下着を持って試着室に入り既に十五分。
つまり、鞄持ちと上着を持たされている俺としては、ここで待つしか無いのだ。なんと残酷な事であろうか。
俺はその間、ここで二人が来るのを待つしかない。
そんな事を考えている矢先、試着室を出た優香が此方に走ってきた。
「一和。これどう?似合う?」
そして、お店のブラジャーを胸に当てて、似合うか聞いてくる。
かなりどうでもいい。
言っとくが、優香の胸はデカイ。
幼なじみの関係だから言えるが、奴の胸はHカップを超える。
胸がデカイ分、悪意もデカイ。奴の両胸に入っているのは、間違いなく悪意。というのは、俺の持論だ。
というか、気付いたんだが。
優香の顔を見る。明らかにニヤニヤしていた。
この他人を小馬鹿にした笑みを浮かべて。
この女、軽く硬直してる俺の反応を楽しんでやがる。
下着を買うのは二の次で、俺に嫌がらせをするのが目標で、この店に連れて来たのではないか。
ありえる。
「あぁ、似合う。似合うから、早く買い物して。出ようここを。」
早くここから逃げ出したい。そんな俺の心情を知らず、いや知っているのだろうが、優香が絶望的な言葉をはいた。
「分かってるわよ、あと五着試したらね!」
「…五……着だと?」
俺の脳裏に絶望という言葉が流れる。優香はタタッ、と試着室に戻っていった。
「マジかよ…。」
俺は立ちすくみ、普段表に出さない絶望的な表情で、そう言葉を漏らした。
十分後、苺が戻ってきた。
「試着し終わったよ、ってお兄、どうしたの?全身から腐敗オーラが…」
苺の視線の先には、廃人がいた。
「なぁ、聞いてくれよ。店内のお客が俺をみて笑うんだぜ?店員も、何もせずただ立っているだけの俺を見て、何かをコソコソ話し出すんだぜ?」
「お、お兄、?」
「俺を見、て、ガガガガガガガガガガガガガガガが。」
「お兄!?」
「そんな、目で。俺を見るなぁぁぁぁあ!!!!」
「お兄、本当にどうしたの!!?」
壊れてから再生するのに二分かかった。
此方をコソコソ不審な眼で見ていた店員達は、苺を見て、あぁあの子の付き添いなのかと納得してくれたのか、不審な眼で俺を見ることは無くなっていた。
しかし、奇異な目はいまだに無くならないが。
「お兄、優姉は?」
「まだ、試着室。ちなみに、あと二着あるらしい。」
優香は、さっきまで、俺の様子を試着室から覗いていたのか、ケラケラ笑っていた。
なぜ分かるかって?
笑い声がここまで聞こえるからだよ!!
「お兄、正直。はやく出たいでしょ?」
「当たり前に決まっとろう。何が悲しくて、女性下着専門店に来ないかんのだ。」
「でも、ちょっと良い体験かも。とか思ってるでしょう?」
「……。思ってないよぅ」
全然思ってませんとも。
正直な話。
妹と幼なじみが何気に、女子の中でもレベル高いから、その辺の女の子の下着姿でどうじる事なんてある訳がなななななななななな。
「……、お兄って普段、ポーカーフェイスだけど、たまにリアクションに走る時があるよね。」
あきれた顔で俺を見る苺。
「ただいま~。買い終わったわよ~。」
そんな会話をしていると、優香が袋を下げて帰ってきた。
持っている袋は、買った下着だろう。
「さぁ、買い終わったし、次の買い物に行くわよ!」
「あぁ、やっと出れる。」
俺の顔に、本日初めて浮かべる安堵の表情。ありがとうございました。という、店員の声を背中に受けながら、俺たちは店を出た。
「あー、重いー、疲れたー。死ぬー」
そんな事をぼやきながら、街中を歩く。
俺の両手には大量の袋が下げられていた。
それは服であったり、生活用品であったり、今日買ったモノが袋に詰められ、俺の両腕にぶら下がっている。
そんな荷物を持ち歩く俺の前方には、楽しく会話をしている優香と苺。
下着店を出てから、ランチに行き、様々な店に行き。時刻は早くも、もう四時を周っていた。
様々な店をまわる中で、俺は自身が今日、荷物持ちの為に連れて来られたんだと確信した。
男とは、損な役回りだ。
で、現在だが。
買い物は終わり、ちょうど帰るところ。
とはいえ、今日帰るのは、那奈夜の本家では無い。苺が暮らしてるアパートの方だ。
俺は、中学に上がるまで、家政婦を含めた三人で、とあるマンションに住んでいた。
何故かというと、那奈夜の親戚達の迫害から、二人を守るため。という那奈夜のじいさんの苦肉の策のおかげなのだが。
現在は、苺がそのマンションに一人で暮らしてるいるらしく、今回、俺がこの街に帰ってきたのをきっかけに、また一緒に住もうという事になったのだ。
正直な話、年頃な妹とうまく二人暮らし出来るだろうか。
などと不安は多少ある、が。うまくやるしかないだろう。というか、アダルティックなイベントを起こしてしまうんじゃないか、という不安感がデカイ。
それにしても、と。優香と苺の二人の背中姿を見る。
三人で外に出るのは久しぶりだった。
というか、四年ぶり。
昔は良く一緒に遊んでたんだが、俺がこの街を出てからは、連絡は取り合ってたんだけど、会うという事はめったに無かった。
故に、今日。三人で色んな店をまわってたんだけど、何とも懐かしい。というか。
そんな感情が大きかったり。
「おぉ、懐かしいな!我が家!」
無事にマンションに着いた俺は、懐かしい我が家の玄関を開けて、そんな感嘆の声を上げた。
「お兄、とりあえず荷物部屋に運んだら?」
「あぁ、そうだな。」
「苺、ちょっとトイレ借りるわよ~。」
トイレに向かう優香を見送り、
苺の言葉を受け、荷物を部屋に運ぶ。
「お兄、自分の部屋。分かるよね?」
「あったぼうよ。そこの扉だろ?」
「お兄、そこはお風呂だよ……。」
苺に先導されて、自分の部屋に進む。
俺たちの住んでいるマンションは、リビングを中心にした3LDKであり、二人暮らしにしては中々に広い。
部屋も十畳くらいあり、意外と広く、生活するには充分過ぎるくらいだ。
「おぉ、懐かしいなー。って、拐われた俺の家具が設置されてる!?」
久しぶりに帰ってきた部屋を見て言う。
部屋には、俺が引越しで送った、というか拐われた家具が既に設置されていた。
俺がこっちに帰ってくる時、先送りした荷物の行方、気になってたんだが、既にマンションに運ばれていたとは。
さすが、名家。準備がいい。
「お兄の他の細かい荷物は、そこの段ボールの中に入ってるみたいだから、後で中身確認してた方がいいかも。」
苺が部屋の隅を指差して言う。
部屋の端には、段ボールが五つほど。
家具や荷物は既に部屋に運んで並べてあるが、細かいモノは出すわけにもいかなかったらしく、段ボールに詰められ、置いてあった。
まぁ、あれに関しては、夜にでもチェックすればいいだろう。
中身は衣類とかだろうし。
「ところで、一和。アンタの隠してたエロ本は、ベッドの下の収納スペースにちゃんと隠しておいたわ。苺にもバレてないから安心なさい。」
「いきなり出てくるな優香。あと、心遣いありがとう。ところで、苺にもバレてないと言ったが、お前がその発言をここで漏らした事により、今。エロ本の存在が苺にバレてしまったんだが、その責任をどうとるつもりだ?」
横から、スッ、と現れた優香が俺の横で、言葉を発する。
俺は、そんな優香を見ずに言葉を返した。
「へー、お兄。エッチな本、持ってるんだ?」
俺の横では、優香の発言を聞いた我が妹が、微妙な表情で俺を見ていた。
そして、その反対では幼なじみが含み笑いを浮かべていたので、エルボーを放ったがあっさり避けられる。くそ!
「苺、誤解なんだ!」
まるで、被疑者の様な俺の発言に、苺はニコリ、と笑みを浮かべた。
「まぁ、お兄も男だしね。良いんじゃないかな。」
妹は物わかりが良かった。
「軽蔑するけど。」
やっぱり良くなかった。
荷物、生活用品などを使う場所などに分配しておく。買った衣類などはクローゼットに。
そして、今日買ったモノを全て片付け。
俺はリビングのソファにぐったりと沈んだ。
「あー、片付け終わり!」
ぐったりとする俺の背後では、苺が紅茶を入れていて、優香はテレビを見て笑っていた。
「疲れたでしょ。はい紅茶。」
「お、サンキュー。……うまい、」
苺が入れてくれた紅茶を飲みつつ、机に置いてあったクッキーを食べる。
「優姉も、はい」
「ありがと、苺。」
優香も、紅茶を飲み始める。さすがは名家のお嬢様とあってか、その飲み方は俺と比べて、かなり上品だった。
この清楚な感じが性格に反応されていたら良かったのだが。
「あー、今日からここに住むのか。それにしても、懐かしいな。このリビングというか、この部屋の光景。」
「兄さん、四年ぶりだもんね。帰ってくるの。」
「まぁ、そうだな。ずっと、あっちにいたわけだし。」
「正直な話、アンタあっちでどんな生活してたの?」
優香の言う「あっち」。
とはつまり、俺がこの街を離れて、この四年間暮らしていた街の事だ。
「別に、普通だが?平日は学校行って、休日は遊んでくらいな。特に変わりきった事は無かったけどな。」
向こう街で暮らしてた四年間を思い出す。というか、二日前まであっちにいたんだが。
些か、変わりきった事などないので、そう返しておく。優香が欲しがる様なネタは無いはずだ。
「ふーん、普通だったの?そういえばさぁ。聞きたい事があるんだけど。」
「何だ?」
「四季色音って、どんな娘?」
優香の言葉に。
ゴフッ。
クッキーが喉に詰まり、咳が出る。
「あっちで出来た彼女なんでしょ?どんな娘なの?」
「え゛、お兄。彼女いたの!?」
優香の追求に反応する、苺。
俺は、その光景に冷や汗を流しつつ、紅茶を静かに喉に通した。
四季色音。
とは、簡単に言うと、あっちで出来た友達である。
女の子で、俺と良く一緒にいた為か、周りから彼女だと勘違いされていたのは知っているが、よもや優香にその情報が伝わっているとは。
正直な話、付き合っていない。
というか、そんな関係にはなってない。
一緒に遊びとかはいったりしたが、それは友達の範疇だろう。
周りがどう見ていたかはほっとくとして、俺自身、本人が言うのだから間違いない。
やましい事など何もないのだが、素直に事実を話してこいつらが信じるとは思わないし。
話して、めんどくさい事になるのも嫌なので、
「何の事かね?」
俺は、そう言って誤魔化す事に決めた。
「ふーん、とぼける気?」
優香が、そんな人知りません。といった具合に誤魔化す俺を、ジロリと見据える。
そして、自らの鞄をゴソゴソと探り、取り出したのはポーチ。
「証拠はあるのよ!」
証拠!?
その言葉に、ギョッ、とする俺。
優香の事だから、実際に俺と四季色音が歩いている写真の一枚二枚、何処からか入手して持っていても可笑しくは無い。
そして、ポーチから優香が取り出したのは。
俺と色音が街中を歩いている写真。
俺と色音の会話が入ったテープ。
俺と色音がゲーセンで撮ったプリクラ。
色音と一緒に写った写メ。
俺と色音が……って、
「多すぎだろ!!」
思わず叫ぶ俺。
「これでもシラを切るつもり?さぁ言いなさい、アンタと四季色音の関係を!」
問い詰めてくる優香。
ふ、と横を見ると、苺も俺の顔をジッ、と見ていた。
「お兄、素直に打ち明けた方が良いよ。逃げ場なんかないよ、完全に包囲されてるんだから。」
包囲されている?
心情的な意味だろうか。
「分かった分かった、事実を言うから。」
優香と苺の疑う視線に、俺は。
正直めんどくさいので、正直に話す事に決めた。
「ふーん、友達ね~。そうよね、一和に彼女が出来るわけないものね。年下系のエロ本しか持ってない、真性ロリコン疑惑男に彼女がいるかも。って疑った自分がバカみたい。」
「そうだよねー。頭のネジが若干外れて、尚且つ女の子の気持ちなんて微塵も理解出来ない筈のお兄に、ガールフレンドなんて、、、無いと思います。」
「ひ、ひでぇ。」
俺の話を聞いた二人は、四季色音とはただの友達だと言うのを信じてくれたが、俺に対してはボロクソだった。
「それにしても、この四季色音って人、すっごい美人だね。」
写真を見て苺が言う。
苺がそう言うのも良くわかる。
実際、四季色音は側に友達としていた俺から見ても、可愛い、美人の部類に間違いなく入る。と言わせるほどだ。
まぁ、だからこそ。
彼女は、とあるいざこざに巻き込まれてしまい。俺と出会うきっかけになるわけだが。
それについては、後々語られるだろう。
「お兄、この人とはあっちでは良く遊んでたの?」
「いや、中学までだな。高校になって、他の街に親の都合で引越してな。携帯持ってない子だったから、音信不通になって。一年前から、全然。会ってすら無い。」
「そうなんだ。」
色音は、高校になったと共に、俺の前から消えてしまった。
とはいえ、親の急な引越しだから仕方がない。友達が側から居なくなるのは少し悲しかった気がするけれど。
「でも、他の街に行ったとしても、連絡くらいとれるでしょ?」
優香の疑問。
「いや、俺。連絡先とかも一切教えられてないから。」
色音は、俺に連絡先を教えなかった。
多分、教えるのを忘れていた。
俺が言うのも何だが、かなりドジな奴だったから。
「まぁ、また縁があればどっかで会えるんじゃないか?」
そう言って、クッキーを食べる。
会いたい。という気持ちはあるが、焦る気持ちは無い。
何だが、何処かでまたバッタリ、と出会ってしまうんじゃないか。
そんな気がしていたから。
「もうすぐ4月ね。4月と言えば、私の誕生日。べ、別に、ブランドのサイフが欲しいなんて言って無いんだから!!」
「どう考えても、言ってるだろ…」
幼なじみの言葉に意気消沈しながら、俺は優香と二人で駅まで続く、住宅地の道筋を歩いていた。
あの後、部屋や荷物を片付け、気づけば夕方。
空は茜色から黒色へと変わっていく。そんな時間。
家に帰る。と言う幼なじみを駅まで送ろうと、俺は外に出た。
周りには人は居なく、ただ二人の言葉だけが聞こえる。
「それにしても、今日は流石の私も、疲れたわね。」
「そりゃ、六時間くらい店をずっと周ってりゃ、疲れますよ。というか、一番疲れてんの俺。荷物持ちしてた俺だから。」
「何言ってんの。女と買い物に行って、荷物持ちしてる瞬間が男にとって、至福の時間だって、言ってたわよ。」
「誰が?」
「ケンシロウ。」
「嘘つけ!!」
クスクス笑う幼なじみを横目に、俺はため息をつく。
コイツは、昔から変わらない。
この他人をおちょくった姿勢に、冗談の連続。天真爛漫な部分。
四年たっても、昔のまんま。
けれど、初めてあった時は、こんなんじゃなかった。
もっと清楚で、しっかりとしていて、年の割りには大人びていたが、触れたら壊れてしまうガラスの様な内面をしていた。
そういえば。
いつからだろうか。
優香がこういう性格になったのは。
こうやって、言葉に冗談を交える様になったのは。
そんな事を考えている時、優香が言葉を紡いだ。
「ねぇ、一和。聞きたい事があるんだけど。」
「どうした。また冗談か?」
またも、冗談だろう。
そう思いきった時からこそ。
「身体は、大丈夫なの?」
俺は、不意打ちを喰らった。
身体は大丈夫?
その言葉に、思わず俺と優香は立ち止まった。
いきなりのその言葉に、俺は虚をつかれた様に制止する。
「本当は、昨日聞くべき事だったんだけど、聞きにくくてね。」
優香が苦そうな顔をして言う。
その表情に、俺はズキッ、と胸に小さな痛みを感じた。
いつもの天真爛漫な優香からは想像もつかない表情。そんな表情を見せる優香に俺は笑みを浮かべて。
「大丈夫だって。ほら見てみろよ。」
優香にそう言い、
「感覚は戻ってないけど、四年間のリハビリのおかげで動かすだけならこの通りだよ。」
体を軽く動かす。
「そうよね、もう四年もたつのよね、一和がこの街を離れて。」
そう憂鬱げに優香は呟くと、後ろからぎゅっと俺の体を抱きしめた。
「頑張ったね。」
その優香の唇からこぼれる言葉。頑張ったの一言。
あぁ、頑張ったさ。
血反吐をはいて、苦痛に耐えて、だけど自分の体は痛みなんてものとは無縁で、心だけが傷んでいって。
くじけそうになって、その度みんなを思い出して。
元気な自分をひたすら夢見て、夢に泣いて、夢に挫けて。
そんな四年間だった。
だけど、そんな弱音を優香には吐かない。だから、
「頑張ってねぇよ、余裕だったけどな。」
どう考えても強がりにしか聞こえない言葉を吐く。
そんな俺のあからさまな強がりに優香は、ぷ。と小さく笑った。
優香が少しでも笑ったことに安堵する。などと、安堵している最中、俺はふとあることに気づいた。
先ほどから、俺には気になっている、というか、気にならざる得ない事がある。これは言うべきだろうか。いや言おう。
「あのー、優香さん」
そう
「シリアスな雰囲気の中、非常に申し上げにくいのですが、、」
そのまさか、
「背中に当たっているんですよねぇ。」
そう、アレが!!!
ふくよかなヤツが!!
気になっちゃうよね!男の子だもんげ!!
俺のその勇気にたいして、優香はというと、
「馬鹿ね、『当ててんのよ』」
などと言いながら、こ、こやつさらに押し付けてきよった!!ちょ、あばばばばば
「え、えぇい!は、離れんかぁ!」
無理やりに優香の体から逃げる。これ以上は精神健康上に悪いばい。
「ったく、ほんとへたれなんだから。」
「だれが、へたれじゃ!」
そんな俺に対して、優香はため息をついた。
「ま、その様子なら本当に体は大丈夫みたいね。」
と付け足して。
止めた足を進め、また歩き出す。
「というか、優香や。俺は、お前に聞きたい事があるんだが。」
「なに?三文字以内にまとめたら、答えてあげてもよくってよ。」
「学校の、って、まとめれるかッ!」
「残念ね。会話終了ー!!」
「なんでや!!」
しばらく話しながら歩いているうちに、優香はいつもの優香に戻っていた。
「終わるな!聞きたい事ってのは、俺が通う学校の事なんだが。勝手に転入届けだされた挙句、こっちで通う事になる学校について何も知らされていないとは、これいかに。」
「言って無かったっけ?」
「全然、まったく、これっぽっちも聞いてない。」
とりあえず、今やもう4月に入る頃だ。
学校の始業式が始まるまで恐らく残り、一週間くらい。
だと言うのに、俺は自分が此方で通う事となるであろ学校の話を全然知らされていない。
「まぁ、それに関しては心配ないわ。一和、明日も暇よね?」
「暇だけど、またどっか行くのか?」
「そうね。明日は学校に行くわ。」
「学校?」
「アンタが通う事になる、ね。」
意味深に呟く優香。
俺は、そんな優香に対し、また何も知らされないまま明日連れ回されるのでは無いか。と疑心感を抱きつつ、ため息をついた。