第1話 プロローグ
それは、小さな探究心。
別にそこに何かがあるわけでもなく、追い求めたものがあるわけでもなく。
ただの興味本位ゆえの行動だった。
その広い「庭」にたどり着いたのは、ただの偶然に過ぎなかった。
向かったのではなく、気づけばソコにいただけ。
だから僕は何の因果も目的もなく、その庭に入った。
本当にただの興味の話。
それは呪いに似ていた。
全てを包み込む様な夜の闇、それを照らす月の光。
少女は、その月明かりを見上げ佇んでいた。
綺麗。
暗い闇を照らす月の光を眺めながら、少女は素直にそう思う。
「あの場所(月)はあんなに綺麗なのに、どうして私のいる此処はこんなに汚いんだろう。」
少女は呟いた。
だが、そんな少女の呟きも
少女から放たれた位置にある屋敷から、聞こえる喧騒によって消える。
あぁ、汚い。
少女は思う。
離れの屋敷では、今日も言い争いが絶えない。
そこでは、今日も大人達が
財産、跡継ぎ、家の在り方。
それらについて争っている。
少女はまだ、子供だ。
だから、話の内容がどういうものか、どういう意味か、なぜ必要なのか。
全く分からない。
けれども、その話をする大人達がとても汚く、惨めで、穢れた存在だというのは、子供ながらに分かった。
けれども、分かってしまったからこそ、少女にとって今の現状は、ただの苦痛でしか無かった。
少女は思い出す。
少女のおじいさんが言っていた。
那奈夜は大きくなり過ぎた。
今はまだ、その意味が少女には分からない。
少女は嫌いだった。
自分の両親と祖母と祖父を除く、この家の関係者達が。
そして、少女は知っている。
その関係者達が少女を疎ましく思っていることも。
跡継ぎだから。たったその理由だけで。
後ろから喧騒の声が鳴る。
怒声や、叫び声さえ交えたその声は、少女にとって苦痛の音でしかない。
聞こえたくない。
毎日聞こえる喧騒。
汚い。汚い。汚い。
あぁ、なんで私はこんな所にいるのだろう。と少女は思う。
この音が聞こえない場所に行きたい。
行けるものならこんな那奈夜では無く、ただただ普通の所でいい。
だが、少女はその場所へはいけない。
なぜなら、彼女は那奈夜の人間。
少女はこの場所から出られない。
少女はこの場所から逃げられない。
少女は頭をかかえる。
その間も喧騒は、音は、鳴り止まない。
それは呪いにも似ていた。
「――、」
頭が割れそうだ。
「―――、」
誰か助けて。
「―――――誰、か、、」
助けて。
―――少女が音を聞くまいと、耳を塞ごうとした瞬間だった。
「のわぁ、――!」
ズサササーーーッッ!
声が聞こえた。
共に何かが草木を掻き分ける様な音。
その音は少女の目の前の林からだった。
ドサッ、
声を上げながら、それは少女の前に現れた。
いや、滑り落ちてきた。と言った方が正しいだろうか。
草木を掻き分け、誤って草木の坂を転げ落ちてきたのだろう。
少女の前に現れたのは、
少年だった。
それも
「痛たたた、」
全身に擦り傷を作った、泥まみれの。
少女は思わず、その少年に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
それが、『那奈夜優香』と、
「だ、大丈夫…。」
傷だらけかつ泥まみれの少年。
『上瀬悠人』
との初めての出会いだった。