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日本国ダンジョン省・特別管理課の定時男 ~Fランク公務員の俺、実は世界最強の「解析者」につき、災害級魔物も事務処理して帰ります~  作者: Ken


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第8話:特捜部のエース襲来。「魔力ゼロの欠陥品」と見下されましたが、それ擬態です


バリボリ、バリボリ。


平和な地下オフィスに、安物の歌舞伎揚げを齧る音が響いていた。


「……九条さん。勤務中にお菓子はやめてください。粉が散ります」

「大事なエネルギー補給だよ。すき焼きは最高だったが、とっくに消化したからな。今の俺は、新たな獲物(海の幸)を求めるプレデターだ」


俺はPCの画面を食い入るように見つめていた。

映っているのは、ダンジョン省のイントラネット掲示板。

『令和X年度・関東支部合同視察研修旅行(in熱海)』の案内だ。


「熱海……ダンジョン熱源を利用した地熱発電所の視察か。素晴らしい。公務員として見逃せないな」

「ただの『カニ食べ放題付き・温泉慰安旅行』ですよね?税金の無駄遣いって叩かれますよ」


アキラが呆れ顔で突っ込む。

だが、甘いな天王寺さん。


「今回はガチの『研修』名目だ。だから旅費は全額公費、しかも『出張扱い』で有給も減らない。

さらに言うとな、明日からヒナが『修学旅行』で京都に行くんだ」


そう。これが最大の動機だ。

愛する娘の修学旅行費――数万円を捻出するために、俺はこの1年間、ワンコインランチで涙ぐましい節約を続けてきた。(一昨日のローストビーフ丼3,800円は事故だからノーカウントとする)

そのヒナがいない2日間、家で一人寂しくカップ麺を啜るくらいなら、タダで温泉に入り、カニの脚をへし折る方が建設的だ。

俺の家庭事情と業務命令が、奇跡的なマリアージュを起こしている。


「というわけで、俺は参加ボタンをポチっとな……」


ピピッ。


その時、オフィスの電子ロックが解除された。

普段、ここに来るのは配達員か、怒鳴り込んでくる課長くらいだ。だが、今の解錠音は正規のIDカードによるスマートなものだった。


ドアが静かに開く。

そこに立っていたのは、地下の湿気とは無縁の、冷たい空気を纏った男だった。


仕立ての良いオーダーメイドのスーツ。

銀縁の眼鏡の奥には、感情を排した氷のような瞳。

胸元には、ダンジョン省のエリート集団――『魔導特捜部・第1班』のバッジが輝いている。


「……カビ臭い場所だな。掃き溜めにはお似合いだが」


男はハンカチで口元を覆い、侮蔑を隠そうともせずに言った。


「ひ、氷室ひむろ……?」


アキラが立ち上がる。

彼女の声には、動揺と、わずかな敵対心が混じっていた。


氷室レオ。26歳。

魔導特捜部の若きエースにして、アキラの同期。

現場の感情論を嫌い、データと法規のみを信じる、通称「歩く六法全書」だ。


「氷室監査官……。何の用?」


アキラの声色が低くなる。

普段の優等生然とした敬語が消え、剥き出しの感情が滲んでいた。


「……ここは特捜部の管轄外でしょ。勝手に入ってこないでくれる?」

「ご心配なく。総務課長の許可(ID)は借りてある。『業務監査』だ」


氷室は悪びれもせず、タブレットを操作してアキラに突きつけた。


「天王寺。最近の貴様のレポート、読ませてもらったぞ。

Sランク探索者カイザーの確保。およびZ社による不正送金事件の解決。

……不可解だな。特捜部を追放された貴様に、これほどの事案を処理できる手腕があるとは思えん」


「なっ……!バカにしないで!私だって、この部署で成長して……!」

「嘘をつくな。データは嘘をつかない」


氷室は冷徹に切り捨てた。


「カイザーの火力を単独で制圧?Z社の暗号化サーバーを数分で解析?

貴様の魔力値と処理能力では、理論上100%不可能だ。

……貴様の背後には、『協力者(黒幕)』がいるな?」


「ッ……!?」


アキラが息を呑む。

図星だ。彼女の背後(物理)では今、黒幕が歌舞伎揚げを咀嚼している。


だが、氷室の視線は俺を通り越し、虚空を睨んでいた。


「Z社へのハッキングログを洗った。痕跡は消されていたが、アクセス元は間違いなく『省内』の端末を経由している。

つまり、黒幕は外部犯ではない。このダンジョン省の中に潜む、内部の人間だ」


熱い展開だ。

俺は他人事のように頷き、お茶を啜った。

まさか、目の前にいる「Fランクの枯れたおっさん」がその黒幕だとは、エリート様の優秀な頭脳でも計算外らしい。


「……おい」


不意に、氷室の視線が俺に向いた。


「そこにいる、背景モブ。貴様が九条ミナトか」

「はいそうです。煎餅食う?」

「いらん」


氷室は俺の頭のてっぺんから爪先までを、値踏みするように一瞥した。

彼の目が、俺のステータスを解析しているのが分かる。


『魔力反応:NULL(欠損)』

『オーラ:虚無』

『机の上:お菓子のカス』


「……フン。魔力回路が完全に壊死しているな。

一般人でも微量の魔素はあるものだが、ここまで空っぽだと、逆に清々しい。生物としての欠陥品だ」


彼は俺を「脅威度ゼロ」――いや、「考慮に値しない産業廃棄物」として認識し、興味を失ったようだった。

助かる。俺の擬態スキル(社畜の保護色)は、Sランクの鑑定眼すら欺く。


「天王寺。貴様がこんなゴミ(九条)の世話をして腐っていくのを、見過ごすわけにはいかんのでな」


氷室は懐から、一枚の書類を取り出した。


「来週の『熱海・視察研修』。私も同行する」


「はあ!?特捜部のエースが、なんでまた……」

「総務課長に話を通し、引率枠を一つ空けてもらった。『内部監査』だ。

黒幕が内部にいる以上、職員が一堂に会するこの旅行は、尻尾を掴む絶好の機会だ。

バスの中、宴会場、そして温泉……気が緩む場所でこそ、人はボロを出す。貴様が隠している『協力者』との接触現場、必ず押さえてやる」


氷室は眼鏡をクイっと上げ、踵を返した。


「覚悟しておけ。……失礼する」


スマートに去っていく背中。

残されたのは、頭を抱えるアキラと、煎餅を持った俺だけ。


「……最悪です。課長も来るし、アイツまで……。これじゃ監視付きの護送車ですよ」

「まあまあ。向こうは俺たちなんて眼中にないよ。ターゲットは君の『見えない協力者』だ」

「貴方のことですよ!!」


アキラが叫ぶ。

俺はカレンダーの日付に赤丸をつけた。


「ま、なんとかなるだろ。それより問題は……」

「問題は?」

「あいつ、見るからに神経質そうだからな。バイキングで『カニの剥き方』とかにうるさそうだ。……俺の取り分が減らないといいんだが」


「……心配するところ、そこですか?」


しかし、俺はバイキングのカニに思いをはせながら、ふと、ある事実に気づいて戦慄した。


「……待てよ。俺が行く。課長も行く。氷室は引率枠で行く。男が3人……」


俺の脳内で、最悪のシミュレーション結果が弾き出された。


「まさか、部屋割り……」

「あっ」


アキラも察したようだ。

古い保養所の部屋は、基本的に大部屋だ。

つまり、今回の部屋割りは――


『九条(窓際)』×『課長(事なかれ)』×『氷室(潔癖エリート)』


「……地獄だ」


こうして、俺の(主にカニのための)慰安旅行は、カニを食べる前に胃に穴が開きそうな、最悪の布陣で幕を開けることになった。

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