第6話:電気代が2倍になったので、犯人の「国家規模ハッカー組織」を潰すことにした
数日後の夜。
平和なはずの九条家のリビングに、絶叫が響き渡った。
「はああ!? 2万3千円!?」
俺の手にあるのは、今月の電気料金のお知らせ(検針票)。
そこに記載された請求額は、先月の約2倍に跳ね上がっていた。
「嘘だろ……。今月は暖房だって我慢したんだぞ? ヒナにも『ドライヤーは短時間で』って言われたし、待機電力だってカットしたのに!」
俺は震える手で、テレビのリモコンを掴んだ。
ニュース番組が、無慈悲な現実を告げている。
『――政府は、ダンジョン省の魔素供給ラインにおける「原因不明の伝導ロス(老朽化)」に伴い、緊急の「魔素調達調整費」の上限撤廃を発表しました』
キャスターが淡々と続ける。
『これにより、システム安定化のための「特別賦課金」が上乗せされ、標準家庭の負担は……』
「……老朽化? ロスだと?」
俺の動きが止まる。
怒りが、冷たい疑念へと変わっていく。
「ふざけるな。先週、俺が第3エリアの配管を目視点検した時、外装の劣化率は0.02%以下だったぞ」
俺は現場の人間だ。
あの配管はまだ新しい。老朽化で自然にエネルギーが消えるなんてありえない。
俺の完璧な仕事を「劣化」扱いして、そのツケ(賦課金)を国民に払わせるだと?
「……俺のプライド(仕事)と財布、両方をコケにしやがったな」
俺の目から、父親としての慈愛が消え失せた。
そこに宿るのは、致命的なバグを見つけた時の、冷徹なエンジニアの光だけだ。
「ヒナ。パパ、明日は残業になる」
「えー? また?」
「ああ。……泥棒退治だ」
***
翌朝。
ダンジョン省・特別管理課。
「く、九条さん? 顔色が……」
出社した俺を見るなり、天王寺アキラが後ずさりした。
無理もない。今の俺は、Sランクの魔物より殺気立っている自信がある。
A5ランクのローストビーフ丼が自腹になったことなど、この怒りに比べれば可愛いものだ。
「行くぞ、天王寺さん。現場だ」
「えっ? 報告書の整理は……」
「後回しだ。今すぐ深層エリアの『中央制御室』へ向かう」
「制御室? 管轄外ですよ!? 入れるんですか?」
「今日は定期点検日だ。俺のIDでも入れる」
俺は彼女を連れて、地下エレベーターに乗り込んだ。
***
地下50階層。
巨大な魔素パイプラインが血管のように張り巡らされた、ダンジョンの中枢エリア。
その一角にある制御バルブの前で、俺は足を止めた。
制御室は無人だ。自動運転モードの時間帯らしい。
「……やっぱり、こいつか」
目の前にあるのは、真新しい制御ユニット。
半年前に導入されたばかりの海外製だ。
「天王寺さん。半年前、この『Z社』製レギュレーターへの交換工事があったの、覚えてるか?」
「ええ。コスト削減のための一括入札案件ですよね。……それが何か?」
「俺も工事に駆り出されたよ。ネジ穴の位置がズレてて最悪だった。『安物買いの銭失い』とはよく言ったもんだ」
俺はユニットに手をかざす。
ネクタイを緩め、「解析」を発動。
「……機械の判定はな。だが、俺の『目』は誤魔化せない」
俺は意識を研ぎ澄ます。
アキラには、俺がただ手を置いているようにしか見えないだろう。だが、俺の脳内では今、シリコンの海を泳ぐような高密度の情報解析が行われている。
シリコンウェハーを構成する原子の配列。そのわずかな「不純物」の濃度を読み取る。
……見つけた。
『警告:トランジスタNo.4096』
『不純物濃度:異常検知。論理ゲートが反転している』
「……やっぱりな。ハッキングですらない。『トロイの木馬』だ」
俺は舌打ちした。
アキラが、レギュレーターの側面にある状態表示パネルを覗き込んで首をかしげる。
「九条さん? ステータスランプは『緑』です。エラーログも出ていません。外見上は、完全に正常稼働していますよ?」
「ああ、X線検査でも見つからないはずだ。こいつは『ドーパント・レベル・トロイ』だ。回路の形は設計図通りだが、半導体の『材質(混ぜ物)』だけを書き換えてある。ステルス仕様だ」
「なっ……!? そ、それじゃあ、正規の入札で納品された新品が、最初からウイルス入りだったってことですか!?」
「そういうこと。国は、自分たちの手で泥棒を金庫の中に招き入れたんだよ」
俺は制御卓のキーボードを叩き、正面の巨大スクリーンに全国のメーター数値をグラフ化して表示させた。
「見ろ。こいつの仕業で、全国の計測データが『マイナス0.5%』だけズレてる」
「0.5%……? そんな誤差、許容範囲内じゃ……」
「そこが罠だ。コインを1万回投げて、全部が『裏』になる確率は?」
「えっ……限りなくゼロです」
「だろ? なのに、こいつらの誤差は全員が示し合わせたように『マイナス』に偏ってる。これは偶然じゃない。意図的な『統計的窃盗』だ」
「で、でも九条さん! エネルギー保存の法則はどうなるんですか? 消えた0.5%の魔素はどこへ?」
アキラの疑問はもっともだ。
物理的にパイプに穴を開ければ、魔素が漏れて警報が鳴る。
「消えてないよ。『転送』してるんだ」
俺はユニットを指先で弾いた。
「こいつらは『誤差』として処理された0.5%分のエネルギーを使って、極小の『転移ゲート(ポータル)』を開いてる。
そして、残りのエネルギーをデータ化するんじゃない。物理的に、海外の『受信座標』へ投げ込んでるんだ」
「簡単に言えば、日本中のコンセントから1円ずつ盗んで、見えないポストに投げ込んでるようなもんだ」
アキラは絶句した。
国家規模のインフラが、そんなセコく、かつ完璧な手口で食い物にされていたなんて。
そして、その「原因不明のロス」を埋め合わせるために、国民には「特別賦課金」という名の罰金が課せられている。
「許さん……」
俺の中で、怒りのボルテージが臨界点を超えた。
2万3千円の請求。
そのしわ寄せで、俺の小遣いは2万円に減額された。
それは、ヒナと行くはずだった遊園地のチケット代であり、俺のささやかな晩酌代であり、平穏な生活そのものだ。
「0.5%の誤差ならバレないと思ったか? 残念だったな。
俺はな、1円単位で小遣い帳をつけてる男なんだよ」
俺はスマホを取り出し、電卓アプリ(兼・小遣い管理アプリ)を閉じた。
そして、鞄から塗装の剥げたステンレスボトル(魔法瓶)を取り出す。
「……ふぅ」
一口飲む。
中身は、家から持参した特売のインスタントコーヒーだ。お湯を多めに入れてカサ増ししてある。
今の俺には、自販機のコーヒー1本すら贅沢品なのだ。
その「薄い味」が、俺の殺意をさらに研ぎ澄ませていく。
「天王寺さん。ドアの鍵、閉めといて」
「えっ、あ、はい! ……何をする気ですか?」
俺は制御室のメイン端末に有線接続し、凶悪な笑みを浮かべてキーボードを叩き始めた。
「決まってるだろ。残業だ。
この『見えない泥棒』の回線を逆探知して、俺の電気代……いや、国民の血税を、利子をつけて回収してやる」
画面に、無数のコードが滝のように流れ始めた。
元・世界最強の解析者が、今、本気の「事務処理」を開始する。




