第36話:業務完了報告書:報酬は「乾パン」 ~魔王はアプリに、スパイは隣人に、俺は定時に~
魔王城跡地から全力疾走した俺は、駅前のコンビニでラスト2個のプリンを無事にゲットしていた。
そして、午後8時。九条家。
「た、ただいま……!」
俺は息を切らして玄関のドアを開けた。
手には、戦利品(コンビニ袋)を聖火のように掲げている。
「遅いよパパ! ……あ、プリンある! 許す!」
リビングから顔を出したヒナが、袋の中身を見てパァッと笑顔を咲かせた。
その笑顔を見た瞬間、俺の体からドッと疲労が抜け落ちた。
魔王戦の記憶も、バッテリー残量のヒヤヒヤも、すべてが浄化されていく。
「はは、よかった。……じゃあ、着替えてくる」
俺はスマホを充電器に繋ぐため、テーブルに置いた。
「パパ、スマホ充電しといてあげるね」
ヒナが俺のスマホを受け取り、充電ケーブルに繋ぐ。
その時、画面に見慣れないアイコンが表示されていることに気づいた。
『魔王バッテリーセーバー』
ヒナが画面をタップする。
すると、デフォルメされた魔王の顔が画面いっぱいに広がり、震えながらメッセージを表示した。
『グォォ……充電サレテイク……余ハ電気ヲ食ウ……!』
「なにこれ、キモ可愛いキャラ? 育成ゲーム?」
「あー……まあ、そんなもんだ。電池持ちが良くなるらしいぞ」
俺は苦笑いで答えた。
中身があの魔王の魂だとは言えない。
「へー。つつくとどうなるのかな?」
ヒナが画面の魔王を指先でツンツンとつつく。
すると、画面内の魔王がビクッと震え、涙目のエフェクトと共にメッセージが変わった。
『ヒィッ! やめろ貴様! 余をアンインストールしないでくれぇぇ!
働きます! バックグラウンド通信を遮断しますぅぅ!』
「あはは! なにこれ、反応が必死すぎてウケるー!」
ヒナが無邪気に笑いながら連打する。
魔王(元S級災害指定)の尊厳は、女子高生の指先によって完全に粉砕された。
この家で一番偉いのはヒナであり、魔王はペット以下の存在(バッテリー管理係)として生きていくことが確定した瞬間だった。
***
翌朝。ダンジョン省・特別管理課。
平和な日常業務が戻ってきた。しかし、俺のデスクには昨日の事後処理書類(主に経費精算書)が山積みになっている。
「……九条さん! これ、ありがとうございます!」
天王寺アキラが、新品のタブレットを抱きしめて駆け寄ってきた。
昨日、ゴーレム戦でバキバキに砕けたリース品の代わりだ。
「『備品損耗届』だ。理由は『経年劣化による自然破損』で通した。
どうせリース期間終了間近だったからな。最新のProモデル(ペン付き)に更新されてよかったな」
俺が書類をポンと置くと、アキラは感極まったように瞳を潤ませた。
「九条さん……! ただの事務処理で、こんな最新機種を……!
私、一生ついていきます!」
うん、清々しいほどにチョロい。
「大げさだ。仕事で使う道具くらい、いい物を使え」
俺がコーヒー(薄め)を啜っていると、オフィスのドアが開いた。
総務課長が、ニコニコ顔で現れる。
「やあ九条くん! 大手柄だったな! 上から今回の件の『特別報奨』が届いているぞ!」
俺はカップを置いた。
期待が高まる。魔王城の撤去、S級スパイの確保、そして新宿崩壊の阻止。
これだけの功績だ。金一封、いや、特別ボーナス100万円くらいあってもバチは当たらないはずだ。
100万円あれば、ヒナと温泉旅行に行って、毎日カニを食べられる……!
「はい、これ!」
課長が渡してきたのは、一枚の『賞状(紙)』と、ずっしりと重いダンボール箱だった。
『ダンジョン省ロゴ入り・防災備蓄用乾パン(1ケース)』
「…………は?」
「いやぁ、予算がなくてね。年度末だからカツカツなんだよ。
でも名誉なことだよ! 乾パンは日持ちするから! 朝食代も浮くぞ!」
課長は爽やかに笑って去っていった。
俺は乾パンの箱を見つめ、乾いた笑い声を漏らした。
世界を救って、乾パン。
魔王を倒して、乾パン。
「……ありがとうございます。朝食代が浮きます(血涙)」
俺は深く頭を下げた。
公務員に夢を見た俺が馬鹿だった。
***
同刻。本庁舎・経理課。
そこでは、もうひとつの戦いが繰り広げられていた。
「ですから氷室統括官! スーツは私物です!
30万円の全額補償なんて前例がありません!」
経理担当の職員が悲鳴を上げている。
対する氷室レオは、ボロボロになったスーツ(の残骸)を片手に持ちながら、眼鏡ををクイッと上げた。
「君は勘違いしているな。これは『紳士服』ではない」
氷室は一枚の報告書を叩きつけた。
作成者は、九条ミナト。
九条が適当に捏造して、氷室に送ったものだ。
「この装備は、魔導繊維を織り込んだ『個人携帯型・対魔障壁展開ユニット(形状:スーツ型)』である」
「は……はい?」
「よって、これは衣服ではなく『防具』だ。
勘定科目は『被服費』ではなく、『特殊装備消耗費』として処理せよ」
「そ、そんな屁理屈……!」
「事実だ。当該装備の犠牲なくして、現場の安全確保(主に私の尊厳)は不可能であった。」
「……ぐぬぬ。確かに、素材データを見ると防具並みの強度が……」
「前例がないなら、今作ればいい。ハンコを押したまえ」
数分後。
経理担当は根負けし、全額支給の決裁印が押された。
「……ロジックは力だ」
氷室は勝利の笑みを浮かべ、颯爽と去っていった。
***
その日の夕方。
俺はとある公園のベンチで、ファントム・ローズと密会していた。
彼女は相変わらず『I LOVE TOKYO』のスウェット姿だが、以前のような薄汚れた感じはなく、シャワーを浴びて小綺麗になっている。
「……はい、今回の報酬だ」
俺は茶封筒を渡した。
ローズが中身を確認し、目を見開く。
「はぁ!? 3万円!?
あんだけ働かせて!? S級スパイよ!?」
「総額5万円(S級協力者・上限額)から、これまで俺が立て替えた支払分――主にネカフェ代とスウェット代、カツ丼代、それに前回の内容証明郵便の代金を引いてある」
「内容証明の代金まで引くの!? あんた鬼!?」
ローズが激怒して封筒を投げつけようとする。
だが、俺はもう一つのアイテムを取り出した。
「金は少ないが、『現物支給』がある」
俺が差し出したのは、一枚のカードと、古びたシリンダーキー。
「……何よこれ」
「カードは『ダンジョン省・特別管理課・非常勤事務補助(通訳)』の身分証だ。
偽造じゃない。正規の手続きで身分を用意した」
ローズの手が止まる。
不法滞在者として追われる彼女にとって、「正規の身分」は金よりも重い。
「そして鍵は、お前の新しい家だ。
俺が住む公務員宿舎の空き部屋、隣室だ。
『24時間対応が必要な特殊技能者』という名目で、無理やり入居申請を通した」
「……え?」
「住民票もマイナンバーも、俺が『適当に作って』登録しておいた。
今日からお前は、日系三世の『カツ・ローズ(仮)』だ」
ローズは震える手で鍵を受け取った。
冷たい金属の感触。
ネカフェ難民だった彼女にとって、それは「自分だけの城(鍵付きの部屋)」であり、「帰る場所」だった。
「……アンタ、意外と……」
ローズが潤んだ瞳で俺を見る。
だが、俺は釘を刺した。
「勘違いするな。近くにいれば『こき使いやすい』からだ。
そして、給与の半分は借金返済として源泉徴収(強制天引き)する」
「……悪魔ね。
……でも、ありがとう」
最後の言葉は、風の音にかき消されるほど小さかった。
***
その夜。九条家、玄関前。
夕食の準備中、ヒナが冷蔵庫を開けて声を上げた。
「あ、パパ。お醤油切れちゃってる。買ってくるね」
「暗いから気をつけてな」
ヒナは財布を持って、サンダル履きで玄関を出た。
ちょうどその時。
駅のコインロッカーから回収した全財産(ボストンバッグ1つ)と、ドンキのビニール袋を両手に提げたローズが、疲労困憊で階段を上がってきたところだった。
彼女は、九条家の隣――自分の新しい部屋の前で、鍵を取り出そうともたついていた。
ガチャリ。
隣のドア(九条家)が開き、ヒナが出てくる。
「ふんふふ~ん♪」と鼻歌交じりだ。
ローズの心臓が止まりかけた。
(ヤバい! この間の娘!?
顔を見られたらバレる! 通報される!)
逃げ場がない。
ローズはとっさに顔を伏せ、ただの「引っ越してきた外国人」を装って鍵穴を探るふりをした。
だが、ヒナは立ち止まった。
ローズの着ている『I LOVE TOKYO』スウェットと、大量の荷物を見る。
(あ、お隣に引越してきた人かな。
……荷物少ないなぁ。服も安そうだし、苦労してるのかな)
ヒナは、一切の警戒心を見せず、ニッコリと笑って声をかけた。
「こんばんは! お引越しですか?」
ローズが戦慄する。
(バレてない……? あんなに暴れたのに?)
「ア、ハイ……今日カラ……」
ローズは裏返った声で、とっさにカタコトの日本語で返した。
「そうなんですね!
私、隣の九条です。困ったことがあったら言ってくださいね!」
ヒナは屈託なく笑い、付け加えた。
「お醤油とか貸しますから!」
そう言って、ヒナはパタパタと階段を降りていった。
ローズは、その場にへたり込んだ。
「……なんなのよ、あの子」
S級スパイの殺気も、変装も、全てを無効化する純粋な光。
彼女はドアに背中を預け、天井を見上げた。
「……あんな『光属性』が娘だなんて……ホントに血縁関係あるの……?」
***
数分後。
ローズは新しい部屋の中にいた。
家具もカーテンもない、空っぽの6畳間。
あるのは裸電球の明かりだけ。
彼女は床に座り込み、九条から渡された「鍵」を照明にかざして見つめた。
「……私の、部屋……」
孤独だ。
だが、もう追われることはない。誰にも命を狙われない、静寂。
その安堵感が、じわりと胸に広がる。
ピロン♪
その時、支給されたばかりのスマホが鳴った。
通知:『九条ミナト』
『引越し祝いだ。ドアノブを見ろ』
ローズは眉をひそめ、恐る恐るドアを開けた。
すると、そこにはスーパーの袋がぶら下がっていた。
中に入っていたのは二つ。
「醤油(特選丸大豆)」と、「プリン(1個)」。
ヒナとの会話を聞いていたのであろう九条からの、無言のフォローだった。
そしてプリンは、彼が命がけで守った「家族の味」のおすそ分けだろう。
「……フン。飴と鞭が上手いこと」
ローズは袋を手に取り、部屋に戻った。
殺風景な部屋で、彼女はプリンの蓋を開けた。
一口食べる。
甘い。
それは、彼女が初めて味わう「日常」の味だった。
「……いただきます」
ローズの口元が、少しだけ緩んだ。
(第2章 完)
これにて、第2章完結となります!
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
最後は、九条ミナトらしい「事務的な解決」と「ささやかな日常」で締めくくらせていただきました。
S級魔王アーキテクトは、今後はスマホの中で「魔王バッテリーセーバー(広告なし)」として、ヒナちゃんに震えながら余生(?)を過ごすことになります(タップで震える仕様)。
そして、ローズ。ネカフェ難民だった彼女に、九条が渡した「鍵」。
何もない部屋で食べるプリンの味は、きっと彼女にとって忘れられないものになったはずです。
【お願い】
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近日公開の第3章も、引き続きよろしくお願いします!




