第33話:事務員(元特殊部隊)ですが、何か? ~Lv.85の門番を「コンプライアンス(物理)」で制圧するまで~
アキラがワープ罠で彼方へ弾き飛ばされた直後。
俺たちは地図に表示された「赤色のエリア」へ向かって全速力で走っていた。
「……チッ。相性が悪すぎる」
走りながら、俺はスマホに表示されたアキラの現在地情報と、そのエリアの敵性反応データを照らし合わせ、舌打ちした。
「相性だと? 天王寺は元・特殊作戦群だぞ。戦闘力なら貴様より上だろう」
並走する氷室が息を切らさずに問う。
確かに、対人戦闘においてアキラは最強だ。だが、今回の相手は違う。
「転送先の敵性反応は『黒曜石のゴーレム』だ。
天王寺さんの得意とする『対人・対魔獣制圧術(CQC)』は、関節や急所がある『生物』相手なら無敵だ。
だが、痛みを感じず、骨格構造も違う『岩塊』には通用しにくい。
武器なしで殴れば、先に砕けるのは天王寺の拳だ」
「なっ……! それはマズいな」
「ああ。急ぐぞ」
だが、正規ルートを進めば数十分はかかる。
そんな時間はない。
「ローズ! あの『鍵』を出せ!」
「えっ、これ? ただの錆びたゴミよ?」
ローズがポケットから、断捨離の末に残させた「錆びた鍵」を取り出す。
俺はそれをひったくり、行く手を阻むダンジョンの壁に近づけた。
ジジジ……ッ!
鍵を近づけただけで、壁のテクスチャが激しくノイズを発し、ポリゴンが明滅する。
「……やはりな。この反応、ただの鍵じゃない。
これは管理者権限を持つ『デバッグ・キー』だ」
開発者がテストプレイ時に、壁抜けをしてショートカットするために使うチートアイテム。
それが、こんなゴミのような見た目で落ちているとは。
「ローズ、その鍵を壁にねじ込め。
鍵穴なんて探すな、ポリゴンに直接突き刺して『削除(Delete)』コマンドを実行しろ!
ショートカットだ!」
「はぁ!? 壁に鍵を刺すの!? あんたの世界観どうなってんのよ!」
ローズは文句を言いながらも、錆びた鍵を壁に叩きつけた。
ズブッ!
鍵がバターのように壁に沈み込み、そこから亀裂が走る。
物理法則を超えた「壁抜け(Wall Clip)」が始まった。
***
一方その頃。
アキラが転移させられた先は、薄暗い闘技場のような場所だった。
その中央に、絶望的な質量の影が鎮座していた。
全高5メートル。全身が黒光りする鉱物で構成された巨人。
黒曜石のゴーレム――魔王城の「門番」だ。
『GGGGGGOOOOOO……!!』
ゴーレムが重厚な岩石音を響かせ、アキラを見下ろす。
その手に握られた大剣は、軽自動車ほどのサイズがある。一撃でも食らえば、人間などトマトのように潰れるだろう。
だが。
「……ふぅ」
天王寺アキラは、恐怖するどころか、冷徹に敵を見据えた。
その瞳は、敵を「強大な魔物」としてではなく、「排除すべき障害物」としてスキャンしている。
「……対象、意思疎通不能。退去勧告に応じる知性なし、と。
公務執行妨害およびダンジョン法違反により……実力行使で排除します」
彼女はハイヒールのかかとを鳴らし、床を蹴った。
――術式展開:『身体強化』・最大出力。
ブォン!!
彼女の全身から、青白い闘気が噴出する。
武器はない。あるのは、手元に残った「業務用タブレット(防塵防滴・重量級)」のみ。
「術式展開・硬化!
くらえ、『鈍器』!!」
アキラは恐れを知らず、巨体へと突っ込んだ。
ゴーレムが大剣を振り下ろす。
風切り音だけで鼓膜が破れそうな質量攻撃。
ガィィィィィン!!
金属音が響く。
アキラは強化されたタブレットの角で、大剣の腹を受け流し、軌道を逸らしたのだ。
そのまま懐に潜り込む。
(硬い……! 打撃じゃダメージが入らない!)
接触した瞬間の感触で、アキラは自身で「相性の悪さ」を理解した。
殴っても自分の手が壊れるだけだ。
ならば――。
「硬いなら、砕くのではなく『機能不全』に追い込むまで!」
アキラは戦法を切り替えた。
彼女は跳躍し、ゴーレムの「膝関節の隙間」に、硬化させたタブレットを楔のように叩き込んだ。
ガギンッ!!
精密機械が、岩の関節に噛み込む。
「警告ツー! 膝をつきなさい!!」
アキラはタブレットを支点にし、自身の全体重と強化された脚力を使って、テコの原理で関節を強引にねじ曲げた。
『G、GAァァァ……!?』
数トンの巨体がバランスを崩す。
物理演算のエラーを起こしたかのように、ゴーレムがどうと倒れ込んだ。
ズズズーン!!
地響きが鳴る。
アキラはその背中に飛び乗り、首元の装甲の隙間に腕をねじ込んだ。
(決定打がない……。核を破壊するには、私の火力じゃ足りない)
タブレットは既にひしゃげている。これ以上の攻撃手段はない。
だが、アキラの心は折れていなかった。
(でも、九条さんなら……あの人なら必ず、常識外れの方法で助けに来る!)
「確保ォォォ!! 大人しくしろォォ!!
暴れると関節外すぞゴラァ!!」
アキラはゴーレムの腕を逆に極め、怒号を上げながら時間を稼いだ。
***
その時。
闘技場の壁の一部が、デジタルノイズと共に四角く消失した。
「――待たせたな、天王寺!」
壁を消し飛ばして現れたのは、九条、ローズ、氷室の3人だ。
彼らは飛び出しざまに、目の前の光景を見て絶句した。
「……え?」
そこには、全長5メートルの岩の巨人を、たった一人の事務官(女性)がマウントポジションで制圧し、首元の装甲に「予備のボールペン」を突き立てて脅している姿があった。
「動くな! 動くと刺すぞ! あぁん!?」
『G、GUGU……(動けない……)』
岩の怪物が、物理的な関節技と公務員の殺気に怯えて震えている。
「……天王寺。相変わらず、戦闘となると別人だな……」
氷室が引きつった顔で呟く。
「うわぁ……引くわぁ……。あの娘、私より野蛮じゃない?」
ローズもドン引きしている。
だが、俺だけはニヤリと笑った。
「……さすが元SFGp。
道具を犠牲にして、構造上の弱点(関節)を突いたか。
上出来だ!」
俺は即座に指示を飛ばした。
「天王寺さん! そのまま抑えてろ!
核を露出させろ!」
「九条さん!」
アキラが俺の声に反応し、パッと表情を輝かせた。
「お待ちしてました! 今です! 稟議通しました!!」
アキラは突き立てたボールペンをテコにして、ゴーレムの胸部装甲を強引にこじ開けた。
バキンッ! という音と共に、奥に光る赤い核が露出する。
「承認した。ローズ、撃て!」
俺の号令と共に、ローズが前に出る。
背中のケルヒャー改は、限界音「ド(C)」を奏でている。残弾数、あと一発。
「ハイハイ、トドメは美味しくいただくわよ!
喰らいなさい! 『圧縮空気砲』!!」
ズドォォォォォォン!!
至近距離からの空気砲。
2000Vで加速された衝撃波が、露出した核に直撃した。
『GA、GAAAAAAA……』
核が粉砕される。
ゴーレムの巨体が内側から崩壊し、ただの黒い砂礫となって崩れ落ちた。
静寂が戻る。
アキラは砂の山の上に立ち上がり、乱れた髪と眼鏡を直した。
「……ふぅ。
お疲れ様です、九条さん。不法侵入者の排除、完了しました」
涼しい顔で報告するアキラ。
だが、その手元にあるタブレットは、くの字に曲がり、画面はバキバキに割れていた。
「……上出来だ。
だが天王寺さん。そのタブレット、リース品だぞ?」
「えっ」
「故意による破損は、公務災害認定されない。
修理費は経費で落ちんぞ。……自腹だな」
「えぇぇぇっ!? 嘘でしょ!?
世界を救おうとしてるのに自腹ですか!?」
アキラの悲鳴が闘技場に木霊する。
だが、俺たちの足を止めている暇はない。
バッテリー残量、45%。




