第32話:鑑定不能なら「漢(おとこ)識別」を ~即死毒を噛み砕くS級美女と、ボス部屋への「直行便」~
酸の雨を抜け、魔王城の正門まであと僅かという地点で、俺たちは足を止めた。
バッテリー残量、53%。
ケルヒャー改の異音、音程「ド(C)」手前。
「……マズいな」
俺はスマホのインベントリ画面を確認し、渋い顔をした。
さっきのゾンビ戦と酸の雨で、手持ちの回復アイテム(行政指導で奪ったポーション)が底をつきかけている。
残っているのは、道中で拾ったアイテムだけだ。
『アイテム名:■■草』
『効果:文字化けにより判読不能』
「……バグのせいで鑑定スキルが死んでいる。
薬草か、毒草か、それともただの雑草か。ステータス画面がバグって読めない」
俺は手元の「怪しげな草」を見つめた。
色はドス黒い紫。葉の表面には血管のような筋が浮き出ている。
どう見てもヤバい。
「……ローズ。これを食え」
俺は無慈悲に草を差し出した。
「はぁ!? なんで私が毒味役なのよ!
アンタ、さっきから私の扱いが雑すぎない!?」
ローズが洗浄機を揺らして抗議する。
だが、俺は真顔で返した。
「お前は今回の作戦において『消耗品』として登録されていると言ったはずだ。
それに、もし心停止したら、俺が責任を持ってAED(強制再起動)で叩き起こしてやる」
俺はスマホを操作し、画面に『⚡HIGH VOLTAGE⚡』という禍々しい警告アイコンを表示させた。
充電端子部分から、バチバチ……と青白い火花が散り始める。
「……このスマホには、バッテリーを一気に放出して高電圧を生む『スタンガン・アプリ』を入れてある。
公務員の蘇生措置(物理)は痛いぞ?
癒やしの光なんて出ない。心臓に直当てして無理やり動かすからな」
「脅しじゃない! 拷問よそれ!!」
ローズは涙目になりながらも、俺の冷徹な視線(と借金の圧力)に屈した。
彼女は震える手で草を受け取ると、覚悟を決めて口に放り込んだ。
「……うぅ……モグモグ」
咀嚼音が響く。
俺と氷室、アキラは、固唾を飲んでその様子を見守った。
回復か? 毒か? それとも麻痺か?
もし彼女が泡を吹いて倒れたら、この草は「廃棄」だ。
「……ん?」
数秒後。
ローズが首を傾げた。
「……ピリッとするわね。これ、コリアンダー風味?」
「……効果は?」
俺が尋ねると、ローズはケロッとした顔で答えた。
「ああ、これ『神経毒(麻痺)』ね。
成分的にはトリカブトの濃縮版に近いかしら。普通の人なら、食べた瞬間に呼吸中枢が麻痺して即死するレベルだわ」
「なッ……!?」
氷室が驚愕のあまり後ずさった。
「即死レベルの毒だと!?
貴様、なぜ平然としている!? 死ぬぞ!?」
ローズはフンと鼻を鳴らし、残りの草をぺっと吐き捨てた。
「ナメないでよ。S級スパイが毒耐性の一つも持ってないと思った?
幼少期の訓練施設で、毎食少しずつ毒を盛られて耐性をつけてるのよ!
この程度の毒草、私にとってはスパイス代わりにもならないわ!」
ローズが得意げに胸を張る。
その姿に、悲壮感はない。あるのは、常人離れしたプロフェッショナルの矜持だけだ。
(……便利な女だ)
俺は心の中で評価を上方修正した。
性格は終わっているが、生存能力だけは本物だ。
この「人間毒物検知器」がいれば、未知のアイテムも怖くない。
「よし、識別完了だ。その草は『麻痺草』として登録、封印する。
……行くぞ、先を急ぐ」
俺たちは再び歩き出した。
だが、その直後だった。
カチッ。
俺の後ろを歩いていたアキラの足元で、何かが作動する音がした。
「あ」
アキラが間の抜けた声を上げる。
彼女が踏んだのは、床のテクスチャの下に隠されていた、古典的かつ最悪のトラップ。
ビョイーーーン!!
コミカルな効果音と共に、床がバネのように跳ね上がった。
「きゃあああああ!?」
アキラの体が、放物線を描いて彼方へと弾き飛ばされる。
視界の端で、彼女の姿が闇の奥へと消えていく。
「天王寺!!」
氷室が手を伸ばすが、間に合わない。
俺は即座にスマホのマップを確認した。
アキラの信号(GPS)が着地したのは、現在地から遠く離れた、地図にないエリア。
そこは、マップ上でどす黒い赤色で表示されている――「ボス部屋直結エリア」だった。
「……チッ。最悪の分断だ」
俺は舌打ちした。
一番戦闘力の低いアキラが、一番危険な場所へ飛ばされた。
しかも、そこには強大な魔力反応がある。
「急ぐぞ! 合流が遅れれば、彼女は死ぬ!」
俺は走り出した。
バッテリー残量、50%。
もはや節約などしていられない。全速力で魔王城を突破するしかない。




