第30話:深層で「⚠️Time to BeReal.」が来たので ~死体を隠して「ろくろ」を回せ~
グリッチ・ワールド(バグ空間)を斜め移動で進む俺たち。
バッテリー残量、64%。
緊張感が漂う中、不意にアキラの懐から軽快な通知音が鳴った。
ピロン♪
「……あれ? 通知?」
アキラが不思議そうにスマホを取り出す。
「おかしいですね。ここは地下50階層。
ダンジョン省のアンテナも届かない、完全な圏外のはずじゃ……」
「……待て」
先頭を歩いていた氷室が、眉をひそめて内ポケットを探った。
取り出したのは、無骨な黒い箱。
政府要人用の「衛星通信対応・モバイルWi-Fiルーター」だ。
「私のルーターのアクセスランプが、猛烈な勢いで点滅しているぞ。
接続台数……3台?
誰だ、勝手に私の極秘回線にタダ乗りしているのは!」
「俺と、天王寺さんと、ローズだ」
俺は悪びれもせず、スマホ(Wi-Fiアイコン点灯中)を掲げた。
「パスワードが『himuro_leo_0123』じゃ、使ってくれと言っているようなもんだろ。
テザリング感謝するぞ、歩くフリーWi-Fiスポット」
「き、貴様ぁ……!」
氷室の顔が真っ赤になる。
「それは那須の別荘のパスワードと同じ……!
いつの間に解析した!?」
「解析するまでもない。お前の誕生日だろ、1月23日。
セキュリティ意識が低すぎるぞ、特捜部」
「ぐぬぬ……! あとで変えてやる……!」
氷室が屈辱に震える中、俺たちは通信環境を確保したまま進軍を続けた。
これが現代のダンジョン攻略だ。ネットがなければ死ぬ。
***
その時だった。
「きゃっ!?」
最後尾を歩いていたローズが、何もない平坦な床で、派手に足を引っかけた。
ドッシャァァァン!!
S級スパイとは思えない、見事な転倒。
彼女が背負っていた洗浄機がガシャンと音を立て、抱えていたリュックの口が開き、中身が床一面にぶちまけられる。
「いっ……たぁ……!
なによこれ!? 何もないじゃない!」
ローズが涙目で床を叩く。
俺は指示棒で、その「何もない床」をツンツンと突いた。
「……『転び石の罠』だな」
俺は解説した。
「床の衝突判定が、ポリゴン一枚分だけめくれ上がっている。
目視では見えないが、足裏には『岩』と同じ判定で引っかかる。
……この領域、思った以上にデータが腐ってやがるな」
「最悪よ! ポーションも変装道具も散乱しちゃったじゃない!」
ローズが散らばった荷物を拾い集めようとした、その瞬間。
ブブッ。ブブッ。
俺のポケットで、スマホが短く、しかし強い警告のバイブレーションを放った。
バッテリー低下の通知ではない。
もっと恐ろしい、社会的死の宣告だ。
俺は恐る恐る画面を見た。
『⚠️ Time to BeReal. ⚠️』
『あと2分で投稿してください』
「……ッ!!」
俺の心臓が止まりかけた。
BeReal.。
加工なしの「リアルな日常」を、通知が来た瞬間に撮影して投稿しなければならないSNS。
ヒナに「パパもやってよ!生存確認になるから!」と強制インストールさせられたアプリだ。
「マズい……! このタイミングか……!」
俺は頭を抱えた。
このアプリは、内カメラと外カメラで同時に撮影する。
つまり、「俺の顔」と「俺が見ている風景」が同時に全世界に晒されるのだ。
「九条さん? どうしたんですか?」
「見ろ、この惨状を!」
俺は周囲を指差した。
薄暗いバグった空間。
床に転がる金髪美女。
散乱する怪しげな薬瓶や武器。
そして、仁王立ちするスーツの男(氷室)。
「どう見ても『事件現場』か『怪しい儀式の最中』だろ!
こんな写真がヒナに届いてみろ!
『パパ、地下で危ない人たちと何してるの?』って通報されるぞ!」
「た、確かに……! 誤解の塊ですね!」
「時間がない! あと1分30秒だ!」
俺は叫んだ。
「撮影を開始する!
テーマは『清潔で安全な、深夜残業中のオフィス』だ!
総員、配置につけ!」
***
残り時間、60秒。
「天王寺さん! そのタブレットを開け!
ExcelでもWordでもいい、とにかく『仕事してるっぽい画面』を出せ!」
「は、はい! えーと、始末書の下書きでいいですか!?」
アキラが慌ててタブレットを起動し、床に座り込む。
「氷室! お前はそこの岩に座れ!
そして手を前に出して、『ろくろ』を回せ!」
「は? ろくろ……? 陶芸か?」
「違う! IT企業の社長がインタビューでよくやる、あの『手で空中の何かを掴むようなポーズ』だ!
それで『上司っぽさ』と『知的な会議風景』を演出するんだよ!」
「……くっ、なぜ私がそんな茶番を……」
氷室は屈辱に顔を歪めながらも、岩に腰掛け、空中で手をこねくり回し始めた。
意外と様になっているのが腹立つ。
「そしてローズ!
お前は……邪魔だ! 死んだふりをして隠れてろ!」
「ひどい扱いね!?」
ローズは蛍光スウェットを翻し、岩の陰にダイブした。
残り、10秒。
俺はスマホを構えた。
アキラのタブレットの光を照明代わりにし、背景の「バグった壁」が映らない絶妙な角度(画角)を探る。
「いいか、みんな笑え!
ブラック職場だけどやりがいを感じている、意識高い系の笑顔だ!」
「ひきつりますよそんなの!」
「黙ってろ! 撮るぞ!」
3、2、1……。
カシャッ。
撮影完了。
俺は震える手で、出来上がった写真を確認した。
【投稿画像】
・手前:疲れつつも充実した顔で書類を見る俺とアキラ。
・奥:部下を温かく見守りながら、ろくろを回して熱弁を振るう上司(氷室)。
・背景:暗がりが「深夜のオフィス」のような雰囲気を醸し出している。
「……完璧だ」
奇跡の一枚。
どこからどう見ても、「プロジェクト佳境の熱いチーム」にしか見えない。
岩の陰から、ローズの足(スウェットの裾)が少しだけ見切れているが……まあ、「脱ぎ捨てられた上着」に見えなくもない。
「投稿、完了」
送信ボタンを押した瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。
S級モンスターとの戦闘よりも疲れた。
「……九条。一つ聞きたいのだが」
ろくろのポーズを解いた氷室が、冷ややかな視線を送ってくる。
「貴様、娘に対して『見栄』を張りすぎではないか?」
「うるさい。
娘にとっての父親は、いつだって『働いてるカッコいいパパ』でなきゃいかんのだ」
俺はスマホを閉じた。
バッテリー残量、58%。
写真一枚撮るのに、魂とバッテリーを削りすぎた。
「行くぞ。
……魔王城はすぐそこだ」




