第27話:足元にご注意ください ~数百の死霊を迂回させる最強の結界(カラーコーン)~
カレーでの補給を終え、俺たちが深層エリアの回廊を進んでいると、不意に前方の空間が歪んだ。
「……来るぞ」
氷室が眼鏡を押し上げ、警告する。
歪んだ空間から湧き出してきたのは、腐臭を纏った亡者の群れ――ゾンビ、スケルトン、グール。
その数、数百体。
通路を埋め尽くすほどの「モンスターハウス」だ。
「うわぁ……! なんですかこの数は!」
アキラが悲鳴を上げ、警棒(杖)を構える。
だが、多勢に無勢だ。まともにやり合えば、数の暴力で押し潰される。
「クソッ! こんな狭い通路で囲まれたら、私の洗浄機も取り回しが効かないわよ!」
ローズが舌打ちする。
彼女の背負うケルヒャー改は強力だが、広範囲を薙ぎ払うにはチャージ(水圧充填)の時間がいる。その隙に食いつかれたら終わりだ。
絶体絶命のピンチ。
だが、俺はスマホの画面(バッテリー残量80%)をチラリと見て、ため息をついた。
「……やれやれ。これだから『歩行者天国』は困るんだ」
俺は懐から、伸縮式の指示棒を取り出し、シュッと伸ばした。
そして、迫りくるゾンビの群れに向かって、交通整理のガードマンのように振るう。
「はい、そこの死体の方ー。
ただいま、前方にて清掃作業を行っておりまーす。足元にご注意くださーい」
俺が指を弾く。
――コマンド実行:『オブジェクト配置』。
――アセット読み込み(ロード):【工事用カラーコーン】。
ポン、ポン、ポン。
ゾンビたちの目の前の床に、半透明の「赤いカラーコーン」と「トラ柄のバー」が数個、忽然と出現した。
魔法障壁ですらない。ただの幻影だ。物理的な強度はゼロ。触れればすり抜ける。
だが。
「あ、う……?」
先頭を走っていたゾンビが、ピタリと足を止めた。
その腐った目が、カラーコーンを見つめ、困ったように左右をキョロキョロと見回す。
「……うぉぉ……(工事中かよ……)」
ゾンビは律儀にも、コーンバーを跨ぐことも壊すこともせず、「迂回路」を探そうとしてその場でウロウロし始めた。
後続のゾンビたちも、前の奴が止まったせいで詰まり、玉突き事故のように団子状態になっていく。
「な、なんだこれは!?」
氷室が驚愕の声を上げる。
「アンデッドどもが……止まった?
聖属性の結界でも張ったのか!?」
「いいや。ただの『AIの盲点』だよ」
俺は解説した。
「こいつらの行動ロジックは単純だ。『最短ルートでプレイヤーに接近する』。
だが、その経路探索アルゴリズムには欠陥がある。
『障害物』を認識すると、それを破壊する判定よりも先に、『回避ルート』を検索する処理が優先されるんだ」
俺は団子になっているゾンビたちを指差した。
「俺は今、通路の全幅に『障害物』を置いた。
つまり、回避ルートが存在しない。
こいつらの脳内CPUは今、『右に行けない、左もダメ、直進も障害物あり……再検索、再検索……』って無限ループして、フリーズしてる状態だ」
「……馬鹿な。そんな子供騙しが通じるのか」
「通じるさ。所詮はプログラムで動く人形だからな。
『コーンがあったら入っちゃダメ』というルールを、人間よりも律儀に守る優良市民だよ」
通路は今や、立ち往生したゾンビたちで通勤ラッシュのような混雑ぶりだ。
完全に動きが止まった「的」の山。
「さて、ローズ。出番だ」
俺は振り返り、指示棒でゾンビの山を指し示した。
「汚物が溜まったな。
……高圧洗浄の時間だ」
「……あんた、本当に性格悪いわね」
ローズは呆れつつも、ノズルを構えた。
背中のタンクから、キュイイイーン……という高周波の駆動音が響き始める。改造されたコンプレッサーが唸りを上げる。
「ちょ、ちょっと!
これアンタが言ってた『爆発前の異音』じゃない!?
鳴ってる!鳴ってるわよ!?」
ローズの顔色がサッと青ざめる。
車内での忠告――「異音がしたら3秒以内に投げ捨てろ」が脳裏をよぎったのだ。
「安心しろ。音程がまだ『シ(B)』だ。『ド(C)』を超えたら投げ捨てろ」
「絶対音感なんて持ってないわよおおお!!」
ローズは半泣きになりながら、一刻も早くタンクの中身(圧力)を吐き出すためにトリガーを引いた。
「いいわよ!まとめて消毒してやるわ!
喰らいなさい!『スーパー・ストーム・バースト』!!」
ドバアアアアアアアッ!!
ノズルから放たれたのは、水ではない。
圧縮された空気と水が混ざり合い、音速を超えた「衝撃波の水弾」だ。
その威力はコンクリートすら削り取る。腐った肉塊など、ひとたまりもない。
「ギャアアアアアアッ!?」
先頭のゾンビたちが、水圧によって物理的に粉砕され、肉片となって吹き飛ぶ。
後続のゾンビも、まとめてボウリングのピンのように弾き飛ばされ、壁に叩きつけられてシミになった。
「うひゃあああ!
落ちる!汚れが落ちるわー!!」
ローズがトリガーを引きっぱなしで叫ぶ。
S級スパイのストレス発散。
彼女の蛍光イエロースウェットに返り血ならぬ「返り水」がかかるが、お構いなしだ。
数分後。
通路には、綺麗さっぱり何も残っていなかった。
ゾンビも、その死骸も、すべてが高圧洗浄によって微細な粒子レベルまで分解され、下水溝へと流されていった。
「……ふぅ。スッキリした」
ローズがノズルを下ろし、額の汗を拭う。
床も壁もピカピカだ。文字通りの「大掃除」完了。
背中の機械音は、まだ「シ(B)」のままだ。
「見事な手際だ。
これなら年末の大掃除も任せられそうだな」
「二度と御免よ!
あと私の時給、上乗せしなさいよね!」
俺たちはピカピカになった通路を、土足で踏み荒らしながら進んだ。
バッテリー残量、78%。
魔王城の本丸へ、着実に近づいていた。




