第25話:激安の殿堂で最終兵器(ケルヒャー)を ~S級美女に台車(3980円)は買いません~
新宿ダンジョンへ向かう公用車の後部座席で、俺はスマホのバッテリー残量(88%)を確認し、天王寺アキラに指示を出した。
「天王寺さん、進路変更だ。まずは『武器庫』へ向かう」
「武器庫? 装備課の倉庫ですか?」
「違う。駅前のドン・キホーテだ」
俺は真顔で答えた。
今回の敵は「違法建築」だ。
剣や銃ではラチがあかない。必要なのは、解体と清掃のための専門機材だ。
だが、あいにくウチの課に予算はない。
だからこそ、頼れるのは「情熱価格」だけなのだ。
「ついでに、荷物持ちも拾っていくぞ」
***
数分後。ドン・キホーテ新宿店前。
俺は運転席のアキラに短く指示を出した。
「天王寺さんはここで待機だ。エンジンは切るなよ」
「え? 私も手伝わなくていいんですか?」
「新宿駅前だぞ。1分でも目を離せば、緑の服を着た『駐車監視員』が来る。駐禁を切られたら経費で落ちないからな。死守しろ」
「り、了解です……(地味な役回り……)」
俺はアキラを車番に残し、スライドドアを開けた。
バンの前には、一人の女が不貞腐れた顔で立っていた。
蛍光イエローの上下スウェット。
胸元には『I LOVE TOKYO』の文字。
S級スパイ、ファントム・ローズ(コードネーム:カツ丼)だ。
「……何の用よ。私、非番なんだけど」
ローズが睨んでくる。
だが、俺はスマホを操作し、ある画面をチラつかせた。
「緊急招集だ。来なければ、お前のパスポートデータをインターポールの国際手配リストに『誤送信』する」
「ッ……! この悪魔!」
ローズは涙目で車に乗り込んだ。
彼女には拒否権がない。俺の指先一つで、彼女の人生は「詰む」からだ。
***
ドン・キホーテ店内。
俺は工具コーナーを早足で巡回し、目当ての品を指差した。
「これだ。業務用高圧洗浄機『スーパー・ストーム』。
吐出圧力15MPa。こいつなら、魔王城の壁だろうが根こそぎ削り取れる」
目の前にあるのは、黄色と黒の無骨なボディを持つ、巨大な洗浄機だ。
重量、カタログスペックで105kg。
「よし、購入だ。ローズ、運べ」
「は?」
ローズが耳を疑うような顔をした。
「運べって……これ、100キロ以上あるわよ!?
台車は? 配送サービスは?」
「台車は別売り(3,980円)だ。予算オーバーで却下。
配送を待っていたら新宿が沈む。
……お前のその『無駄に鍛え上げた筋肉』は飾りか?」
「筋肉じゃないわよ! しなやかな曲線美よ!」
ローズが叫ぶ。
だが、俺は無言でスマホ(インターポール送信画面)を掲げた。
「……クソッ! 覚えてなさいよ!」
ローズは観念し、深く息を吐いた。
その瞬間、彼女の全身から淡いマナの光が立ち昇る。
「術式展開――『身体強化』!」
ブォン!
空気が震える。
S級スパイの本気。本来ならビルからビルへ飛び移るために使われる高等魔術を、彼女は今、ドンキの通路で発動させた。
「ふんぬッ!!」
ローズが洗浄機を掴み、軽々と肩に担ぎ上げる。
100kgの鉄塊が、まるで発泡スチロールのように持ち上がった。
「……どうよ!」
「悪くない。だが、店内で暴れるなよ。商品棚を倒したら弁償はお前だぞ」
「誰のせいだと……! それにこれ、燃費(MP)が悪いのよ!
ネカフェのカップ麺生活でカロリー足りてないんだからね!」
ローズが文句を垂れる横で、俺は自分の装備をカゴに入れた。
工事用ヘルメット(980円)。
伸縮式指示棒(100円)。
そして、業務用ドラム式延長コード(60m・防雨型)。
「よし、装備は揃った。
行くぞ、聖戦(掃除)の時間だ」
蛍光イエローのスウェットで巨大な機械を担ぐ金髪美女と、ヘルメットを持ったサラリーマン。
異様な二人組に、品出し中の店員は目を逸らし、BGMの『ドンドンドン、ドン~キ~♪』だけが虚しく響いていた。
***
俺たちがバンのスライドドアを開けると、運転席のアキラがルームミラー越しに振り返った。
そして、巨大な洗浄機を担いだローズの姿を認めると――。
「……げっ」
アキラは露骨に嫌そうな顔をし、あからさまに深い溜息をついた。
「九条さん……また『アレ』を拾ってきたんですか? 車内が汚れますよ」
「誰が汚物よ! 聞こえてるわよ陰険女!」
ローズが洗浄機をドスンと床に置き、後部座席に乗り込んでくる。
「はいはい、喧嘩しない。出すぞ」
俺の指示で、バンは新宿ダンジョンへと走り出した。
***
移動中の車内。
運転するアキラの後ろで、俺はハンダごてを握っていた。
ジュッ……ジュウウウ……。
プラスチックの焦げる嫌な臭いと、ハンダの煙が充満する。
「ゲホッ! ケホッ!
ちょっと、何してるのよ! 煙い!」
隣で洗浄機を抱えているローズがむせる。
俺は保護メガネ越しに手元を睨み、精密作業を続けていた。
「黙ってろ。改造中だ」
俺は洗浄機の内部回路を剥き出しにし、基盤に直接ハンダを焼き付けていた。
「深層エリアの環境魔素(電圧)は、地上の20倍だ。
そのままコンセントに繋げば、この洗浄機は1秒で爆発する。
だから今、回路に『絶縁皮膜《魔力コーティング》』を無理やり焼き付けて、2000Vの高電圧に耐えられるようにしている」
「2000V!? そんなの、家電の規格外よ!」
「ああ。だから『使い捨て』だ。
この改造を施せば、稼働時間は持って10分。その後はコイルが焼き切れて鉄クズになる」
俺は最後の配線をショートさせ、強引にバイパスを通した。
バチッ!
火花が散り、洗浄機のモーターが唸りを上げて待機状態に入る。
「よし、完成だ。名付けて『オーバードライブ・ケルヒャー改』」
俺はハンダごてを置き、満足げに頷いた。
だが、ローズは引きつった顔で洗浄機を見下ろしている。
「ねえ……これ、私が背負って使うのよね?」
「当然だ。俺は指示棒を持つ係だからな」
「爆発したら私が死ぬんじゃない!?」
「安心しろ。爆発する直前に『異音』がするはずだ。
そうだな……『キュイイイーン』という音がしたら、3秒以内に投げ捨てろ」
「3秒!? 短すぎでしょ!!」
ローズの悲鳴を乗せて、軽バンは新宿ダンジョンの搬入口へと滑り込んだ。
さあ、仕事だ。
違法建築された魔王城を、日本の家電技術とS級の腕力で「原状回復」してやる。




