第24話:S級魔王より娘の通知が怖い ~バッテリー残量20%の「縛りプレイ」開始~
日曜日の朝。
九条家のリビングは、平和な朝食の風景に包まれていた。
「……パパ」
トーストをかじっていたヒナが、唐突に口を開いた。
その視線は、俺がテーブルに置いていたスマホ――5年落ちの古い機種――に注がれている。
「ん? どうした?」
「パパのスマホ、最近アツアツだよね?」
「ッ……!?」
俺はコーヒー(薄め)を吹き出しそうになった。
鋭い。
確かに最近、俺のスマホはカイロのように発熱している。
原因は動画の見過ぎでも、型落ちによる劣化でもない。
俺が業務中――つまりダンジョンのインシデント対応の際、自分の脳の負荷を減らすために、このスマホを「外部演算装置」として無線リンクさせ、魔力式の解析処理を裏で走らせているからだ。
「あ、ああ……。古いからな。バッテリーが劣化してるのかも……」
俺がしどろもどろに言い訳すると、ヒナはニッコリと笑い、俺のスマホを取り上げた。
「あ、ロックかかってる。パパ、こっち見て」
「え?」
ヒナは俺の顔面に、無造作にスマホを突きつけた。
ピロン♪
無情にも顔認証(Face ID)が解除される音が、朝のリビングに響く。
「よし、オッケー♪」
「……お、おい? 勝手に……」
「だ・か・ら!
私が『メンテナンス』しておいてあげたよ!」
「メ、メンテナンス……?」
嫌な予感がした。
ヒナが画面をタップして見せてくる。
そこには、見慣れない可愛らしいアイコンのアプリが鎮座していた。
『超・節電クリーナー&位置共有アプリ・Whoo』
「これね、バックグラウンドの無駄な通信をカットして、バッテリーを長持ちさせるアプリなの!
ついでに私のスマホと連携して、お互いの位置情報も分かるし、バッテリー残量もリアルタイムで共有できるんだよ!」
「……は?」
俺の思考が停止した。
位置情報共有? バッテリー残量の監視?
「これでパパがどこで油売ってるか丸わかりだし……もしバッテリーが20%を切ったら、私のスマホに『充電ピンチ!』って通知が来るからね。
仕事中にゲームばっかりして電池減らしたら、すぐバレるから覚悟してよ?」
「そ、そんな……」
俺は絶望した。
これは「親切」ではない。
財務大臣による、社畜(俺)への「24時間行動監視システム」の導入だ。
「じゃ、行ってきます! 今日は部活だから!」
ヒナは元気よく家を出て行った。
残された俺は、熱を持ったスマホを、時限爆弾のように握りしめていた。
(……詰んだ)
俺の「外部演算」は、スマホのCPUをフル稼働させる。
つまり、能力を使えば使うほど、バッテリーはマッハで減っていく。
20%を切ればヒナに通知が行き、「仕事中に何してたの?」と尋問される未来が確定する。
「……つまり、これからの俺は、『バッテリー残量を気にしながら業務を処理する』縛りプレイを強いられるわけか」
俺は天を仰いだ。
S級モンスターより怖い「娘の通知」に怯える日々の幕開けだった。
***
翌月曜日。ダンジョン省・特別管理課。
「――緊急出動だ、九条くん!!」
オフィスに駆け込んできたのは、いつになく血相を変えた総務課長だった。
手には真っ赤な警告ランプが点滅するタブレットが握られている。
「か、課長? どうしたんですか、朝から」
「新宿ダンジョンだ! 深層エリアで『異常な領域拡張』が発生している!」
「領域拡張?」
俺は眉をひそめ、デスクのモニターを叩いた。
即座に新宿ダンジョンの3Dマップを展開する。
『警告:地下45階層・未探査エリア』
『空間質量:増大中。……毎秒0.5%の速度で侵食を開始』
「……おいおい、マジかよ」
俺は眼鏡の位置を直した。
通常、ダンジョンの構造は固定されている。だが稀に、システムのエラーで壁や床が増殖し、周囲の空間を飲み込む現象が起きる。
通称、「違法建築」。
「現場の観測班によると、地下45階に突如として『巨大な城』が出現したそうだ!
しかも、その城がどんどん巨大化して、上の階層を突き破ろうとしている!」
「城……? 魔王城ですか?」
天王寺アキラが、コーヒーメーカーの前から顔を出した。
「分からん! だが、このままでは新宿駅の地下ホームまで侵食されるぞ!
特捜部は出払っている……頼めるのは君たちしかいない!」
課長が俺の肩をガシッと掴む。
またか。また「ゴミ処理」か。
「……はぁ。分かりましたよ」
俺はため息をつき、ジャケットを羽織った。
そして、デスクの上のスマホを手に取り――バッテリー残量を確認した。
『92%』
(……ギリギリだな)
俺は懐から「ミスリル製ボールペン」と「電卓」を取り出し、アキラに目配せした。
「行くぞ、天王寺さん。
……今回の敵はデカい。俺の『脳』が焼けるかもしれん」
「えっ? どういうことですか?」
エレベーターに向かう道すがら、俺は小声で説明した。
「今回の相手は『空間そのもの』だ。
質量がデカすぎる。俺の脳だけで解析・修正しようとすれば、処理落ちして脳がオーバーヒートする」
「そ、そんな……。じゃあどうするんです?」
「だから、これを使う」
俺はスマホを掲げた。
「俺の脳は『書き換え』時に高熱を出す。
だから、スマホを『外部演算装置』として無線リンクさせ、重たい計算処理をすべてスマホ側に丸投げ(ミラーリング)するんだ」
「はぁ? スマホに?」
「ああ。俺の脳みその空き容量をスマホのCPUで補う。
その間、俺の脳は『強制スリープ(アイドリング)』状態になり、熱が下がる。
……代償として、スマホのCPUが発熱し、バッテリーが死ぬほど減るがな」
アキラは呆れたように口を開けた。
「……九条さん。貴方、人間辞めすぎじゃないですか?
自分の脳をスマホとBluetooth接続してる人類なんて、聞いたことないですよ」
「Wi-Fi Directだ。Bluetoothじゃ帯域が足りない」
俺は真顔で訂正し、エレベーターのボタンを押した。
「いいか、天王寺さん。
今回のミッションの勝利条件は二つだ。
一つ、新宿の崩壊を止めること。
そしてもう一つ――」
俺はスマホの画面を指差した。
「バッテリー残量を『20%以上』残したまま帰還することだ」
「……は?」
「もし20%を切れば、ヒナに通知が行く。
『パパ、仕事中に何してたの?』と詰められたら、俺の家庭内信用スコアは破綻する」
チーン。
エレベーターが到着した。
俺は悲壮な覚悟で、深層へのゲートへと足を踏み入れた。
「急ごう。
……今の俺は、ウルトラマンより活動時間が短いぞ」




