第23話:最新AIの正体は人力だった。あと、スパイをカツ丼で餌付けした
翌日の深夜、25時。
ITベンチャー『ネオ・ダンジョン・ソリューションズ(NDS)』本社ビル。
その裏手の路地裏に停められた、ダンジョン省の公用車(塗装の剥げた軽バン)の中で、九条ミナトと天王寺アキラはモニターを見つめていた。
「……九条さん。確認ですが、今回のターゲットはこの会社で間違いないんですね?」
アキラが助手席でタブレットを操作しながら尋ねる。
画面には、急成長中のIT企業『NDS』の華やかなホームページが表示されている。
「ああ。こいつらは『最新AIによるダンジョン災害予測』を売り文句に、国から数億円規模の技術開発助成金を受け取っている。
……だが、先日の災害時、こいつらの予測は大外れした。おかげで俺は休日に呼び出され、データの後始末をさせられたんだ」
九条は忌々しげに、深夜のビルを見上げた。
個人的な恨み(休日出勤)が、今回の捜査の原動力だ。
「俺がシステムログを解析したところ、奇妙な現象が見つかった。
こいつらの『AI』は、深夜2時と午後2時になると、極端にレスポンスが悪くなるんだ」
「深夜と午後……?」
「ああ。まるで『人間のシフト交代』があるようにな」
「……まさか」
「その『まさか』を裏付ける証拠を掴む。
正面から監査に入ればデータを隠蔽される。だからこそ、物理的に内部へ侵入し、現物を押さえる必要があるんだ」
九条はインカムのスイッチを入れる。
「でも……九条さん。私、やっぱり納得できません」
アキラが不機嫌そうに腕を組む。その視線は、車外の闇に潜む「潜入者」に向けられている。
「よりによって、あの泥棒猫を使うなんて。
カフェで九条さんに色目を使って、あまつさえご自宅を破壊した女ですよ?
生理的に無理です。今すぐ手錠をかけて豚箱にぶち込むべきです」
「気持ちは分かる。だが、使えるものは親の仇でも使うのが俺の流儀だ」
九条は淡々と返した。
「それに、相手は最新の『魔導生体認証システム』を導入してる企業だ。
正規の令状を取ろうとすれば証拠隠滅されるし、俺たちが正面突破すれば外交問題になる。
……こういう『汚れ仕事』には、汚れた人材が適任なんだよ」
「うぐっ……。理屈は分かりますけど……」
「おい、聞こえてるかローズ」
九条がインカムに呼びかけると、ノイズ混じりの不機嫌な声が返ってきた。
『……聞こえてるわよ。
それより、早く終わらせて。この服、死ぬほど恥ずかしいの』
暗視カメラの映像に、建物の非常階段下に潜むローズの姿が映る。
彼女が着ているのは、昨夜ドンキで買わされた蛍光イエローの激安スウェットだ。
胸元には『I LOVE TOKYO』の文字が、暗視映像の中でも白く浮き上がっている。
「我慢しろ。東京を愛する外国人観光客にしか見えん。完璧な迷彩だ」
『こんな観光客がいてたまるか!』
ローズは悪態をつきながらも、プロの動きに切り替えた。
ターゲットは最上階のサーバー室。
彼女は排気ダクトの通気口を、ヘアピン一本で音もなく解錠し、滑り込んだ。
***
NDS社、セキュリティエリア。
ローズはダクトの中を匍匐前進で進み、サーバー室前の廊下へと降り立った。
『……ターゲットエリアに到達。セキュリティ・レベル4』
廊下には、目に見えない「魔力感知レーザー」が張り巡らされている。
触れれば警報が鳴り、警備ゴーレムが起動する仕組みだ。
「うわっ、隙間がない……。これ、通れるんですか?」
モニターを見ていたアキラが息を呑む。
魔法で無効化しようとすれば、その魔力波形を検知されて即アウトだ。
『あら、面倒なオモチャね』
ローズは懐から、ドンキで買ったヘアスプレーを取り出し、空間に軽く噴射した。
微細な霧が、不可視の魔力レーザーの光条を赤く浮かび上がらせる。
彼女はスウェットをまくり上げ、深く息を吐いた。
そして、信じられない柔軟性で身体を反らせ、レーザーの網の目を、ミリ単位の精度ですり抜けていく。
関節の可動域を無視したその動きは、人間というより、液体のようだ。
「……ッ!」
アキラが目を見開く。
元特殊作戦群のアキラから見ても、その体術は異常だった。
魔力に頼らず、純粋な筋肉操作と空間把握能力だけで、最高難度のセキュリティを物理的にパスしている。
「……悔しいですけど、腕は確かですね。
腐ってもS級、ですか」
「ああ。性格は破綻しているが、性能はピカイチだ」
九条の言葉に、アキラは「フン」と鼻を鳴らした。
「分かりました。仕事の間だけは、パートナーとして認めてあげます。 ……でも、九条さんに手を出そうとしたら、私が後ろから刺しますからね」
「頼もしい限りだ」
九条が頷く間に、ローズは最奥の扉の前まで到達していた。
そこにあるのは、最新式の「虹彩認証ロック」。
『虹彩データなんて持ってないわよ?』
「必要ない。そのロックの製造元は『Mテック社』だ。初期ロットには物理的な欠陥がある」
九条の指示に従い、ローズはヘアピンをロックの隙間に差し込み、絶妙な角度でこじった。
ガコン、と電子音が鳴り、ロックが解除された。
「ええええ!? 最新鋭の虹彩認証がヘアピン一本で!?」
「デジタルに頼りすぎた弊害だな。……入れ、ローズ」
***
ローズが重厚な扉を押し開ける。
そこは、企業の心臓部であるサーバー室。
本来なら、冷却ファンの轟音と、無機質なLEDの点滅に満ちているはずの場所だ。
だが。
『……何これ』
ローズのインカムから、呆れ果てた声が漏れた。
そこから漂ってきたのは、無機質なオゾンの匂いではなく――饐えた汗と、カップ麺の匂いだった。
体育館のような広い部屋に、長机とパイプ椅子が並べられ、数十人の疲れ切った人間たちが、死んだような目でPCに向かっていた。
カタカタカタカタ……。
響くのは、キーボードを叩く音と、彼らの荒い呼吸音だけ。
正面の巨大スクリーンには、ダンジョンの観測データが表示されている。
彼らはそれを見て、手元の分厚いマニュアルをめくり、手動で「AIの予測結果」をチャット欄に打ち込んでいた。
『……呆れた。これが最新AIの正体?
24時間体制の人海戦術(人力AI)じゃない』
部屋の隅には「ノルマ表」と「カフェイン錠剤」、そして食べ残しのカップ麺の山。
壁には『私語厳禁』『トイレは1日2回まで』という張り紙。
彼らは「AIの学習データ作成」という名目で雇われ、実際には「AIそのもの」を演じさせられていたのだ。
「ビンゴだ。
高度なAIを開発・運用するGPUコストより、深夜バイトを最低賃金で30人使い潰す方が安い。
しかも、『雇用創出』の名目で国から追加の助成金まで申請してやがる」
九条の声が冷たく響く。
「この部屋の惨状を撮れ。
バイトたちの顔、マニュアルの内容、そして隅にあるカップ麺の山まで、全てだ。
……それが、この『虚構』を殺すための武器になる」
ローズは無言でシャッターを切った。
ファインダー越しに見るバイトたちの姿は、借金で首が回らなくなり、薄汚れたスウェットで働かされている「今の自分」と重なって見えたのかもしれない。
『……私とどっちがマシかしらね』
ローズは吐き捨てるように言い、誰にも気づかれることなく撤収を開始した。
「よし。任務完了だ。
国からは『情報提供料』が出るが……経費と利子を引いて、今回の借金返済額は1万円として処理する」
『命がけで潜って1万!? 馬鹿にしてるの!?』
「文句を言うな。カツ丼くらいは奢ってやる」
***
任務完了後。深夜2時。
警察署の近くにある、24時間営業の定食屋『かつや』。
「……お腹すいた」
ローズがテーブルに突っ伏している。
『I LOVE TOKYO』のスウェットはダクトの埃まみれだが、その瞳には仕事をやり遂げたプロの光が残っていた。
九条は店に入り、食券を買って戻ってきた。
そして、無言で「カツ丼(梅)」をローズの前に置いた。
「……揚げ物? カロリー計算が……」
「成功報酬だ。
日本の労働者のソウルフードだ。汗をかいた後には、これが一番効く」
九条が丼の蓋を開ける。立ち昇る湯気と、出汁の香り。
ローズは唾を飲み込み、震える手で箸を取った。
サクッ。ジュワッ。
空腹の胃袋に、豚の脂と甘辛い出汁、そして卵の優しさが染み渡る。
NDS社の冷え切ったカップ麺とは違う、熱を持った食事。
「……っ!」
プライドなど吹き飛び、ローズは一心不乱にカツ丼をかき込んだ。
その目には、少しだけ涙が滲んでいる。
九条は横で、一番安い「豚汁(小)」をすすりながら、冷徹に計算していた。
(俺の財布は、昨日のヒナとの寿司と、こいつへの貸付(ネカフェ代・服代)ですっからかんだ。
……だが、このカツ丼代も、ネカフェ代も、ドンキのスウェット代も……全てあそこから回収する)
「……ごちそうさま」
完食したローズが、小さく呟いた。
満腹になり、少しだけ毒気が抜けた顔をしている。
「……悔しいけど、悪くないわね」
***
翌朝。ダンジョン省、魔導特捜部・監査官室。
氷室レオは、デスクに置かれた一枚の書類と、数枚の「領収書(ドンキ、ネカフェ、かつや)」を冷ややかに見下ろしていた。
『機密捜査協力者登録申請書』
『捜査活動経費精算書』
「……カツ丼、590円?」
氷室が低い声で問う。対面のソファに座る九条は、悪びれもせずに肩をすくめた。
「ローズのことだ。あいつを飼いならして有効活用するには金がかかる。
俺の小遣いで養う義理はないからな。
特捜部の『特別機密費(協力者謝礼)』で処理してくれ。事後承諾だが、昨夜の『NDS社摘発』の手柄を含めれば十分お釣りが来るだろ?」
「……あのアメリカの狂犬を、税金で飼うつもりか」
「毒を以て毒を制す。彼女は俺たち公務員が手を出せない『汚れ仕事』に使える。
月30万程度の予算でS級スパイを使い潰せるなら、安いもんだろ?」
氷室は呆れつつも、NDS社の摘発資料(ローズが撮った決定的な証拠写真)を見て、その有用性を認めざるを得なかった。
これは正規の捜査では絶対に手に入らない証拠だ。
「……いいだろう。緊急捜査費の枠で処理する。
ただし、飼い犬が噛み付かないよう首輪は握っておけよ」
氷室は書類にハンコを押した。
そして、申請書の「コードネーム」欄が空欄であることに気づいた。
「で? この協力者のコードネームはどうする」
九条は手元の領収書に目を落とし、即答した。
「……そうだな。
『カツ丼(Katsudon)』でいい」
***
一方、ネカフェの狭い個室で目覚めたローズは、九条から送られてきたメールを見て、絶望のあまり天井を仰いでいた。
【現在の借金残高】
初期負債:605,000円
経費(ネカフェ・服・下着・他):+4,280円
食費(カツ丼梅):+590円
利子(1日分):+248円
報酬返済:-10,000円
---------------------------
合計:600,118円
「……全然減ってないじゃないーーッ!!」
薄汚れた天井に向かって、S級スパイの魂の叫びが響く。
カツ丼は美味しかった。だが、その代償は高かった。
自由への道は果てしなく遠い。
コードネーム『カツ丼』。
彼女がその屈辱的な名前を知るのは、もう少し先の話である。
いつも『日本国ダンジョン省・特別管理課』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
第1章完結!ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
魔法ではなく「内容証明郵便」と「入管法」で戦う主人公・九条の姿、楽しんでいただけたでしょうか?
最後は無事にローズも仲間(?)になり、九条家の平穏は守られました。カツ丼は世界を救いますね。
第2章の舞台は、ついに「ダンジョン深層」です。
剣と魔法のファンタジー世界を、「工事現場の理屈」と「公務員の事務処理」で蹂躙する展開にご期待ください!
【お願い】
もし「第1章、面白かった!」「九条の性格の悪さが好き!」と思っていただけましたら、
ぜひブックマークや、ページ下の☆☆☆☆☆評価で応援いただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!
(特に★は、九条の「ボーナス査定」だと思って応援いただけると嬉しいです……!)
それでは、第2章も「定時」を目指して突き進みます。
引き続きよろしくお願いいたします!




