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日本国ダンジョン省・特別管理課の定時男 ~Fランク公務員の俺、実は世界最強の「解析者」につき、災害級魔物も事務処理して帰ります~  作者: Ken


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第20話:【ざまぁ】S級スパイの潜伏先に請求書を送りつけてみた

 翌朝。ダンジョン省、特別管理課。

 始業のチャイムが鳴ると同時に、オフィスには異様な音が響き渡っていた。


 ダダダダダダダダダッ!! ッターン!!


 機関銃のようなタイピング音。

 キーボードが悲鳴を上げ、エンターキーが叩かれるたびにデスクが微振動する。


「……お、おはようございます、九条さん」


 天王寺アキラがおそるおそる声をかけた。

 デスクに向かう九条ミナトの背中からは、どす黒いオーラが立ち昇っている。

 その形相は、徹夜明けのデスマーチ真っ只中のSEのようであり、同時に、親の仇を前にした修羅のようでもあった。


「おはよう、天王寺さん」


 九条はモニターから目を離さずに答えた。眼鏡の奥の瞳は血走っている。


「す、すごい集中力ですね……。

 何かあったんですか? 朝からそんなに殺気立って」


「ああ、あったさ」


 九条は手を止めず、呪詛のように吐き捨てた。


「昨夜、俺の家が襲撃された。

 窓ガラスは粉々、玄関ドアは蹴破られ、愛用の革靴は溶解した。

 ……修理費と買い替えで、総額5万円以上の損害だ」


「はぁぁ!? 襲撃!?」


 アキラが素っ頓狂な声を上げた。


「またモンスターの暴走ですか!?

 それとも、またどこかの過激派組織が……」


「いや。犯人は分かっている」


 九条はギリッと歯を食いしばり、モニターを指差した。


「昨日の昼、カフェで俺に接触してきた『あの女』だ」


「えっ……?」


 アキラの脳裏に、胸元を大きく開けて九条に迫っていた、あの金髪美女の姿が浮かぶ。


「あ、あのカフェの!?

 えっ、あのアマ、九条さんにフラれた腹いせに家まで乗り込んできたんですか!?

 ストーカー? それとも痴情のもつれ!?」


「違う。奴の正体は『ファントム・ローズ』。アメリカのS級スパイだ」


「…………はい?」


 アキラの思考が停止した。

 カフェの痴女 = 世界的S級スパイ?


「え、えええええッ!?

 あ、あの露出狂みたいな女が、『幻影の薔薇』!?

 本物のS級エージェントなんですか!?」


「そうだ。奴はヒナを狙って自宅に侵入し、あまつさえ土足で上がり込んで畳を汚そうとした」


「うわぁ……」


 アキラはドン引きした。

 S級スパイといえば、映画に出てくるような冷徹でスマートな存在のはずだ。

 それが、日本の一般家庭に土足で上がり込み、痴話喧嘩みたいなノリで器物を破損して逃げた?


「なんか……ショックです。

 S級って、もっとこう、格好いいものだと思ってました。

 やってることが『空き巣』じゃないですか」


「全くだ。品性のかけらもない」


 九条は鼻を鳴らし、再びキーボードを叩き始めた。

 ッターン!


「だが、タダで済ませるつもりはない。

 物理で殴り返しても芸がない。奴が一番嫌がる『日本の官僚主義リーガル・ハラスメント』で精神的に追い詰めてやる」


「……で、それを作ってるんですか?」


 アキラが画面を覗き込むと、そこにはワードで作成された、あまりにも堅苦しい公用文書が表示されていた。


『通知書』

『冠省 当職は、以下の事由に基づき、貴殿に対し金員の支払いを請求するものである……』


「『損害賠償請求書』兼『催告書』だ。

 この内容証明郵便を、奴の潜伏先に叩きつけてやる」


「いや、潜伏先って……相手はS級スパイですよ?

 居場所なんて分かるわけ……」


「特定済みだ」


 九条はスマホを取り出し、画面を見せた。

 そこには都内の地図と、一つのポイントが表示されている。


「昨夜、現場に来た氷室監査官が、奴の『髪の毛』を採取して追跡魔法をかけた。

 場所は港区、『ホテル・グラン東京』だ」


「えっ、氷室が協力してくれたんですか?」

「『君がどうやって一矢報いるのか見物だからな(意訳:面白そうだから混ぜろ)』だとさ。性格の悪いエリートだよ」


 九条はニヤリと笑い、アキラに向き直った。


「だが、魔法で分かるのはエリアまでだ。具体的な『部屋番号』までは絞れない。

 ……そこで、天王寺さん。君の出番だ」


「私ですか?」


「そうだ。君はさっき言ったな。『あのアマ』と。

 君もあの女のことが気に入らないんだろう?」


「……まあ、生理的に無理ですね。

 仕事中に胸を押し付けてくるような女は、敵とみなします」


 アキラは真顔で答えた。彼女の中で「ローズ=敵」という認識が、国の安全保障レベルから、女の敵レベルへと昇華された瞬間だった。


「なら手を貸せ。

 奴は外交官パスポートを持っていた。ホテルにも偽名でチェックインしているはずだ。

 これからホテルの顧客データベースを洗うぞ」


「ええっ!? 民間ホテルのハッキングですか!?」


「安心しろ、違法ではない。

 ……ロジック(言い訳)はある」


 九条は左手でコマンドプロンプトを立ち上げながら、悪い顔で笑った。

 右手はマウスで「内容証明」の書式を整えながら、左手だけで高速のコマンド入力を開始する。


「ちょ、九条さん!?

 右手で公文書書きながら、左手でハッキングしてるんですか!? 器用すぎて気持ち悪いですよ!」


 アキラがドン引きするが、九条は止まらない。


「条件は『昨日チェックイン』『女性一名』『外交官ID使用』だ。

 ……だが、民間ホテルのサーバーに真正面からアクセスすると、不正アクセス禁止法に抵触する恐れがある。

 何か、公的にアクセスできる『裏口(言い訳)』があればいいんだが……」


 九条が独り言のように呟く。

 すると、アキラが少し考え込み、ポンと手を打った。


「……九条さん。そのホテル、地下にダンジョン関連の備蓄倉庫がありますよね?」


「ん? ああ、あるな」


「だったら、『防災設備の緊急点検』という名目が使えませんか?

 特殊作戦群にいた頃、潜入先の間取り図を入手するのによく使った手です。

『備蓄倉庫の安全確認のために、全館の火災報知器のステータスを確認する必要がある』と主張すれば、システムへのアクセス権限を正当化できます」


 九条はピタリと手を止め、アキラを見た。


「……ほう。天王寺さん、君も大概『あちら側』の人間だな」

「人聞きが悪い! 任務で覚えた『リーガル・ハック(法の抜け穴)』の知識ですよ!」


「採用だ。そのロジックでいこう」


 九条の左手が加速する。


「……アクセス成功。防災管理システムへ侵入。

 ……ビンゴだ。このホテル、VIPの避難誘導を最優先にするために、宿泊者名簿(PMS)と防災盤のデータをリアルタイムでリンクさせてやがる。

 おかげで、どの部屋に誰がいるか丸わかりだ」


「セキュリティへの意識の高さが、逆に仇になりましたね」


「最上階ロイヤルスイート。消火設備の点検履歴の横に、宿泊者情報あり。

 登録名は『メアリー・スミス』。合衆国通商代表部の職員という肩書きだ」


「メアリー・スミス……。偽名にしてもやる気がないな」


 九条は冷笑した。

 名前、住所(部屋番号)、身分。必要な情報は全て揃った。


「よし、発送だ。

 この書類を『内容証明郵便』で送りつける」


「内容証明……って、あの『いつ・誰が・何を・誰に送ったか』を郵便局が証明してくれるやつですか?」

「そうだ。これを受け取った瞬間、奴は日本の法的手続きの土俵に引きずり込まれる」


「でも……相手は外交官特権を持ってますよね?

 民事裁判を起こしても、『裁判権免除』で無効化されるんじゃ……」


「その通りだ。裁判をやっても勝てないし、強制執行もできない」


 九条はボールペンをカチカチと鳴らした。


「だが、俺の狙いは金じゃない。……いや金も欲しいが、最大の目的は『嫌がらせ』だ」


「嫌がらせ?」


「想像してみろ、天王寺さん。

 世界を股にかけるS級エージェントが、潜入先の一般市民から『家のガラスを割った弁償代(5万円)』ごときで、正式な法的文書を送りつけられる。

 しかも、そこにはこう書いてある。

『期日までに支払いがなき場合、貴殿の所属する大使館および本国政府に対し、器物損壊および住居侵入の事実を詳細に報告し、厳重に抗議する』とな」


 アキラは息を呑んだ。


「……あ」


「スパイにとって最も恥ずべきことは何か?

 死ぬことじゃない。『ヘマをして目立つこと』だ。

 たかだか数万円のトラブルで、大使館にクレームを入れられ、公になれば……。

 彼女のエリートキャリアには泥がつく。本国の上司にも死ぬほど怒られるだろうな」


「……うわぁ」


 アキラはドン引きした。

 これは「法的な戦い」ではない。

 相手の「組織人としてのメンツ」を人質に取った、極めて陰湿な「クレーマー攻撃」だ。


「さあ、行け! 我が怨念の郵便物よ!

『配達証明』と『本人限定受取』のオプションマシマシでな!!」


 九条は、作成した文書(呪いの手紙)を、職場の備品である茶封筒に叩き込んだ。


「あの、九条さん」

「ん?」

「職場の封筒とインクを使うのは目をつぶりますけど、切手代と特殊取扱料金は自腹でお願いしますね。そこまで経費で落としたら、私が総務にチクリますよ」


「……ちっ。分かってるよ」


 九条は舌打ちし、財布からなけなしの小銭を取り出した。


「それに、普通に出しても今日の午後には届きませんよ?」

「甘いな、天王寺さん。

 ここは都心だ。午前中に出せば夕方までに届く『新特急郵便(当日配達便)』が使えるエリアなんだよ。

 多少高くつくが、奴に安眠を与えるつもりはない。今日中に叩きつけてやる」


 九条はドヤ顔で言い放ち、郵便局へと消えていった。


 ***


 同日、14時00分。

 港区、『ホテル・グラン東京』、ロイヤルスイート。


 ローズは、キングサイズのベッドの上で優雅に紅茶を飲んでいた。

 だが、その表情は優雅さとは程遠く、神経質に歪んでいた。


(……昨日の『K』の家での失態。

 インフラ環境を見誤った私のミスだわ。まさか先進国日本で、あんな貧弱な電力事情があるなんて)


 彼女は昨夜の撤退後、即座にホテルを変えることも検討したが、あえて留まることを選んだ。

 下手に動けば、あの恐ろしい特捜部の男(氷室)に捕捉されるリスクがある。

 外交特権がある以上、ホテルに踏み込まれることはない――という計算もあった。


 プルルルル……。


 不意に、部屋の内線電話が鳴った。フロントからだ。


「……Yes?」

「ミス・スミスでいらっしゃいますか? フロントでございます。

 お客様宛に『本人限定受取郵便(Restricted Delivery)』が届いております」


「郵便? ……フロントで預かっておいて」

「申し訳ございません。こちらは配達員が直接、ご本人様の身分証明書(パスポート等)を確認しなければお渡しできない種類の郵便物でして……。

 今、配達員を部屋へ向かわせてもよろしいでしょうか?」


(……本人確認必須の郵便?)


 ローズは眉をひそめた。

 罠か? いや、日本の郵便局員に変装した暗殺者か?

 だが、拒否すれば怪しまれる。私は今、正規の外交官「メアリー・スミス」としてここにいるのだ。


「……分かったわ。通して」


 数分後、ドアチャイムが鳴った。

 ローズは銃を背中に隠し持ち、ドアチェーンをかけたまま少しだけ開けた。


「郵便局ですー。メアリー・スミス様でよろしいですか?

 本人確認書類の提示をお願いします」


 そこにいたのは、制服を着た本物の郵便局員だった。

 ローズは隙間から偽造パスポートを見せる。


「はい、確認しました。ではこちらの端末に署名をお願いします」


 ローズは震える手でサインし、分厚い封筒を受け取った。

 差出人は――


『日本国ダンジョン省・特別管理課 九条ミナト』


「ッ!?」


 ローズの心臓が跳ね上がった。

 場所がバレている!?

 どうやって? 私は完璧に痕跡を消したはずなのに!

 この封筒には何が入っている?

『死の宣告』か? 『宣戦布告』か? それとも、触れると即死する呪符か?


 彼女はドアをロックし、スキャンを行った。魔力反応なし。

 意を決して封を開けると、中から出てきたのは一枚の紙だった。


 そこには、無機質な日本語のフォントがびっしりと並んでいた。


『通知書』

『甲(以下、請求者という)は、乙(以下、被請求者という)に対し……』


「……何これ? 暗号?」


 ローズはスマホの翻訳アプリをかざした。


『Notification of Demand』

『Subject: Claim for Damages regarding Property Destruction』


「……損害……賠償……?」


 彼女は読み進めた。


 1. 窓ガラス修理費用:22,000円

 2. 玄関ドア修理費用:35,000円

 3. 革靴(量販店製)買替費用:3,980円

 4. 精神的慰謝料:39,020円

  合計請求額:100,000円(JPY)


『上記金額を、本書面到達後3日以内に以下の口座へ振り込むこと。

 なお、本通知は貴殿の所属組織の監督責任を問うための正当な連絡であり、不当な害悪の告知(恐喝)に当たるものではないことを申し添える』


『期日までに支払いがなき場合、貴殿の所属する公的機関(大使館)に対し、本件の事実関係を詳細に報告し、厳正なる処分を求めるものとする』


 文末には、九条の署名と、真っ赤な印鑑が押されていた。


「…………は?」


 ローズは思考停止した。

 10万……円?(約700ドル?)

 S級エージェントである私の首にかかった賞金ではなく?

 ただの……ガラスと靴の代金?


「ふ、ふざけてるの!?

 私を誰だと思ってるの! 『ファントム・ローズ』よ!?

 国家予算レベルの工作資金を動かす私に……3,980円の靴代を請求してきたっていうの!?」


 ローズは叫んだ。

 屈辱だ。暗殺されるよりも、魔法で攻撃されるよりも、遥かに屈辱的だ。

 この男は、私を「敵国の脅威」としてではなく、「近所のクソ迷惑な器物損壊犯」として扱っている!


 だが、最後の一文が彼女を凍りつかせた。


『支払いがなければ、大使館に報告する』


(……マズい)


 ローズの顔色が青ざめた。

 もし、大使館に「お宅の外交官(偽装)、ウチのガラス割って逃げましたよ。修理代踏み倒してますよ」なんて通報が入ったら?

 伝説のスパイの正体が「チンケな食い逃げ犯」レベルで露見する。

 そんなことになれば、本国に呼び戻され、エージェントとしてのキャリアは終わる。


「……ッ!! 卑怯よ! 卑怯だわ日本人!!」


 ローズは書類をベッドに叩きつけた。

 法的には払う義務はない(外交特権)。

 だが、「社会的な死」を避けるためには、払うしかない。


「……払えばいいんでしょ! 払えば!!」


 ローズは屈辱に震えながら、スマホを取り出した。


(海外口座からの送金だと日数がかかる……。

 チッ、仕方ない。日本の裏社会から買い取っておいた『トバシ口座(他人名義の違法口座)』を使うしかないわね)


 足がつくリスクはあるが、背に腹は代えられない。

 彼女は震える指で、九条の指定口座に「100,000」と打ち込み、送金ボタンを押した。

 世界最強のスパイが、日本のしがない係長に、わずか10万円で「屈服」させられた瞬間だった。


 ***


 同日夕方。ダンジョン省。

 九条のスマホが、入金通知を告げた。


『振込入金:100,000円』

『振込人:カ)スズキショウジ』


「……『鈴木商事』? ぷっ」


 九条はニヤリと笑い、スマホの画面をアキラに見せた。


「おいおい、見ろよ天王寺さん。

『メアリー・スミス』名義じゃない。『トバシ口座(架空法人)』からの振込だ。

 真っ黒だな、あいつ」


「うわぁ……。これ、警察に通報したら口座凍結できますよ?」

「まあ待て。金は回収できたんだ。今回は見逃してやる」


 九条は満足げにスマホをポケットにしまった。

 これで修理代と靴代は回収できた。慰謝料分で、今夜はヒナと回らない寿司でも食べに行こう。


「でも、これで彼女も懲りたんじゃないですか?

 もう二度と、九条さんの家には近づかないと思いますよ」


「そうだな。……だが」


 九条は眼鏡の位置を直した。


「これで終わりじゃない。

 彼女は、俺の『平穏』を脅かした。

 金で解決したのはあくまで『民事』の話だ。

 ……次は、この国から叩き出すための『外交的報復』を準備する」


 九条は新たな書類を取り出した。

 それは『不法滞在者通報(入管法違反疑義)』と書かれた、さらに面倒くさそうな書類だった。


「……まだやるんですか?」

「当たり前だ。俺は執念深いんだよ」


 250円のコーヒーを愛する小市民の逆襲は、まだ始まったばかりだった。

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