第17話:英雄の扱いは酷いが、75%OFFの焼肉が美味いので全て許すことにした
翌日の昼休み。
ダンジョン省・特別管理課のオフィスは、お通夜のような静けさと、爆発寸前の緊張感に包まれていた。
「……九条くん」
総務課長が、携帯を握りしめたまま、幽霊でも見たかのような顔で俺を見ている。
いつもは内線で済ますか4階に呼び出されるのだが、珍しくわざわざ地下までお越しだった。
彼の手は小刻みに震え、顔面は蒼白だ。
「は、はい」
「今……財務省の主計局長から直電があった」
課長の声が裏返った。
主計局長。国の財布を握るトップだ。地方出先機関の課長にとっては、雲の上の存在どころか、雷神そのものである。
「『貴様の部下は、ウチの地下金庫をゴミ捨て場か何かと勘違いしているのか』と……!
『心臓が止まるかと思った。二度とやるな』と、もの凄い剣幕で怒鳴られたんだが……!」
課長がバン!と机を叩いた。
「君は一体、何をしたんだ!?
昨日の有給中に、財務省へ行って粗相でもしたのか!?」
「まさか。行ってませんよ」
俺は涼しい顔で、嘘をついた。
確かに俺自身は行っていない。行ったのはドラゴンだ。
「ただ、知人の伝手で、ちょっとした『お土産(100億円相当)』を贈っただけなんですが……。
どうやら、サイズが少し大きすぎたみたいですね」
「お、お土産だと……?
バカ者!相手は財務省だぞ!下手な物を贈ったら贈収賄で……いや、怒られたってことは嫌がらせか!?
あああ、私の査定が……年金が……!!」
課長は頭を抱え、ブツブツと胃薬を探し始めた。
ドラゴンの詳細を知らされていないのは明白だ。
財務省としても、「地下金庫にS級モンスターが出現した」なんて失態、恥ずかしくて部外者には言えないのだろう。
「……はぁ。とりあえず、始末書だ。
『業務外における他省庁への迷惑行為』について、原稿用紙50枚で提出したまえ!」
「50枚……」
「当然、反省の意を示すために『手書き』だぞ!万年筆を使え!」
「て、手書きぃ!?」
俺は思わず叫んだ。
このデジタルトランスフォーメーションの時代に、原稿用紙50枚を手書きだと?
ドラゴンを倒すより遥かに重労働だ。これが公務員という名の地獄か。
課長は涙目で叫び、逃げるように部屋を出て行った。
***
「……ふふっ。課長、何も知らされてないんですね」
課長の足音が遠ざかると、天王寺アキラが忍び笑いを漏らした。
彼女の手元のタブレットには、今朝のニュース映像が流れている。
『速報です。宗教法人・星の導き教団に、国税局と警察の合同捜査が入りました。
代表の聖女エルラ容疑者を、脱税およびダンジョン法違反の疑いで逮捕……』
画面の中、毛布を被せられて連行されるエルラの姿があった。
彼女はカメラに向かって、「電卓が来る……数字が襲ってくる……!」と意味不明なうわ言を叫んでいる。
どうやら、昨夜の「税務調査(物理)」がよほどトラウマになったらしい。
「それと、裏ルートからの情報ですけど」
アキラが声を潜める。
「教団のバックにいた大物議員、失脚したそうです。
財務省が『テロリストの支援者』として徹底的に資金源を洗ったらしく……今頃、東京湾に沈められているか、検察に売り飛ばされているかですね」
「毒を以て毒を制す、か。
さすが財務省、仕事が早いな」
俺はラムネを口に放り込んだ。
俺が送りつけた「お土産」が、いい起爆剤になったようだ。
「あ、それからもう一つ。
例の『黒い石(混濁魔石)』を横流ししていた、省内管理課の汚職グループも一網打尽にされました。
今回の騒ぎで在庫管理のズレが発覚して、芋づる式に逮捕だそうです」
「そいつは朗報だ。ゴミを金に変える錬金術師どもめ、檻の中で反省会だな
……で、『お土産』はどうなったんだ?」
「ええ、それも聞きました。
財務省の地下金庫、やっぱり『対ダンジョン災害用シェルター』だったみたいで、物理的な被害はゼロだったそうです。
ただ、中にいた官僚たちは、目の前にS級モンスターが現れてパニックになり……全員、当分はカウンセリング通いだとか」
「ざまあみろ」
「ドラゴン自体は、即座に特殊部隊が突入して解体したそうです。
素材として売却され、推定100億円がそのまま『国庫』に入ったみたいですよ。
……九条さんへの報奨金は、当然ゼロ。『迷惑料と相殺』ですって」
「ケッ。心が狭い連中だ」
俺は悪態をついたが、本心では満足していた。
100億円をドブに捨ててでも、奴らの鼻を明かしてやりたかったのだ。
それに、俺の本当の報酬は、金ではない。
俺はデスクの引き出しから、一枚のチラシを取り出した。
昨日の潜入時に捨てたはずの、あのチラシ。
……の、最新版だ。
『祝!ディスカウントスーパー・オーケー〇〇店、来月、今度こそ本当にオープン!』
「……美しい」
俺はうっとりと紙面を撫でた。
「よく復活したな。教団に土地を奪われたはずなのに」
アキラが呆れたように言う。
「九条さんが裏で手を回したんでしょ?
『国税局による教団資産の即時差し押さえ』と、『優先交渉権を使ったスーパー側への格安売却』……。
あんなウルトラC、普通の公務員には思いつきませんよ」
「人聞きが悪いな。俺はただ、困っているスーパーの社長に『今が買い戻すチャンスですよ』と匿名電話を入れただけだ」
「それに、あの土地の『霊脈』はどうしたんですか?
穴が開いたままだと、魔素中毒でまた問題になりますよ?」
「ああ、それなら工事しておいた」
俺は事もなげに言った。
「霊脈の噴出点に、俺の手製バルブ(安全弁)を取り付けて塞いだ。
ついでに、そこから漏れ出る冷気を、スーパーの業務用冷蔵庫の動力源として直結させておいたよ」
「えっ、大丈夫なんですかそれ?食品衛生法的に……」
「抜かりはない。完全密閉型の二重配管にしてあるから、食品への魔素混入はゼロだ。
冷媒コストが浮く分、カツ重の値段も維持されるはずだ」
「……職権乱用も極まれりですね。
スーパーの冷蔵庫をダンジョン直結にするなんて」
アキラはため息をついたが、その表情はどこか晴れやかだった。
「でも、まあ……。
おかげでヒナちゃんの笑顔は守られたわけですね」
「ああ。それが全てだ」
俺はチラシを丁寧に折りたたみ、胸ポケットにしまった。
カツ重299円。
それは単なる弁当ではない。俺と娘の、明日への希望なのだ。
***
その夜。九条家。
「パパ、乾杯!」
「おう、乾杯!」
リビングの食卓で、俺とヒナはグラス(麦茶)を合わせた。
ホットプレートの上では、霜降りの牛肉がジューッ!と食欲をそそる音を立てている。
今日の主役はカツ重ではない。
スーパー復活の前祝いとして、俺が帰り道に執念で確保した戦利品だ。
『国産黒毛和牛カルビ』
そのパックには、黄色い『半額』シールの上に、さらに赤い『レジにて半額』シールが重ねて貼られていた。
奇跡の75%OFF。
「ん~っ!美味しい~!」
ヒナが肉を頬張り、満面の笑みを浮かべる。
俺はその肉を見つめ、購入時の光景を思い出した。
(……あの店員の兄ちゃん、俺の顔を見て『またあの疲れたスーツの人が来た』って顔をしてたな。
そして、売れ残った肉にそっと追加のシールを貼ってくれた……。
あれは、社会の底辺で戦う同志への『慈悲』だったに違いない)
ありがとう、名も知らぬバイトリーダー。
あんたの優しさのおかげで、俺たち親子は今、王侯貴族のような夕食を楽しめている。
「よかったねパパ!スーパーができたら、今度こそ『普通の缶コーヒー』を箱買いできるね!」
「ああ。……長かった」
俺は肉を噛み締めながら、涙ぐんだ。
茶色い水(薄めたコーヒー)とも、これでおさらばだ。
教団との戦い、ドラゴンとの対峙、そして手書きの始末書地獄……。
全ての苦労が、この一口の肉汁となって報われていく。
「幸せだなぁ……」
俺たちが平和を噛み締めていた、その時だった。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
モニターを見ると、小奇麗な格好をした男が立っている。手には新聞か、宗教のパンフレットのようなものが見える。
『あのー、夜分に恐れ入ります。
あなたの『幸せ』について、少しお話ししませんか?』
「……チッ」
俺は箸を置き、無言で立ち上がった。
せっかくの祝杯を邪魔された怒りが、ふつふつと湧き上がる。
「パパ?居留守でいいんじゃない?」
「いや、肉が焦げる前に片付ける」
俺はドスドスと玄関へ向かい、ドアを勢いよく開けた。
「こんばんは!私、こういう者でして……」
勧誘員が満面の笑みで近づいてくる。
俺は、昨夜ドラゴンを睨みつけた時と同じ――いや、それ以上の「S級の殺気(解析眼)」を瞳に宿し、冷たく見下ろした。
「……幸せなら、今、肉を食ってる」
「ひっ……!?」
男の笑顔が凍りつく。
俺の背後から漂う、尋常ではないプレッシャーと、焼肉の匂い。
「間に合ってるんだよ。
神も、新聞も、壺もな。
……帰れ」
俺は静かに、しかし絶対的な拒絶を込めて、ドアを閉めた。
バタン。
「……ふぅ」
俺は瞬時に「パパの顔」に戻り、リビングへ戻った。
「誰だった?」
「ん?道に迷った人みたいだったよ」
俺は席につき、焦げかけた肉をひっくり返した。
「さあヒナ、食べよう。明日も学校だろ?パパも仕事だ」
「うん!」
平和な食卓に、笑い声が戻る。
世界がどうなろうと、財務省がどうなろうと。
この「定時後の幸せ」だけは、誰にも邪魔させない。
Fランク公務員の戦いは、明日も続く。
……まずは、カツ重発売日に向けて、有給の申請をしなければ。




