表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日本国ダンジョン省・特別管理課の定時男 ~Fランク公務員の俺、実は世界最強の「解析者」につき、災害級魔物も事務処理して帰ります~  作者: Ken


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/36

第14話:【悲報】俺の愛する激安スーパー、カルト教団に潰される

 数日後の週末。

 九条家のリビングには、神聖な静寂が満ちていた。


 俺、九条ミナトは、一枚のチラシをテーブルに広げ、拝むように手を合わせていた。


『祝!ディスカウントスーパー・オーケー〇〇店、来月オープン!』

『名物・ロースカツ重299円(税抜)』


「……美しい」


 俺は震える声で呟いた。

 この物価高騰の時代において、カツ重が299円。

 もはや「福祉」だ。神が与えたまいし慈悲と言ってもいい。


「パパ、何ニヤニヤしてるの?……気持ち悪いよ」


 ソファでスマホをいじっていたヒナが、冷ややかな視線を送ってくる。

 だが、俺は挫けない。これは我が家の未来に関わる重大事だ。


「ヒナ、計算してごらん。このスーパーができれば、我が家の食費は月間およそ15%圧縮される」

「うん、まあ安いに越したことはないけど……」

「その浮いた予算を積み立てれば……パパが毎日会社に持っていく『薄めたコーヒー(極限まで。ほぼ茶色い水)』を、普通の缶コーヒーにランクアップすることも可能なんだぞ!」


 俺の必死の訴えに、ヒナの手が止まった。

 彼女はスマホを置き、悲しげな瞳で俺を見た。


「……やっぱり、そうだったんだ」

「えっ?」

「パパの水筒、洗う時にいつも色が薄いから……。節約のために、出がらしのお茶か、ものすごく薄めたコーヒーでも飲んでるのかなって、ずっと思ってたの」


「うぐっ……(バレてた)」


 ヒナが立ち上がり、俺の手をギュッと握った。


「そっか。パパ、家族のために会社で恥ずかしい思いをしてたんだね」

「い、いや、そこまでは……」

「うん、わかった!オーケーができれば、パパも『普通のサラリーマン』っぽい生活ができるってことだね!それなら私も嬉しいよ!」


 ヒナが力強く頷く。

 その動機は「安さ」への喜びではなく、「惨めな父親への不憫さ」から来る慈愛だった。

 涙が出るほど優しい娘だ。そして、その優しさに応えるためにも、このスーパーをフル活用せねばなるまい。


 俺たちは手を取り合い、まだ見ぬ「299円の楽園」に思いを馳せた。


 そう、この時はまだ知らなかったのだ。

 その楽園が、邪教の神によって踏みにじられようとしていることを。


 ***


 翌月曜日。

 ダンジョン省・特別管理課。


「……九条さん。これを見てください」


 出社するなり、天王寺アキラがデスクに「黒い石」を置いた。

 先日の学校騒動で回収した、あの「幸せの石」だ。


「成分解析の結果が出ました。……鑑識課の同期に、学生時代の『貸し』を使って無理やり分析させました。正規ルートだと握りつぶされるので」


 アキラは少し声を潜めて言った。

 予算も権限もないこの部署で動くため、彼女も個人的なコネクション(裏技)を使い始めている。公務員として実にたくましくなったものだ。


「結果、この石の出処は、京都に拠点を置く宗教法人『星の導き教団』だと判明しました」

「京都?……ああ、ヒナたちの修学旅行先か」


 俺は納得した。

 宗教法人が現地の土産物屋に紛れ込ませていたわけか。

 俺は石を摘み上げ、その濁った黒色を観察した。


「これは『混濁魔石』だ」

「混濁……?」

「複数の属性が不完全に混ざり合った、ダンジョン精製過程の『産業廃棄物スラッジ』だよ。本来なら廃棄処分されるゴミだ」


 俺はラムネを口に放り込み、冷ややかな視線を石に向けた。


「……これだけ市場に出回ってるとなると、省内の管理課の連中が、裏で処理費用を浮かせて横流ししてやがるな。あとでシメないといけない」


「えっ、省内の汚職ですか……!?」


「ああ。コスト0のゴミを買い取ってくれる。タダ同然で仕入れたものを500円で売る。双方利益率は無限大だ。

 だが、教団からすればこれは『撒きフロントエンド』だろうな」


「撒き餌、ですか?」

「術式を組み込んで石をばら撒いてるんだ。真の目的は金じゃない。おそらく精神感応で、所持者周辺の判断能力を下げることだ。……本命の『集金バックエンド』は、その後にある。錯乱状態の人間ほど、嵌めやすいカモはいないからな」


「悪質な詐欺行為じゃないですか!その片棒を担いでる人間が省内にいるなんて…!」


「でも、解せないな…」


 大量のラムネをバリボリと噛み砕く。


「京都の土産物なら、全国に散らばるはず。

 なぜ『うちの管轄(この街)』だけで、クラス崩壊レベルの被害が出たんだ?

 偶然にしては、被害が局地的すぎる」


「…あ、それなら」


 アキラは自身満々にタブレットを取り出した。


「SNSの広告データを洗ってみました」


 画面を俺の目の前に突き出す。

 そこには、複雑なグラフと分布図が表示されていた。


「これを見てください。修学旅行シーズンに合わせて、特定の広告が配信されています。

 ターゲット設定は、『この地域のIPアドレスを持つ10代』のみ」


「……なんだと?」


「つまり、『ジオ・ターゲティング(位置情報連動型広告)』です。

 教団は、最初からこの街の住人を狙い撃ちにして、『京都でこの石を買え』という広告を集中的に投下していたんです。

 これは自然な流行じゃありません。作為的な『種まき』です」


 アキラの分析に、俺は舌を巻いた。

 俺は古いシステム屋だが、彼女はデジタルの最前線を知る若手エリートだ。

 この補完関係バディは悪くない。


「なるほど……。奴らはこの街を『養牧場』にする気か。

 だが、なぜだ?

 東京にはもっと人口の多い街がある。なぜわざわざ、こんなベッドタウンを狙う?」


「それについても、関連があるかもしれませんが……

 ……たぶん九条さんにとって、もう一つ、最悪なニュースがあります」


 アキラが、言いづらそうに視線を逸らした。


「例の教団の『買収リスト』を入手したんですが……。

 九条さんの家の近所にオープン予定だった『スーパー・オーケー』の入る商業ビル。

 ……あそこ、昨日付けで教団に買収されました」


「…………は?」


 俺の思考が停止した。

 時が止まった。


「えーと、ですから。

 教団がオーナーに相場の3倍の額――恐らく裏金――を即金で提示し、ビルごと買い取ったそうです。

 スーパー側も寝耳に水で、激怒して訴訟を準備中だそうですが……オーナーは違約金を払ってでも教団に売ることを選び、テナント契約は一方的に破棄されました」


「……契約破棄?」


「はい。スーパーの出店は白紙撤回。代わりに、そのビルを改装して教団の『総本山・大聖堂』にするそうです」


 ピキッ。


 俺の手の中で、ミスリル製のボールペンが嫌な音を立てた。


 俺の脳内で、未来予想図がガラガラと崩れ落ちていく。

 299円のカツ重。

 月間15%の食費圧縮。

 それによって捻出されるはずだった、ヒナの大学進学費用の一部。

 そして何より、ヒナが「パパ、普通のコーヒー飲めるね!」と笑ってくれた、あの笑顔。


 絶望。

 目の前が真っ暗になるような喪失感。


「……嘘だろ。俺の……俺のカツ重が……」


 俺は力なく項垂れ、デスクに突っ伏しそうになった。

 だが、その視線がふと、デスクに広げていた「エリア管内図(地図)」の上で止まった。


『スーパー建設予定地:〇〇町3丁目』


 その座標を見た瞬間。

 俺の脳内で、バラバラだったパズルのピースが、強烈な閃光と共に結合した。


「……待てよ」


 俺はスマホを取り出し、裏モードのアプリを起動した。

 画面に表示されたのは『大深度地下・魔素分布図(非公開データ)』。

 それを、デスクの地図の上に重ね合わせる。


「天王寺さん。さっき、奴らは『この街』を狙い撃ちにしたと言ったな?」

「は、はい」

「そして、スーパーの跡地に『大聖堂』を建てると?」

「そうですけど……それが何か?」


 俺は地図上のスーパーの位置を指先で叩いた。

 スマホの画面上で、その地点が真っ赤なヒートマップとして輝いている。


「ビンゴだ。

 ……この地下には、『霊脈レイライン』が通っている」


「霊脈……?」


「ああ。ダンジョン省が管理している人工的なパイプラインとは違う。

 地下深層を流れる、未管理の『高純度魔素の川』だ。

 ……スーパーの予定地は、偶然にもその『噴出点バルブ』の真上なんだよ」


 アキラが息を呑む。

 俺の中で、全てのロジックが繋がった。


「奴らの狙いは土地転がしじゃない。

 霊脈の真上に『増幅器(大聖堂)』を建て、地下から汲み上げた莫大なエネルギーを放射することだ。

 ……街中にばら撒いた『受信機(石)』を一斉起動させるためにな」


「そ、それじゃあ……!」


「ああ。大聖堂が完成すれば、石を持っているこの街の住人は周りも含めて、強制的に精神感応(洗脳)リンクに繋がれる。

 丸ごと宗教都市の完成だ……完璧な侵略計画だな」


 俺は立ち上がった。

 その動作だけで、オフィスの空調が凍りついたように冷え込んだ。


「く、九条さん?顔色が……」

「天王寺さん。教団の支部はどこだ」

「えっ、隣町の元ボウリング場ですけど……」


 俺はバインダーを手に取り、懐の奥にある「切り札(特命全権委任状)」の感触を、服の上から確かめた。

 震えている。

 武者震いではない。「将来の資産(300万円とカツ重)」を不当に奪われた、一人の納税者としての激怒だ。


「行くぞ」

「えっ、乗り込むんですか!?相手は警察も手が出せない聖域ですよ!?」

「関係ない。奴らは俺の『未来』を奪った」


 俺は胸ポケットから、ソーラー式電卓(100均)を取り出した。

 バチバチ、と威嚇するように「ACオールクリア」ボタンを連打する。


「神だろうが教祖だろうが関係ない。

 俺の『299円』を踏みにじった罪……法と計算機で償ってもらう」


 ***


 隣町、『星の導き教団』関東支部。


「おお、聖女様……!」

「奇跡だ、光が見える……!」


 数百人の信者が熱狂する中、ステージには一人の少女が立っていた。

 純白のローブ。長い金髪。

 この世のものとは思えない美貌を持つ彼女こそ、教団の象徴――『聖女』エルラ。


「迷える子羊たちよ。ダンジョンの恵みを受け入れなさい」


 彼女が手を掲げると、会場の照明が一斉に明滅し、神秘的な霧が立ち込める。


「まずは、この『星の欠片(500円)』を手に取りなさい。それが救いへの入り口です。

 ……そして、真の救いを得るためには、こちらの『高天原の壺(300万円)』が必要です……」


 信者たちが涙を流しながら、我先にと契約書にサインをしていく。

 ゴミ同然の石で精神を緩め、高額商品を売りつける。見事なまでの「バックエンド商法」だ。


 その行列の最後尾に。

 スーパーのチラシを握りしめた、一人の男が並んでいた。


「九条さん……本当にやるんですか?令状なしの潜入捜査なんて……」

「捜査じゃないよ、天王寺さん」


 俺はチラシをゴミ箱に捨て、冷たく言い放った。


「これは『損害賠償請求』だ」


 俺たちは教団の重い扉を開けた。

 そこは、法の光が届かない、狂信と脱税の楽園。

 だが残念だったな。

 今日ここに、国税局よりも恐ろしい「家計の鬼」が降臨したのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ