第14話:【悲報】俺の愛する激安スーパー、カルト教団に潰される
数日後の週末。
九条家のリビングには、神聖な静寂が満ちていた。
俺、九条ミナトは、一枚のチラシをテーブルに広げ、拝むように手を合わせていた。
『祝!ディスカウントスーパー・オーケー〇〇店、来月オープン!』
『名物・ロースカツ重299円(税抜)』
「……美しい」
俺は震える声で呟いた。
この物価高騰の時代において、カツ重が299円。
もはや「福祉」だ。神が与えたまいし慈悲と言ってもいい。
「パパ、何ニヤニヤしてるの?……気持ち悪いよ」
ソファでスマホをいじっていたヒナが、冷ややかな視線を送ってくる。
だが、俺は挫けない。これは我が家の未来に関わる重大事だ。
「ヒナ、計算してごらん。このスーパーができれば、我が家の食費は月間およそ15%圧縮される」
「うん、まあ安いに越したことはないけど……」
「その浮いた予算を積み立てれば……パパが毎日会社に持っていく『薄めたコーヒー(極限まで。ほぼ茶色い水)』を、普通の缶コーヒーにランクアップすることも可能なんだぞ!」
俺の必死の訴えに、ヒナの手が止まった。
彼女はスマホを置き、悲しげな瞳で俺を見た。
「……やっぱり、そうだったんだ」
「えっ?」
「パパの水筒、洗う時にいつも色が薄いから……。節約のために、出がらしのお茶か、ものすごく薄めたコーヒーでも飲んでるのかなって、ずっと思ってたの」
「うぐっ……(バレてた)」
ヒナが立ち上がり、俺の手をギュッと握った。
「そっか。パパ、家族のために会社で恥ずかしい思いをしてたんだね」
「い、いや、そこまでは……」
「うん、わかった!オーケーができれば、パパも『普通のサラリーマン』っぽい生活ができるってことだね!それなら私も嬉しいよ!」
ヒナが力強く頷く。
その動機は「安さ」への喜びではなく、「惨めな父親への不憫さ」から来る慈愛だった。
涙が出るほど優しい娘だ。そして、その優しさに応えるためにも、このスーパーをフル活用せねばなるまい。
俺たちは手を取り合い、まだ見ぬ「299円の楽園」に思いを馳せた。
そう、この時はまだ知らなかったのだ。
その楽園が、邪教の神によって踏みにじられようとしていることを。
***
翌月曜日。
ダンジョン省・特別管理課。
「……九条さん。これを見てください」
出社するなり、天王寺アキラがデスクに「黒い石」を置いた。
先日の学校騒動で回収した、あの「幸せの石」だ。
「成分解析の結果が出ました。……鑑識課の同期に、学生時代の『貸し』を使って無理やり分析させました。正規ルートだと握りつぶされるので」
アキラは少し声を潜めて言った。
予算も権限もないこの部署で動くため、彼女も個人的なコネクション(裏技)を使い始めている。公務員として実にたくましくなったものだ。
「結果、この石の出処は、京都に拠点を置く宗教法人『星の導き教団』だと判明しました」
「京都?……ああ、ヒナたちの修学旅行先か」
俺は納得した。
宗教法人が現地の土産物屋に紛れ込ませていたわけか。
俺は石を摘み上げ、その濁った黒色を観察した。
「これは『混濁魔石』だ」
「混濁……?」
「複数の属性が不完全に混ざり合った、ダンジョン精製過程の『産業廃棄物』だよ。本来なら廃棄処分されるゴミだ」
俺はラムネを口に放り込み、冷ややかな視線を石に向けた。
「……これだけ市場に出回ってるとなると、省内の管理課の連中が、裏で処理費用を浮かせて横流ししてやがるな。あとでシメないといけない」
「えっ、省内の汚職ですか……!?」
「ああ。コスト0のゴミを買い取ってくれる。タダ同然で仕入れたものを500円で売る。双方利益率は無限大だ。
だが、教団からすればこれは『撒き餌』だろうな」
「撒き餌、ですか?」
「術式を組み込んで石をばら撒いてるんだ。真の目的は金じゃない。おそらく精神感応で、所持者周辺の判断能力を下げることだ。……本命の『集金』は、その後にある。錯乱状態の人間ほど、嵌めやすいカモはいないからな」
「悪質な詐欺行為じゃないですか!その片棒を担いでる人間が省内にいるなんて…!」
「でも、解せないな…」
大量のラムネをバリボリと噛み砕く。
「京都の土産物なら、全国に散らばるはず。
なぜ『うちの管轄(この街)』だけで、クラス崩壊レベルの被害が出たんだ?
偶然にしては、被害が局地的すぎる」
「…あ、それなら」
アキラは自身満々にタブレットを取り出した。
「SNSの広告データを洗ってみました」
画面を俺の目の前に突き出す。
そこには、複雑なグラフと分布図が表示されていた。
「これを見てください。修学旅行シーズンに合わせて、特定の広告が配信されています。
ターゲット設定は、『この地域のIPアドレスを持つ10代』のみ」
「……なんだと?」
「つまり、『ジオ・ターゲティング(位置情報連動型広告)』です。
教団は、最初からこの街の住人を狙い撃ちにして、『京都でこの石を買え』という広告を集中的に投下していたんです。
これは自然な流行じゃありません。作為的な『種まき』です」
アキラの分析に、俺は舌を巻いた。
俺は古いシステム屋だが、彼女はデジタルの最前線を知る若手エリートだ。
この補完関係は悪くない。
「なるほど……。奴らはこの街を『養牧場』にする気か。
だが、なぜだ?
東京にはもっと人口の多い街がある。なぜわざわざ、こんなベッドタウンを狙う?」
「それについても、関連があるかもしれませんが……
……たぶん九条さんにとって、もう一つ、最悪なニュースがあります」
アキラが、言いづらそうに視線を逸らした。
「例の教団の『買収リスト』を入手したんですが……。
九条さんの家の近所にオープン予定だった『スーパー・オーケー』の入る商業ビル。
……あそこ、昨日付けで教団に買収されました」
「…………は?」
俺の思考が停止した。
時が止まった。
「えーと、ですから。
教団がオーナーに相場の3倍の額――恐らく裏金――を即金で提示し、ビルごと買い取ったそうです。
スーパー側も寝耳に水で、激怒して訴訟を準備中だそうですが……オーナーは違約金を払ってでも教団に売ることを選び、テナント契約は一方的に破棄されました」
「……契約破棄?」
「はい。スーパーの出店は白紙撤回。代わりに、そのビルを改装して教団の『総本山・大聖堂』にするそうです」
ピキッ。
俺の手の中で、ミスリル製のボールペンが嫌な音を立てた。
俺の脳内で、未来予想図がガラガラと崩れ落ちていく。
299円のカツ重。
月間15%の食費圧縮。
それによって捻出されるはずだった、ヒナの大学進学費用の一部。
そして何より、ヒナが「パパ、普通のコーヒー飲めるね!」と笑ってくれた、あの笑顔。
絶望。
目の前が真っ暗になるような喪失感。
「……嘘だろ。俺の……俺のカツ重が……」
俺は力なく項垂れ、デスクに突っ伏しそうになった。
だが、その視線がふと、デスクに広げていた「エリア管内図(地図)」の上で止まった。
『スーパー建設予定地:〇〇町3丁目』
その座標を見た瞬間。
俺の脳内で、バラバラだったパズルのピースが、強烈な閃光と共に結合した。
「……待てよ」
俺はスマホを取り出し、裏モードのアプリを起動した。
画面に表示されたのは『大深度地下・魔素分布図(非公開データ)』。
それを、デスクの地図の上に重ね合わせる。
「天王寺さん。さっき、奴らは『この街』を狙い撃ちにしたと言ったな?」
「は、はい」
「そして、スーパーの跡地に『大聖堂』を建てると?」
「そうですけど……それが何か?」
俺は地図上のスーパーの位置を指先で叩いた。
スマホの画面上で、その地点が真っ赤なヒートマップとして輝いている。
「ビンゴだ。
……この地下には、『霊脈』が通っている」
「霊脈……?」
「ああ。ダンジョン省が管理している人工的なパイプラインとは違う。
地下深層を流れる、未管理の『高純度魔素の川』だ。
……スーパーの予定地は、偶然にもその『噴出点』の真上なんだよ」
アキラが息を呑む。
俺の中で、全てのロジックが繋がった。
「奴らの狙いは土地転がしじゃない。
霊脈の真上に『増幅器(大聖堂)』を建て、地下から汲み上げた莫大なエネルギーを放射することだ。
……街中にばら撒いた『受信機(石)』を一斉起動させるためにな」
「そ、それじゃあ……!」
「ああ。大聖堂が完成すれば、石を持っているこの街の住人は周りも含めて、強制的に精神感応(洗脳)リンクに繋がれる。
丸ごと宗教都市の完成だ……完璧な侵略計画だな」
俺は立ち上がった。
その動作だけで、オフィスの空調が凍りついたように冷え込んだ。
「く、九条さん?顔色が……」
「天王寺さん。教団の支部はどこだ」
「えっ、隣町の元ボウリング場ですけど……」
俺はバインダーを手に取り、懐の奥にある「切り札(特命全権委任状)」の感触を、服の上から確かめた。
震えている。
武者震いではない。「将来の資産(300万円とカツ重)」を不当に奪われた、一人の納税者としての激怒だ。
「行くぞ」
「えっ、乗り込むんですか!?相手は警察も手が出せない聖域ですよ!?」
「関係ない。奴らは俺の『未来』を奪った」
俺は胸ポケットから、ソーラー式電卓(100均)を取り出した。
バチバチ、と威嚇するように「AC」ボタンを連打する。
「神だろうが教祖だろうが関係ない。
俺の『299円』を踏みにじった罪……法と計算機で償ってもらう」
***
隣町、『星の導き教団』関東支部。
「おお、聖女様……!」
「奇跡だ、光が見える……!」
数百人の信者が熱狂する中、ステージには一人の少女が立っていた。
純白のローブ。長い金髪。
この世のものとは思えない美貌を持つ彼女こそ、教団の象徴――『聖女』エルラ。
「迷える子羊たちよ。ダンジョンの恵みを受け入れなさい」
彼女が手を掲げると、会場の照明が一斉に明滅し、神秘的な霧が立ち込める。
「まずは、この『星の欠片(500円)』を手に取りなさい。それが救いへの入り口です。
……そして、真の救いを得るためには、こちらの『高天原の壺(300万円)』が必要です……」
信者たちが涙を流しながら、我先にと契約書にサインをしていく。
ゴミ同然の石で精神を緩め、高額商品を売りつける。見事なまでの「バックエンド商法」だ。
その行列の最後尾に。
スーパーのチラシを握りしめた、一人の男が並んでいた。
「九条さん……本当にやるんですか?令状なしの潜入捜査なんて……」
「捜査じゃないよ、天王寺さん」
俺はチラシをゴミ箱に捨て、冷たく言い放った。
「これは『損害賠償請求』だ」
俺たちは教団の重い扉を開けた。
そこは、法の光が届かない、狂信と脱税の楽園。
だが残念だったな。
今日ここに、国税局よりも恐ろしい「家計の鬼」が降臨したのだ。




