第12話:娘の学校に潜入捜査。……パパだとバレないように机の下に隠れます
数日後の朝。
九条家の食卓は、葬式のように静まり返っていた。
「……はぁ」
ヒナが深いため息をつき、箸を止める。
いつもなら「遅刻する!」と食パンを咥えて飛び出していく時間だが、今日はまだ半分も食べていない。
「どうしたヒナ。学校で何かあったか?」
「……ううん、なんでもない」
「なんでもない顔じゃないぞ。パパに言ってみろ」
俺が食い下がると、ヒナは観念したようにポツリと言った。
「今日ね、クラスのリーダーの田中君がInstagramに上げる写真を撮るんだって。例の『幸せの石』をクラスみんなで持って」
「ほう」
「でもね、みんなが持ってる石は光るんだけど、私のだけ光らないんだ…。『映えないから、買い直せ』って…無理だよそんなの…。
今日行かないと、『あいつ逃げた』ってハブられるし……でも行きたくないなぁ……」
ヒナの目元が潤んでいる。
俺の脳内で、何かがブチ切れる音がした。
あの石は、俺が術式を破壊して無害化したから光らないのだ。
つまり、俺が守ったせいで、逆にヒナが追い詰められている。
「よし、休め。今日学校なんて行かなくていい」
「えっ?」
「なんなら転校してもいい。パパが全財産(残り300円だが)をはたいても、新しい環境を用意してやる。そんなクソみたいな連中に付き合う必要はない」
俺は真剣だった。娘の尊厳を守るためなら、社会的な逃走も辞さない。
だが、ヒナは首を振った。
「……ううん、行くよ。ここで逃げたら負けな気がするし。
壊れてても、持ってれば誤魔化せるかもしれないから」
ヒナは健気にも笑顔を作り、鞄を持った。
俺はその背中を、言葉もなく見送ることしかできなかった。
(……許さん)
玄関が閉まった瞬間、俺の表情から父親の慈愛が消え失せた。
ヒナを追い詰める環境、同調圧力、そしてその原因となった石。
すべてを「排除」する。
俺はスマホを取り出し、凶悪な笑みを浮かべて指を走らせた。
***
ダンジョン省・特別管理課。
「おはようございます、九条さん。……って、何をしてるんですか朝から」
出社したアキラが、俺のデスクを覗き込んで絶句した。
画面には、漆黒のコンソール画面と、見慣れない文字列が並んでいる。
「おはよう天王寺さん。今、文部科学省のデータベースに裏口から入っているところだ」
「はあ!?文科省!?」
「ヒナをいじめている主犯格のガキ……その内申点を、全科目『1』に書き換えてやる。ついでに担任と校長の銀行口座も凍結して、教育委員会に『学校の不祥事』としてタレこんで……」
バァン!!
アキラが俺のPCの電源ケーブルを引っこ抜いた(物理遮断)。
「止めなさい馬鹿!!」
「な、何をする!娘が脅かされてるんだぞ!」
「それは『解決』じゃなくて『テロ』です!ヒナちゃんの社会的立場を殺すつもりですか!?取り合えず何があったか説明しなさい!」
アキラに胸ぐらを掴まれ、ガクガクと揺さぶられる。
俺は酸欠になりながら、朝の出来事を洗いざらい話した。
***
「……なるほど。集合写真、ですか」
話を聞き終えたアキラは、顎に手を当てて考え込んだ。
「九条さん。そのリーダー格の生徒、少し変じゃありませんか?」
「変?性格が悪いだけだろ」
「いえ。『映え』のためだけに、クラス全員に同じアイテムを強要し、従わない者を追い詰める……。
ただの承認欲求にしては、執着が異常です。まるで『石を広めること』への使命を帯びているような」
「……あ」
俺はハッとした。
あの石には「精神感応」の術式が組み込まれていた。
俺はヒナの分だけ無効化したが、他の生徒たちは無防備なままだ。
「術式による『思考誘導』か……!くそっ、俺としたことが!」
「ええ、本当にポンコツですね。……でも、これで対応が決まりました」
アキラはバインダーを取り出し、手早く書類を作成し始めた。
「文科省へのハッキングなんて必要ありません。
ダンジョン省からの『緊急保安検査』および『防犯特別講習』。この名目で、私たちが学校に乗り込みましょう」
「乗り込むって、アポなしでか?」
「生徒の精神汚染が始まっているなら、一刻を争います。校長には私が話を通します。『今すぐ対応しないと、学校で死人が出ますよ』と脅してでも」
アキラの目が、かつてのエース捜査官の色を帯びていた。
「ただし九条さん、貴方は『九条』を名乗っちゃダメですよ。思春期の女の子にとって、コミュニティへの親の介入は致命傷になりかねません」
アキラは俺に、備品室から作業用ジャンパーと帽子、そしてマスクを持ってきて投げ渡した。
「変装用です。貴方は機材係の『佐藤さん』です。一言も喋らないでくださいね。
……通信チェック、聞こえますか?」
アキラが耳元のイヤモニを叩く。
俺は自分の左腕につけたスマートウォッチを掲げ、親指を立てた。
***
その日の午後。
都立高校・視聴覚室。
「――えー、本日はダンジョン省から、特別講師の方にお越しいただきました」
青ざめた顔の校長の紹介で、俺たちは壇上に上がった。
生徒たちがざわつく。
「うおっ、すげぇ美人……!」
「モデルか?足なっが……」
スーツ姿のアキラが登場すると、男子生徒たちの視線が釘付けになった。
凛とした立ち振る舞い。知的な眼鏡(伊達)。本物のキャリア官僚が放つオーラは、高校生には刺激が強すぎる。
一方、その横でプロジェクターの配線をいじっている作業着のおっさん(九条)には、誰も関心を払わない。
「誰あれ?用務員?」
「冴えないおっさんだなー」
完全に背景として認識されている。帽子を目深に被り、マスクと伊達メガネをしているので顔も見えないはずだ。
だが、一人だけ様子が違う生徒がいた。
最前列の端に座っているヒナだ。
(……え?あの機材係の人……あの猫背、あの靴……)
ヒナが目を見開く。
あんな格好をしているが、16年間一緒に暮らしてきた娘の目は誤魔化せない。
(パパだ。……うそ、なんでここに!?)
ヒナと目が合う。
九条は一瞬だけ動きを止め、慌てて目を逸らした。
口笛を吹く素振りをしているが、唇が乾燥しているのか音が鳴っていない。
ヒナは呆れたように口を開け、それから小さく溜息をついた。
(……変な格好。バレバレだよ。でも、心配して来てくれたんだ)
九条はヒナを横目で伺い、既に視線がアキラへ移っているのを確認すると、安堵の溜息をついた。
(危なかった。なんとか誤魔化せたようだな。変装してきてよかった。)
***
「皆さん、こんにちは。ダンジョン省の天王寺です」
アキラの講義が始まった。
いきなり核心には触れない。まずはダンジョンの基礎知識、未成年者の事故例など、真面目な話から入って生徒の信頼を掴む。
ダンジョン配信は今や国民的な人気コンテンツなので、生徒たちも興味津々のようだ。
「……このように、ダンジョンは危険と隣り合わせです。
そして最近、その危険は皆さんの身近なところにも潜んでいます」
アキラがスライドを切り替える。
画面に映し出されたのは、SNSのスクリーンショット。
『願いが叶う石』のハッシュタグ。
「このアイテム、知っている人はいますか?」
教室の空気が凍りついた。
生徒たちが顔を見合わせ、数人がポケットを押さえる。
「実はこれ、正規の浄化処理を経ていない違法流通品です。
所持しているだけで、体調不良や情緒不安定を引き起こす可能性があります」
「……っ」
図星を突かれた生徒たちがざわめく。
アキラは畳み掛けるように、一人の男子生徒に歩み寄った。
リーダー格の田中だ。
「貴方、持っていますね?机の上に出してもらえますか」
「……はぁ?違げーし」
田中が貧乏揺すりをしながら睨みつける。
その目は血走り、瞳孔が開いていた。明らかに正常ではない。
「わたしは怒りに来たのではありません。回収しに来たのです。
……その石の声に、耳を貸してはいけません」
「うるせぇよ!!」
ガタッ!!
田中が机を蹴り飛ばして立ち上がった。
「何が違法だ!俺たちはこれでバズるんだよ!邪魔すんな!」
「落ち着きなさい!石の影響を受けています!」
「うるせぇ!偉そうに命令すんな!」
田中がポケットから石を取り出し、床に叩きつけようとする。
担任教師が慌てて止めに入った。
「た、田中!やめなさい!」
「離せジジイ!」
ドゴッ!
田中が裏拳で担任を突き飛ばした。
教師は派手に転がり、そのまま動かなくなる。教室中が悲鳴に包まれた。
「あーあ、やっちゃった……。もういいや、全部ぶっ壊れろ!」
田中が石を床に全力で叩きつける。
パリーン!!
砕けた石から、黒い煙が噴き出した。
それだけではない。
田中の「破壊衝動」をトリガーに、教室中の生徒のカバンやポケットから、共鳴音が響き渡る。
キィィィィィィン!!
「きゃああああ!カバンが勝手に!?」
「熱い!石が熱い!!」
数十個の石が一斉に破裂し、噴き出した黒煙が天井で渦を巻く。
質量保存の法則を無視した、異常な体積の闇。
ジリリリリリリリ!!
黒い霧を感知した火災報知器が、けたたましいベルを鳴らす。
視界が悪化する中、黒い霧が凝縮し、実体化する。
不定形の身体に、無数の触手が生えた怪物――「集合怨霊体」だ。
「ひ、ひぃぃぃ!?」
「なんだこれ!逃げろ!!」
パニックになった生徒たちが出口へ殺到するが、霧がドアを覆って塞いでしまう。
完全な密室。
(……チッ。最悪の展開だ!)
機材係の俺は、帽子の下で舌打ちをした。
ここで俺が出れば瞬殺できる。だが、それではヒナに正体がバレるし、その後のヒナの学校生活が終わる。
俺はとっさに、身を翻した。
逃げるのではない。
ヒナから一番遠く、かつ教室全体を見渡せる死角――教卓の横にある機材の陰へ。
傍目には「怖がって逃げたおじさん」だが、
『パパは戦えないから、邪魔にならないように下がったんだ』と、ヒナに伝わればそれでいい。
「全員、私の後ろへ下がって!!」
その時、アキラの声が響いた。
彼女は逃げ惑う生徒たちを背に庇い、怪物と対峙する。
武器はない。銃も杖も持ち込めない。
彼女にあるのは、自身の肉体と、そこらへんにある備品だけ。
「ダンジョン省・特別管理課の権限において宣言する!
この教室は、私が管理します!!」
アキラは教卓の引き出しを開け、中に入っていた「視聴覚室利用記録簿」をひっつかんだ。
ハードカバーの表紙がついた、分厚い紙の束だ。
「術式装填:硬化!!」
彼女の手から青白い魔力が走り、記録簿を包み込む。
紙の束が、分子レベルで結合を強め、鋼鉄の棍棒へと変貌する。
ギャアアアアッ!!
怪物が触手を伸ばす。
アキラは一歩も引かず、スーツを翻して踏み込んだ。
「風圧防壁!!」
ドォォォォン!!
アキラが記録簿を振るうと同時に、凄まじい風圧が発生した。
紙束とは思えない質量攻撃。
黒い霧が物理的に弾き飛ばされ、生徒たちへのルートが遮断される。
「下がって!窓際は離れて!」
アキラは記録簿を盾のように構え、的確に指示を飛ばす。
その背中は、ただ守るだけではない。
「絶対に誰も死なせない」という、鋼の意志を感じさせた。
ヒナもまた、その姿に目を奪われていた。
「かっこいい……」
だが、次の瞬間。
アキラが防いでいる正面とは逆、教室の隅から、細い触手が一本、ヒナの背後へと忍び寄った。
死角だ。アキラは気づいていない。
(ヒナッ……!)
俺は機材の陰で、ポケットに入れていた予備のチョークを指で弾いた。
――物理演算・跳弾制御。
パシッ。
指先から放たれたチョークは、机の脚に当たって鋭角に跳ね返り、ヒナを襲おうとしていた触手の核を正確に撃ち抜いた。
ジュッ。
触手はヒナに触れる寸前で霧散した。
「えっ……?」
ヒナが振り返るが、そこには何もない。
ただ、床に折れたチョークが転がっているだけだ。
「……ふぅ。危ない危ない」
俺の解析眼は、既に敵の姿を完全に丸裸にしていた。
『対象:分散ネットワーク型・怨霊体』
『核:固定座標なし。0.1秒ごとに個体間を移動中』
物理攻撃は効かない。
叩いても叩いても霧散するだけで、核を潰さない限り無限に再生する。
そして核は、生徒たちが発する「恐怖」を同期信号にして、砕け散った数十個の石の間を高速で移動し続けている。
「……天王寺さん、聞こえるか」
俺はイヤモニに向かって、誰にも聞こえない声で囁いた。
「敵は『分散型』だ。核が0.1秒ごとに移動している。
俺が動きを予測して座標を送る。……合わせろ」
「了解です!」
アキラが微かに頷く。
ヒナの日常を守るための、パパ(裏方)とアキラ(主役)の共闘が始まった。




