四、戦慄
四、戦慄
模罹田と度囲は、震え上がって居た。いつの間にか、裏手の水洗便所の便器へ頭を突っ込んで、絶命している黒焦げの死体の胸元の真鍮製の名札に、“石豚”の名が刻まれていたからだ。
「模罹田上等兵。我々が、話していた石豚は?」と、度囲が、目を見張った。
「あの間抜け面を、見間違える訳無いだろ!」と、模罹田は、語気を荒らげた。これだけ、黒焦げになっていたら、石豚本人かどうかも判らないからだ。そして、「度囲、まさか、俺達が見ていたのは、石豚の幽霊とでも言いたいのか?」と、凄んだ。石豚が、化けて出たとは、認めたくないからだ。
「ですよね。殴った感触が、在りますからね」と、度囲が、殴り付けた手の甲で、汗を拭った。
「度囲、お前、炭塗れだぞ…」と、模罹田は、表情を強張らせながら、指摘した。拭った箇所が、真っ黒に、塗り潰されたからだ。
「そ、そんな筈は…」と、度囲が、手の甲へ視線をやるなり、顔面蒼白となった。そして、「いつの間に…」と、身震いを始めた。
「とにかく、この消し炭を除けるとしよう。このままでは、用が足せんからな」と、模罹田は、提案した。そして、「度囲、お前だけでやれ!」と、命令した。汚れ仕事は、下の者に丸投げすればいいからだ。
「は、はい…」と、度囲が、顔芸をしながら、返事をした。そして、撤去作業に取り掛かった。
「ちょっと待て! 腹の辺りが、動かなかったか?」と、模罹田は、目を瞬かせながら、告げた。微かに、腹が動いたような気がするからだ。
「模罹田上等兵、こんな黒焦げで、動くなんて、冗談は、止して下さいよ…はは…」と、度囲が、一笑に付した。
「それもそうだな。こんな状態で、生きている訳無いよな…」と、模罹田も、同調した。冗談を言ったつもりは無いのだが、動いた気がしたからだ。
間も無く、黒焦げの石豚が、動き始めた。
「度囲、動いているぞ!」と、模罹田は、叫んだ。見間違いではなかったからだ。
少し後れて、「わあ!」と、度囲も、飛び退いた。
二人は、後退りをした。
その間に、石豚も、立ち上がった。そして、「み、水を…」と、要求した。
「お前にくれてやる水は無い!」と、模罹田は、怒鳴った。消し炭豚野郎に与えても、意味が無いからだ。
「模罹田…。この怨み、晴らさずに…おくべきか…」と、石豚が、動かなくなった。そして、炭化した肉が崩れ落ちて、骨だけとなった。
「模罹田上等兵、祟られないでしょうかねぇ〜?」と、度囲が、日和った。
「ふん。石豚には、そんな根性はないよ」と、模罹田は、強気に言った。石豚のハッタリにしか思っていないからだ。
少しして、二人は、立ち去るのだった。