二、在庫
二、在庫
扉が傾いた食料廠倉庫の中に、二人の兵士が居た。燃爆が炸裂した時、運良く難を逃れて、現在に至る。
「石豚の野郎、遅いな!」と、色黒の兵士は、吐き捨てるように言った。街の様子を探らせて、半日以上経つからだ。
「模罹田上等兵、何処かで怠けているのかも知れませんよ」と、七三に、黒縁眼鏡を掛けた兵士が、半笑いで言った。
「だよな。受付の婦人と、駄弁って居たからな。その癖が抜けんのだろう。けしからん!」と、模罹田は、語気を荒らげた。何度も、目撃しているからだ。
「ですね」と、眼鏡の兵士が、相槌を打った。
「度囲、お前が、制裁しろよ」と、模罹田が、示唆した。殴るのも、面倒臭いからだ。
「模罹田上等兵、面倒を押し付けないで下さい。自分も、あいつ殴ると手が痛くなりますので、嫌ですよぉ〜」と、度囲が、顔芸を披露しながら、断った。
「しかし、食料は、湿気で腐っているから、売り物にはならん。見たところ、瓶詰めの水は、王冠がしっかりしているから、大丈夫だな」と、模罹田は、見解を述べた。大まかに見て、異常は見られなかったからだ。
「まあ、在庫を抱えたままでは、自分らも、詰みますからね」と、度囲が、申し訳無さそうな顔で、口にした。
「確かにな。水ならば、交換してくれるかも知れんな」と、模罹田も、頷いた。水ならば、色々と用途が有るからだ。
そこへ、「模罹田上等兵、只今、石豚兵士見習い、偵察任務より戻りました!」と、ぽっちゃり体型の兵士が、敬礼した。
「で、外は、どうだった?」と、模罹田は、尋ねた。先日の衝撃は、只事ではないと直感したので、倉庫に引き籠もったままだからだ。
「この周辺は、焼け野原で、家屋は在りません!」と、石豚が、淡々と語った。
「デタラメ言ってんじゃねぇぞ! コラァ!」と、度囲が、凄んだ。
「この周辺は、中心街だぞ! 寝言を言ってんじゃねぇぞ!」と、模罹田も、怒鳴り付けた。誰も居ない筈はないからだ。
「自分は、しっかり起きてます!」と、石豚が、口答えした。
「まだ言うか! 歯を食い縛れ!」と、度囲が、笑いを堪えながら、右の拳で、石豚の顔面を殴り付けた。
その直後、「ぐあっ!」と、石豚が、もんどりうって倒れた。
「石豚ぁ〜。立ちなぁ〜」と、度囲が、促した。
「う、うわぁー!」と、石豚が、駆け出した。そして、瞬く間に外へ消えた。
少し後れて、二人も、戸口に立った。
「石豚めぇ~。何処へ行きやがった!」と、模罹田は、周囲を見回した。しかし、石豚の報告通り、見渡す限りの焼け野原で、人の姿は、見当たらなかった。
「模罹田上等兵、石豚見習いの報告通りですね…」と、度囲も、愕然となった。
「い、いったい、何が…」と、模罹田は、信じられない面持ちで、頭を抱えた。街の様相の変貌に、理解が追い付かないからだ。
「模罹田上等兵! しっかりして下さい! 本部から救援隊が、来るはずです!」と、度囲が、気丈に言った。
「そ、そうだな。在庫の水が尽きるまでは、粘れるだろう」と、模罹田は、気を取り直した。二人くらいなら、しばらくは飲み水には困らないだろうからだ。
「石豚は、戻って来ますかねぇ〜?」と、度囲が、眉を顰めた。
「あの様子だと、戻らないだろうな」と、模罹田は、見解を述べた。飛び出し方からして、逃亡に近い感じだったからだ。
「ちょっと、やり過ぎちゃいましたかねぇ」と、度囲が、目を細めた。
「さあな」と、模罹田も、半笑いで、返答した。当たり前の光景なので、何とも言えないからだ。
間も無く、二人は、踵を返すのだった。