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あのね。  作者: 原田楓香
9/21

⑨オリジナル曲


 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。


 今、私たちは、図書館ではなく、自分たちのクラスの教室にいる。

 2学期後半に行われる、クラスのオリジナル曲が完成して、それを実行委員の一人である琉生が演奏しているのだ。きらめくような前奏から、胸熱くなるようなサビのフレーズ、そして、温かくしめくくるメロディ。

 キーボードの音が心地よい余韻を残して終わった。


 その余韻が消えると、クラス全員が一瞬のため息のあと、盛大な拍手をした。

 すごいのだ。

 めっちゃくちゃいい曲なのだ。


 クラス全員の顔を見回して、学級委員兼自由曲作成実行委員長の佐藤くんが問いかける。

「それでは、うちのクラスのオリジナル曲は、これに決定ということで。よろしいですか」

 もちろん誰も反対なんてしない。みんな嬉しそうにうなずいている。


「では、次は、この曲のイメージにあわせて、自分で考えた歌詞を、応募用紙に書いて今週中に教室の後ろのボックスに入れて下さい。この曲にのせて歌ってみて、しっくりくるかどうか、イメージに合うかどうか、など考えながら作ってください。応募してくれた歌詞まるごと全部の採用はなくても、必ず、応募した人の書いてくれた詞はどこかに入ります」

 曲は作れなくても、詩なら挑戦したい、と私も意欲が湧いてくる。

 こんな素敵な曲に、全部じゃなくても、ひと言でも使ってもらえるのなら、すごく嬉しい。

 同じように思ったのか、目をキラキラさせている人たちもたくさんいる。



 この学校では、2学期後半、秋に校内合唱コンクールがあるという。課題曲ともう一つ、自由曲を歌う。これだけなら、よくある校内行事だ。

 ところが、ここでは、なんと自由曲として、自分たちで作詞作曲したオリジナル作品を歌うらしい。

 びっくりだ。中学生にそんなことできるのか? 

 そう思ったけど、これは毎年続いている、半ば伝統的な校内行事なんだという。

 自由曲を既存の曲から選んで歌うのは、1年生だけ。2・3年生は、クラスで、オリジナル曲をつくって合唱するらしい。毎年、これを楽しみにしている生徒も多いのだという。


「自由曲は、演奏のしかたもクラスにお任せでね。ピアノ以外にギターやヴァイオリンを入れるクラスもあれば、アカペラもありなんだよ」

 佐藤くんが、この前、私に説明してくれた。

「ウチのクラスは、ボイパの得意なやつもいるから、できたらアカペラでいきたいんだけど、それだとハーモニーの美しさも重要だし、かなり練習する必要があるから。一日でも早く、歌を仕上げないと……」


 練習時間を確保するためにも、早く曲を完成させようと実行委員はすごくがんばっていた。毎朝始業前の時間とお昼休みをフルに使って、曲を仕上げたのだ。

 曲は、クラスで募集した音源を組み合わせて仕上げたのだというが、鼻歌みたいなものから、ピアノ、ギターで演奏されたものなど、いろいろだったらしい。それらを、組み合わせてアレンジを加えて、一つの曲として完成させるのだから、ほんとにすごい作業だと思う。

 佐藤くんをはじめ、音楽部の吉田さん、菊田さん、そこに、忙しいであろう琉生も加わっている。

 どうやら佐藤くんに誘われたらしいけど、それ以上に、琉生本人も、

「僕も曲、つくりたかったんだ」と話していた。

 

 自由曲が発表されたあとの休み時間、吉田さん菊田さんが、興奮したように語っていた。

「琉生くんね、応募された音源聞くとすぐ、さらっとキーボードで弾きながら、この曲のここは絶対使いたいね、ここに、少しこんなメロディ入れたらうまく次のフレーズと繋がるんじゃない? とかって。みんながバラバラにつくったフレーズなのに、即興で見事に繋いでいくの。応募作品ちゃんと全部使って。ほんとすごいの」

「ここまでいい曲に仕上がるなんて、私たちでさえびっくり……」

「さすがだねぇ。ほんとに、彼、才能有り余ってるとしか言いようがないよね」

 みんな同意して、首をぶんぶん縦に振っていた。


「それにしても、彼、なんか一つでも、できないことって、あるのかな……」

 誰かが、ぽそっといったけど、みんな、う~ん、と唸って首をかしげた。

 誰も、さしあたり何にも思い浮かばなかったのだ。

 

  


 そして、放課後。

 カウンターで琉生が隣りに座ると、私はさっそく話しかけた。

 できるだけ小さな声で言ったつもりだけど、曲を聴いたときの感動が湧きあがっきて、ついつい声が大きくなってしまいそうだ。


「琉生くん、あの曲、めっちゃええねぇ。みんなの創ったフレーズをうまく生かしながら繋ぐのって、すごく難しそうやけど、一つの曲として、全然違和感なかったし」

「うん。でも、キーボード弾きながら、この曲のここは絶対使いたいね、サビはこれやね、とか実行委員で話してるうちに、どんどんイメージまとまって、やりはじめるとけっこうスムーズで。面白かったよ。まるっきりのゼロからだったら、もっと難しかった気がする」

 琉生もなんだか嬉しそうだ。

「それぞれのフレーズをうまく生かしながら、その間をつなぐメロディを琉生くんが即興で作っていた、って。実行委員の子らが、すごい、って言うてた」


 琉生はほほ笑みながらゆったり首を振って、

「どうかな? おおもとを考えてくれた子たちの方がすごいよ」

 そう言った。

「私も、曲はむりでも、歌詞の方はチャレンジしてみたいな、って思ってるねん」

「うん。いいね。楽しみにしてる」

 本当にそう思っている笑顔だ。

 その笑顔に励まされて、私もがんばってみようと決意する。


 琉生のように、溢れんばかりの才能はなくても。

 私は私なりの言葉を紡ごう。

 もしかしたら、私だから生み出せる言葉もあるかもしれない。

 へたくそでも、不器用でも、思いのこもった言葉を書けたらいいな。

 



 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。


 彼は、アイドルの卵だ。

 デビューの日を夢見て、日々努力を重ねている。

 

 私も、物書きの卵だ。(と思うことにしている)

 夢にとても近いところにいるような琉生でさえ、不安に揺れるみたいに、誰だって心揺れながらそれでもなんとか前に進もうとしてるんだと思う。

 

 私の夢は、私が大事に守る。

 自分で自分の夢を貶めたりしない。

 

 琉生が、私の隣で、ごく小さくハミングしている。クラスの自由曲だ。

 機嫌がいい。

 ふと思い浮かんだ質問をしてみた。

「タイトルはどうするの?」

「みんなの詞を見てから、一番ぴったりくるものを考えようっていってるけど」

「けど?」

「僕が思ってるのは、『明日へ』」

 内緒だよ、そう言いながら、琉生は続けた。

「3年で進路のことや、将来のことや、いろいろ考えるだろ? みんなそれぞれ、いろんな想いを抱えてるけど、なんとか一歩ずつでも、それぞれの思う明日へ進めたらいいね、って気持ちで……」

「いいね。すごくいいね」

 私は力一杯うなずく。


『明日へ』か。

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