⑦呼んでもいいのか?
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。
今日は、カウンターに琉生がいる。もちろん、私もだ。
3年1組の当番の日だ。
前に、昼休みの図書館に予想外に琉生が現れることがあって以来、私は秘かに、古い全集の本棚には不思議な力があるとにらんでいる。
2回も続くと3度目を試したくなるが、あれから、なかなかチャンスがない。
忙しくて昼休みに図書館に来れなかったり、せっかくきても、全集の棚のそばに誰かがいたりして、試しにくかったのだ。
でも。たぶん、私の考察は当たっているはず。
“全集の棚の本を読むと、会いたい人に会える。いいことがある”
誰かに言いたい。
ほんとにすごいよね、って一緒に言い合いたい。
ただ、言う相手によったら、
(何言ってるの? そんなことあるわけないし、たぶん、たまたま、だよ)って、笑われそうだ。
でも、そんなふうに軽く笑ったりしないで、面白いって思ってくれそうな人が一人いる。
その人は、今隣で、『日本人の給与明細』という本を、せっせと読んでいる。
そう、琉生だ。
でもまさか、本人に向かって、古い全集の棚の本を読んだら、予想外に琉生に会えたので嬉しかった、なんて言うわけにもいかない。
う~ん。
でも、誰かに話したい。
面白がってくれそうな人に、話したい。
そこで、私は、思い切って話すことにした。もちろん、『会いたい人に会える』とは言わずに、『いいことがある』とだけいうことにした。
「あのね」
「ん?」
琉生が本から顔を上げる。
「ちょっと不思議なことがあって」
「うんうん」
琉生の目が輝く。
彼はいつも聞き上手で、ワクワクした顔つきで、私の話を聞いてくれる。
それで、私もワクワクした顔になって打ち明ける。
先日のお昼休み、古い全集の棚から、(読んで。借りなくてもいいから、手に取って読んで)と言う声が聞こえてきたこと、その声に従って棚の本を読んだら、そのあと、すごくいいことがあったのだ、と。
「そのいいことが何かは、ちょっと個人的すぎて話されへんねんけど。でも、予想外の嬉しいことが起きてん」
「へえ……すごいね。全集の棚のどの本でもいいの?」
「たぶん。といっても、私もまだ2回だけやけど」
「この前、全集の棚のところのテーブルでうたた寝してたよね? あの日?」
「う、うん。そう」
「そうか~。僕もあの日、短編一つ読んだけど、もしかしたらいいことあるかな」
「あるよ。きっと……たぶん」(わからんけど)
「よし。じゃあ、僕も試してみよう」
琉生は立ち上げって、全集の棚の方に向かう。
しばらくして、1冊の本を持って戻ってきた。芥川龍之介の本だった。
「短編でもいいんだよね?」
「うん」
「じゃあ、『芋粥』あたりにしようかな」
しばらくして、読み終えた琉生が小さく呟いた。
「夢は……やっぱり叶えばいいなと願っている間が、幸せなのかな」
表情が少し微妙だ。さみしそう、というか少し不安そうにも見える。
彼が抱いている夢を私も知っている。アイドルデビューする夢。
その夢が本当に叶う日が来るのか、彼が実はとても不安に思っていることも。
そして、デビューしてもそこから先がずっと大変だと彼が思っていることも。
彼を励ましたくて。だから、私は力を入れて応える。
「叶い方にもよるんとちゃうかな」
「ん?」
「自分で叶えるのと、誰かに叶えてもらうのと」
彼が読んでいた『芋粥』の主人公・五位の夢は、他の人によって叶えられてしまった。そのせいで、五位は夢を失ってしまうのだ。
私は、琉生の目を見ながら一生懸命続ける。
「自分で必死になって叶えた夢なら、叶ったあとでも、むなしくなったりしないと思う。叶えるまでの道のりも、叶ってからの道のりも、どちらも大切で愛しいと思うはずやから。きっと」
言ったあとで、ちょっとかっこつけすぎたかな、と恥ずかしくなってしまった。
けれど、琉生は、静かにほほ笑んで、うなずいた。
「そうだね。自分で必死になって叶えた夢なら、か」
「僕、がんばるよ。全集の棚の力を当てにしないでさ。……がんばらなきゃ、だよね」
その言葉を聞いて、私は気がついた、
琉生が、全集の棚の力に期待した、いいことって何なのか。
彼のデビューへの夢。
彼の心の中で、その夢がどれだけ切実で強いものなのか。
そして。
残念なことに、彼が願う、いいことの中に、私なんか全く入っていない。
そんな当たり前のことに、あらためて気がついて、なんだかしょんぼりしてしまった。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。
彼は、アイドルの卵だ。
デビューの日を夢見て、日々努力を重ねている。
私は、秘かに、そんな彼をモデルに小説を書いている。
それは、今はまだ誰にも言えない秘密だ。
いつか、その長編小説の主人公を彼に演じてもらう、それが私の夢だ。
夢。
私の、夢。
一人で秘かに書いているだけで。
叶うことなどないかもしれない、それを。
夢と――――呼んでもいいのか?
胸がきゅうっと締め付けられる気がした。
なんだか涙が出てきそうになって、私は何度も瞬きをした。




