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あのね。  作者: 原田楓香
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㊴オツカレ。

 

 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。


 今日、私たちは、教室にも図書館にもいない。

 爽やかな青空の下、グラウンドにいる。

 今日は、全校行事のスポーツフェスティバルだ。


 無事、彼も参加出来たスポフェス。だが。

 私はたった今、世にも貴重な、彼の大事な一瞬を見逃したことで、ショックに打ちひしがれている。

 

 でも、早急に気持ちを切り替えねばならぬ。

 そう、こんなに素敵な仮装をさせてもらっているのに、しょぼくれていてどうする?

 ひとまず、笑うのだ。笑顔だ。自分。

 自分にハッパをかける。

 

 入場して、第1走者の位置につく。

 本部席から、

「織田さん!」

 佐藤くんの声がする。

 そちらを見ると、笑顔全開で佐藤くんが手を振っている。

 私も笑って手を振り返す。

「似合ってるよ! ファイト!」

「ありがと」


 佐藤くんの似合ってる、の言葉に少し励まされる。

 よし。がんばる。

 私は単純だ。


 放送部が、出場メンバーの紹介をしてくれる。

 ここでのアピールも大事なんだと、先輩が話していたっけ。

 私も扇を開いて、斜め下から斜め上へゆったりと動かしたあと、顔の前に扇を掲げる。少ししゃがむと足首がかくれ、いっそう十二単らしく見えるので、少ししゃがんでみせる。

 会場から、おおおというどよめきが上がる。

 よかった。ちょっとはウケたかな?


 明るい山吹の着物が気持ちを引き立たせてくれる。

 よし。元気な清少納言としてがんばって走るぞ。

 自分のクラスの前あたりで、第2走者の太宰さんにバトンを渡すのだ。


 ちょっとドキドキする。

 クラスの応援席に、琉生が、いる。

 こちらを見て、何か叫んでいるように見える。

 がんばれ? それとも?

「ファイト~!」

 琉生の声が聞こえた気がした。

 

 うん。がんばる!

 私は一生懸命、彼を目指して走る。


 太宰さんにバトン代わりの部誌の束を受け渡して、ホッとする。

 走ってみると、50メートルは案外短い。あとはみんなが走り終わるのを待つだけだ。隣の料理部の子や、柔道部の子たちと話しながらレースを見守る。しゃがんでファイト~などと声援を飛ばしていると、運営スタッフの子が走ってきた。

 そして私に言った。

「太宰さんから伝言です。最終のアンカー、かわりに走ってほしいと」

「え? えええ?」

「なんか足くじいちゃったらしくて」

 ゴールしたあと、何でもないところで足がもつれてつまずいたんだとか。

「ええええ」とはいったものの、もう時間がない。

 私は急いで立ち上がり、第7走者からアンカーがバトンを受け取る位置までダッシュする。

 なんとか位置についたところで、第7走者の夏目漱石が猫を抱いて走ってくるのに間に合った。


 バトン代わりの部誌の束を受け取らないといけないのに、うっかり漱石の抱いている猫のぬいぐるみを受け取りかける。

「あ。ちがうちがう。こっちこっち」

 平澤先輩の漱石に言われて、

「あ。ほんまや」

 あわてて猫を返して、部誌の束を受け取る。なんか、猫の方がいいな。ちらっと思う。

 そこからは猛ダッシュだ。(あくまで、私的“猛”ダッシュやけど)

 先頭を走っていた野球部はゴール手前にベースを置くと、一旦戻って、柔道部や剣道部と一緒に最後のデッドヒートを繰り広げ、最後は鮮やかな滑り込みでゴールを決めていた。我が文芸部は、最後まで、料理部と競り合って、ほぼ同時でゴールした。

 料理部が誇らしげに大しゃもじを掲げ、私もゴールしたテンションそのままに扇を手にクルクルと舞って見せた。大きな拍手と笑いが起きて、なんだかとっても嬉しくて、ドキドキした。

 琉生たちもステージで踊っているとき、こんな気持ちになるのかな? なんて、ちらりと思う。

 

 無事クラブ対抗リレーパフォーマンス部門は終了して、次は、本気で走る走力部門のアナウンスが入る。

 私たち文芸部は、さっきの校舎の陰に集まり、それぞれ扮装を解く。

 式部と納言の衣装は満田先輩と私がそれぞれ家で洗濯し、カツラと扇は三田先輩に預けて演劇部に返してもらうことになった。

 松尾くんは、名残惜しそうに、草鞋をスニーカーに履き替え、蓑と笠を大事そうに大きな紙袋にしまった。

 

「お疲れ様~、みんながんばったね~」

 部費で買ってるからね。私のおごりじゃないよ、と言いながら、三田先輩がペットボトルのお茶を配ってくれた。

「納言、2回走ってくれてありがとね」

 城田先輩が私に言った。

「それにしても、太宰、走ってるときは何もなくて、走り終わって歩いてるときに、足がもつれて転ぶなんてね」

 三田先輩がそう言って笑い、

「そこが、大田部長らしいとこだよね」平澤先輩が笑った。

「でも、ケガひどくないといいけど」満田先輩が心配そうに言う。

「いくらなんでも、そんなひどいことにはなってないと思うけど……」

 城田先輩は、そう言いながらも、ちょっと心配そうに続けた。

「いや、それがね、彼、中学の時、体育の授業が終わって教室に歩いて戻る途中、運動場の真ん中で、ちょっとした窪みにつまずいて転んで、地面に手をついて。それで腕骨折したという、驚きの経歴の持ち主だからね。油断はできない」

「ひええ……」

 みんなが青くなったところに、太宰さんが帰ってきた。軽く足を引きずっているけど、笑顔だ。

「骨折はしてないよ。今回は腕も無事だった。ははは。いやあ、納言ありがとう。ごめんな」

 みんなホッとし、それぞれの応援席に戻ることにした。


 

 クラスの応援席に戻ると、

「おつかれ~」

 応援席にいたみんなの声が飛んできた。琉生の声もその中にあって、何気に嬉しい。

 さらに、女子たちが口々に声をかけてくれる。

「十二単、似合ってたよ」

「2回も走って、大変だったね」

 次々にかけられる声に「ありがとう」と笑顔で返す。

「それにしても、太宰治の人、すっごい似てたよね」

「でしょう? 3年の部長さん。国語便覧とか、いろんな資料見て研究して、あの髪型にするために髪も伸ばして。セットするのにけっこう時間かかったって」

 そう言うと、

「そんなに気合い入ってたのに、足くじいて残念だったね。でも、その分、清少納言、出番が増えて」

「めっちゃ可愛くて、似合ってたよ」

 吉井さんや田中さん、クラスの女子たちに、口々に可愛い、似合ってた、と言われて、すごく照れくさい。でも、同時にすごく嬉しい。

 

 みんなで、ワイワイ盛り上がっていると、途中で、どこかから戻ってきた想太が、

「あ。織田さん。おつかれ~。清少納言、めっちゃ良かったで~。十二単似合ってたし」と言ってくれた。

「ほんま? ありがとう」

 彼には思わず関西弁で応えてしまう。

「あの十二単、うまくできてるね~。座ったら、ほんまに平安時代のお姫様みたいやん」

「でしょう? 演劇部から先輩が借りてくれはってん。手作りなんやって」

「へえ。めっちゃすごいね。手作りなんや」

 彼がニコニコして話している横で、琉生も静かにほほ笑んでいる。


「あれね、卒業生の、うちのお姉ちゃんが演劇部のときに作った衣装なんだよ」

 そばから吉井さんが言う。

「わ、ほんま? お姉さん、すごいね」想太が言う。

「わたし、お姉さんにめっちゃ感謝やわ。いっぱい工夫されてて、見た目より軽いし動きやすいしね。何より襟の重なった色がほんとに綺麗で素敵で。着られてすごく嬉しかったよ」

 私も力一杯お礼を言う。今日、こんなに楽しい時間を過ごせたのは、あの素敵な衣装のおかげだ。

「そんなふうに言ってもらえると、お姉ちゃんもきっと喜ぶよ。襟は、すごくこだわったって言ってたから」

 吉井さんたちと話が弾んでいる横で、琉生と想太もニコニコしている。

 想太は似合ってると言ってくれたけど。

 でも、琉生は、何も言わない。

 もしかして、みてへんかったのかな? いや、そんなことないよな。あのとき、応援席にいてたもんな。

(何かひと言。どうぞご感想を!)

 ……なんて、インタビューマイクを向けたいところやけど。

 

 彼は穏やかに優しくほほ笑んでいるだけだ。


 そうやんな。

 可愛い、とか。

 似合ってる、とか。

 そんなこと言うわけないか……

 自意識過剰すぎやな、私。





 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 アイドルの卵でもある彼は、大の読書家だ。


 でも、今日、私たちは、教室にも図書館にもいない。

 爽やかな青空の下、グラウンドにいる。


 午前の部が終了して、実行委員以外は全員、一旦応援席に戻るよう、アナウンスが入る。

 私は、何気ない素振りでそっと琉生の方を見ていた。琉生がふと顔を上げ、目が合った。

 

 彼の目が思わず和む。くちびるの両端をほんの少し上げて、ほほ笑む。

 くちびるの動きで、「オツカレ」そう言ったのがわかった。

 結局、『似合う』も『カワイイ』も言われなかったけど。

 ……まあ、いいや。

 私だけに言ってくれたのがわかるから。それだけですごく嬉しい。

 だから、私は笑って、うなずいた。


 でも。

 だんだん落ち着いてくると、今度は、琉生と圭さんの借り物競争を見損ねた残念さが、次第に、心の中で大きくなってくる。

 あああ。

 何という無念。

 心の中でうめいていると、ななめ前で、なぜか、琉生が拳で自分の頭をコンコン小突いているのが見えた。

 

 うん?

 どうしたのかな?


「どないしたん?」

 琉生の隣で想太が声をかけている。

「ん? あ、いや。なんでもないよ。ちょっとね」 

 琉生が軽く肩をすくめた。


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