㊳クラブ対抗リレー
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
アイドルの卵でもある彼は、大の読書家だ。
でも、今日、私たちは、教室にも図書館にもいない。
爽やかな青空の下、グラウンドにいる。
今日は、全校行事のスポーツフェスティバルなのだ。
嬉しいことに、琉生や想太も、無事参加できた。
「今日は休みが取れて、よかったわ~」「うん。ほんとよかった」と2人が嬉しそうに話しているのを聞いて、私も心の中で、力一杯うなずく。
この行事は、『スポーツフェスティバル』、つまり祭りだ。
もちろん、種目の中には、チーム対抗リレーや100メートル走のような本気の種目もある。でも、実行委員会のメンバーの1人、佐藤くんによると、
「基本はさ、みんなでのんびり和気あいあいと、スポーツを楽しもう、っていうのが一番の目的だよ。“スポーツが苦手な人も得意な人も、みんなが楽しめる一日を”というコンセプトで、種目も全校生徒から広く意見を募って、その中で実現可能、盛り上がりそうなものを選んで、プログラムを組んだんだ」
「そうかあ~。それで、『玉入れ』のような可愛い種目や、『アメ食い競争』や、『パン食い競争』、借り物競走、クラブ対抗リレーとか、いろいろ盛りだくさんなんやね」
「うん。案外ね、シンプルで、ベタなものの方が、みんな盛り上がりやすいんだって。今日は、みんなで青空の下、いっぱい笑って過ごせたらいいよね」
佐藤くんは、そう言って笑った。
それにしても、彼は、中学の時と変わらず、いつも何かの行事のとき、必ず、その運営メンバーに加わっている。高校でも、今回のスポフェス実行委員会のメンバーの1人だ。
「そういえば、織田さん、クラブ対抗、でるんでしょ?」佐藤くんが言った。
「うん。1走目。めっちゃドキドキする」
「誰の仮装するの?」
「そのときまで内緒~」
「そうか~、なんだろ? 楽しみだな」
佐藤くんが首を傾けて考えている。
私も出場するクラブ対抗リレーは、人気種目の一つで、運動部文化部の部員たちが、それぞれの部活にゆかりのモノを持ったり、仮装して走る。クラブ対抗リレーは2部門あって、仮装なしで、本気で走る走力勝負部門もある。でも、私たちが出るのは、パフォーマンス部門だ。
例えば、柔道部は柔道着姿で畳を背負って走り、剣道部は面や銅をつけ、竹刀を持って走る。ブラスバンド部は、以前は自分の担当楽器を持って走っていたらしいが、うっかり落とすと大変という理由で、今は指揮者のような燕尾服姿で楽譜を持って走る。文芸部は、代々自分たちの部で発行した作品集を紐で結わえたモノを背負って走り、料理部はエプロン姿で、どこで手に入れたのかナゾだが、めちゃくちゃ大きいしゃもじをかついで走る。(創部メンバーが手作りしたものだという話をあとから聞いた)
どんなアイテムを持って、どんな服装で走るのかも、みんなが楽しみにしているところなのだ。シンプルに走るだけなら、まちがいなく、陸上部やサッカー部辺りが優勝するかもしれないけれど、どれだけみんなを楽しませて会場を沸かせるか。そこがポイントの種目だ。
クラブ対抗リレーの2つ前の種目をやっているときに、文芸部は、校舎の陰に集まって、準備をすることになっている。
演劇部からの、『あさきゆめみし』用レンタル衣装は、座ると十二単らしく見えるけど、立ったら、足首も見えるショート丈だ。襟元は何枚も着物を重ねたかのような美しいつくりになっているが、実は、重なって見えるけど、そんなに分厚い衣装ではなく、見た目よりずっと軽い。カツラも、地毛にプラスして、それらしく見えるように肩から足元近くにかけて毛量を多くして、これまたボリューム感のわりに軽い。
体操服の上に、衣装を羽織ってボタンを留める。カツラも被る。扇は、大きめでこれもきれいな絵柄で素敵だ。
「衣装は、洗濯OKだから、グラウンドにしゃがんでも、ちょっとくらい汚しても大丈夫。でも、扇は洗濯できないから、ちょっと大事に扱ってね。扇の絵は美術部の日本画専攻で美大に行った先輩の作だから」
演劇部からの伝言を、3年の三田先輩が伝えてくれる。
「そ、それは、貴重なものを」
私も2年の満田先輩も、ちょっぴり引きつりながら、恐る恐る扇を受け取る。
「も、もしかして、将来、すっごい値がついたりして」
「う~ん。あり得るかもね」三田先輩が腕組みしながらうなずいている。
ひえ~……。
私は明るい山吹色の着物、満田先輩は、優しい藤色の着物だ。
着物を身につけて、カツラを被って扇を手にすると、すごく嬉しくなった。なんだかテンションが上がる。
前に、琉生が、ライブで、衣装を身に着けてメイクをすると、めっちゃテンション上がるって言ってたな。
でも、ドラマのときは、同じように衣装を着けてメイクをするけど、ちょっとちがうらしい。テンションが上がる、というより、頭の中で、何かすっとチャンネルが切り替わるような感じなんだと話していた。
副部長の城田先輩が、ハチマキを手渡してくれる。
「これ、ハチマキ。えっと、清少納言は、こっちね。こっちが、紫式部」
「あ。ありがとうございます!」
美しい筆字で、ハチマキの真ん中に名前が書いてある。
「きれいな字! この字は誰が?」と訊くと、
「私だ」
はらりと額にかかる前髪をかき上げて、部長が言った。
「おお!」「太宰治!」「太宰さん!」
みんなの声が上がる。なかなかのイケメンだ。
私は、『畜犬談』以来、ちょっとばかり太宰ファンなので、思わず、『さん』付けだ。
「いいね~。なかなかのクオリティ」
城田先輩が笑う。すると、
「あの。僕は? 僕も褒めてくださいよ」
松尾くんが、蓑と笠の旅姿で言った。足元は、しっかり草鞋だ。
「草鞋も、おじいちゃんの?」
私が訊くと、
「いや、これは、僕が、去年、じいちゃんに教えてもらって初めて作ったやつ。これを実戦で使える日が来るなんて、嬉しすぎる」
松尾くんは、感無量といった感じで足元を見下ろしている。
「実戦、て」太宰先輩が笑う。
「さすがに、これで登校するわけにはいかなくて。大事にとっておいてよかった~」
夏目漱石の平澤先輩は、まるで本物みたいなリアルさの猫のぬいぐるみを抱いているし、三田先輩は、国語便覧の与謝野晶子にそっくりの髪型で、『君死にたまふことなかれ』と書いた紙を貼り付けた歌集を手にしている。城田先輩は、着流し姿の芥川龍之介だ。おでこの広めのカツラを被っている。
みんな気合いが入っている。
私は、こんなきれいな着物やカツラを用意してもらって、着せてもらうだけで。何もしないのでは申し訳ないよな、という気がしてくる。せめて、軽く舞ってみせるとか。それぐらいはしたほうがいいのでは?
そう思ったとき、佐藤くんの言葉が頭に浮かんだ。
「みんなでのんびり和気あいあいと、スポーツを楽しもう、っていうのが一番の目的。今日は、みんなで青空の下、いっぱい笑って過ごせたらいいよね」
うん。そうだな。
気持ちがノったら、舞ってみるのもアリやけど。……ねばならぬ、ではなく、のんびり楽しんでみよう。
そう思うと、少し気持ちが軽くなった。
グラウンドからすごくにぎやかな大歓声が聞こえてくる。
「そろそろ行こうか」
太宰さんに言われて、私たちも校舎の陰からグラウンドに向かって歩く。
グラウンドからは、かなり興奮したような声がまだ響いている。
「なんか、めっちゃ盛り上がってるね?」と太宰さんが、すれ違う子たちに訊くと、
「あ~なんか、1年の藤澤琉生くんと妹尾 圭が借り物競走で、肩くんで走ってて」
「女子たちや保護者のお母さんたちまで大熱狂で」という返事が口々に返ってきた。
え! 琉生と妹尾 圭! 2人が肩を組んで借り物競走!
うああああああああ。
何ということだろう。そんなめちゃくちゃ大事な瞬間を見逃したなんて。
私は膝から崩れ落ちそうになる。
見たかった。
ものすごーく、見たかった。
ライブで、銀テープ拾うのに夢中で、推しのシメの挨拶聞き逃すのと同じくらい痛恨じゃないか。
誰か、誰か動画とってないだろうか。
あああ。
これがライブなら、あとでDVDとかが発売になったら見られるけど、学校行事はそんなわけにはいかない。
あああ。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
今日、私たちは、教室にも図書館にもいない。
爽やかな青空の下、グラウンドにいる。
今日は、全校行事のスポーツフェスティバルなのだ。




