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あのね。  作者: 原田楓香
36/39

㊱初めての


 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 時々、彼は私と本の貸し合いっこをする。

 

 私は、今、ちょっとドキドキしている。

 琉生から借りた本(『覇王の譜』橋本長道 著/新潮文庫)を返すにあたり、今までしたことのないことをしようと思っているからだ。


 私は、これまで、琉生から、ブックカバーや彼の手作りのマスコットをもらったことがある。それなのに、自分からは、彼に、何かを贈ったことがない。(バレンタインのチョコでさえ、タイミングがあわず渡せなかった)

 彼は、『いろいろ本を貸してもらったお礼』とさらり言って渡してくれたので、『お礼』にお礼をするのも、何だかへんかな、とか思って、迷ったあげく、結局私からは何もしたことはないのだ。

 

 でも。

 ほんとは、私だって、何かを彼の手元に渡せたらと思う。

 彼のくれたブックカバーや本のマスコットを見るたび、いつも彼のことを思い浮かべるように(もちろんそれ以外の時も彼のことを思い浮かべているけど)、それを見たら私のことをほんの少しでも思い出してもらえるような、そんな何かを彼にプレゼントしたいと思ったのだ。


 一体何がいいか?

 やはり、本に関係のあるものをあげたい。それなら、きっと気軽に受け取ってもらえそうな気がするし、渡しやすい気もする。


 とはいえ、ブックカバーもマスコットも、彼のマネになってしまうし。

 もっとささやかでかさばらず、でも、見ると嬉しくなるような、何か。

 

 しおり……!

 これや!

 

 デザインはどうする?

 机に向かって宿題をしながら思案する。

 何かヒントになるようなものはないか? 机の上や本棚を見渡す。


 そのとき、いいものが目に入った。

 この前のHSTのドームライブで、運良くゲットできた銀テだ。私はそれをゆるく巻いて、机の上に飾っている。


 銀テ、つまり銀テープは、ライブのクライマックスで、会場内に大量に降ってくるテープのことだ。ライブのロゴやメンバーのメッセージがプリントされていたりする。銀テと呼ばれているけど、必ずしも、銀色ではなく、メンバーカラーやライブのロゴイメージに合わせた色だったりする。

 当たった座席によっては、まったく降ってこないので、私にとってはこれが初めての貴重な銀テだ。 

 

 だいたい、小学生の頃からそうだ。

 いつ誰と行っても、降ってくるイイモノをゲットしたことはない。(降ってくる鳥のフンなら頭や肩で何度もゲット?したことがあるが)

 例えば、祭りのモチまきでもそうだ。どんなにたくさんまかれようとも、私には1コも飛んでこない。

 だから、ライブで降ってくるキラキラの銀テも、とうぜん自分には飛んでこないと思い込んでいた。

 それが、この前のライブでちょうど目の前に1本だけひらひらと……!

 人生で初めてゲットした銀テープ!

 しかも、ブルーの、妹尾 圭のメンバーカラーの銀テ。一緒にライブに行った従姉のマユちゃんは1本もゲットできずにへこんでいたので、2人で半分こした貴重な、記念の銀テだ。

 

 これや!

 

 私は、机の上の銀テを手に取る。

 ゆるく巻かれたそれを、そっと広げる。長さは十分ある。しおり2本分くらいあるかな。

 私は、その貴重な銀テをはさみで2つに切った。

 そして、それを1本ずつラミネートする。

 

 ライブのロゴ入り銀テしおりだ。しかも、妹尾 圭のメンバーカラーの銀テ。

 圭を大好きで憧れている琉生に、きっと喜んでもらえるだろう。


 2本のうちの1本は、私が使う。もちろん、家で使うつもりだ。

 秘かに、お揃い気分を味わえるなんて、いいじゃないか。

 ふふふ。

 準備は整った。よし。

 このしおりを挟んで、借りた本を返そう。

 


 朝、いつもより少し早めに学校に着くと、運良く琉生も登校していた。

 彼は、仕事のない日は、できるだけ早めに登校して勉強している。早く来ている、ということは、今日はお仕事の予定がないのだろうか。


「おはよう」

 ドキドキしながら、声をかける。

「あ。おはよう」

 琉生が、優雅に美しいほほ笑みを浮かべる。


 私は、机にカバンを置くと、急いで、本を取り出す。誰か来る前に渡したい。

「あの。この本、ありがとう! すごく面白かった! 将棋全然知らへんけど、それでも、ぐんぐん引込まれるくらい面白かった。対戦シーンとかすごく迫力あって、ドキドキして。ちょっとでも時間があったら読まずにいられへんくらい先が気になって。めっちゃよかったよ~!」

 大急ぎで早口で感想を言いながら、琉生に本を差し出す。

「よかった……! 気に入ってくれて。実はね、その本、2巻も出てるんだよ。読み終わったら、織田さんに回すね」

「うん。ありがとう! 嬉しい!」

 それでね、その本の中に、と言おうとしたところへ、佐藤くんが来た。

「お。織田さん。おはよう。あ。琉生もおはよ」

私たちも、おはようと返事を返す。佐藤くんは、琉生に、

「ちょうどよかった。なんか、さっき職員室行ったら、想太がいて。倉内先生が、もし琉生も来てたら、呼んできて、って。2人に話があるみたいだよ」

「え? なんだろ?……じゃ、ごめんね、行ってくるよ」

 琉生は私を振り返ってそう言うと、本を手に持ったまま、教室から出て行ってしまった。


 あああ。しおりのこと、何も言わずに渡してしまった。

 まあ、気がついたら、あとで何か言ってくれるよね?


 琉生の後ろ姿を、名残惜しく見ていると、佐藤くんが、カバンから数学の問題集を出しながら言った。

「数学の課題、全部解けた?」

「ん? 32ページの? 3問目は途中でギブアップした」

「あれ、ちょっとやっかいだよね」

 佐藤くんも苦笑いしている。たいがい、どの教科もバランスよくできる彼がやっかいだというのだから、相当な難度だ。

「ああいうのをすいすい解けないと、大学入試はクリアできへんのかな」

 思わずため息が出る。

 受験を乗り越えて、やっと高校生になったばかりなのに、なんだか、もうすぐ次の関門が、どど~んとそびえ立っているようで、ぞっとしてしまう。

「そうだね。まあ、理系行くなら、そうかもしれないね」


 理系か。文系か。

 コース分けは2年からで、今は広くいろんな教科を勉強することになっている。

「織田さんは、2年になったら、理系文系、どっちにいくの?」

「私は、文系」

「そっか。僕も文系。学部は?」

「文学部、かな。まだそこは未定」

「僕は、法学部かな~。まだ考え中」

「来週、保護者向けの進路説明会があるでしょ? なんかね、そのときに、過去の先輩たちの進路実績が、詳しい表で出るって聞いてんけど」

「らしいね。個人の名前は載ってないけど、この春卒業した先輩たちの1年から3年までの成績の変遷と、最終進学先までが一覧表になってる資料らしいね」

「えええ。こわ。じゃあさ、私たちの成績と進路も、3年後同じように資料として配布されるってこと?」

「だろうね。その表を見たら、1年のこの時期にこんな成績を取っている生徒は、おそらく3年後こんな大学に進むだろう、っていう一つの目安になるって。その表のこと『予言の書』って呼んでるヤツもいる」

 

 う~ん。なんか、怖くて、そんな予言はいらんな。

 でも、もしかして、1年生でボロボロでも、3年間でぐぐ~っとのびてる人がいたら、それは、励みになるかもしれないけど。

 なんにしても、誰かの3年間を目安にして、自分の未来まで、予言されたくないよな。

 そう思う。


 佐藤くんと私が、進路についてあれこれ話していると、琉生が想太と一緒に戻ってきた。

「お~、おかえり。先生の話、無事すんだ?」

 佐藤くんが、2人に声をかける。

「うん。仕事と学業の両立について、いろいろ相談に乗ってくれるって」

 想太が応える。

「そっか。あの先生、親切だし、けっこういい感じだよね」

 佐藤くんが言う。

「そやねん。オレ、倉内センセのこと、けっこう好きかも」

 想太がニコニコしている。

「っていうか、おまえは、たいがい、会う人みんな、好きだよな」

 琉生が笑いながら言って、想太が、うんうん、と頷いている。

「ほんでも、倉内センセは、その中でもかなり好きやで」

 

(わかるわかる。倉内先生、いいよね。私も、けっこう好きかも)

 想太の言葉に頷いていると、横から視線を感じた。

 視線の方向を見ると、琉生だった。一瞬目が合う。

 珍しく、いつも瞬時に出る笑顔はなく、彼はほんの少し硬い表情をしていた。


(どないしたんやろ?)

 私がそう思ったとき、あわてて付け足すように、琉生がほほ笑んだのが、一瞬見えた。 

 でも、その直前の、めったに見ない彼の表情に、私は少し不安になって、うつむいてしまった。





 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 アイドルの卵でもある彼は、本が好きだ。

 私たちは時々、本の貸し合いっこをする。

 今日、私は、HSTのライブの銀テで作ったしおりを彼に返す本に挟んだ。

 


 そして、ついさっきのこと。

 目が合うといつも瞬時にほほ笑みを浮かべる彼が、笑顔のかわりに妙にこわばった表情をしていたのだ。


(どないしたんやろ? 倉内先生に何か言われたんかな? それとも……)

(私と目が合ったときに、あの表情ってことは、まさか私に、なんか怒ってるん??)


 胸の中で、不安がぐるぐる渦巻く。

 情けないけど、彼の表情一つで、こんなに心が揺れてしまうくらい、私の中で、彼の存在は大きいと、あらためて思い知る。

 それにしても。あんな表情をしていたのは、なぜ?


 1つ、思いうかんだのは、返す本に銀テしおりを挟んだことだ。


(あ! もしかしたら、圭さんのメンカラ(メンバーカラー)の銀テ、あんなふうに切っちゃって、なんてもったいないことするねん! って思ったとか? いや、まさか……)

(いくらなんでもそんなんで怒るかな? いや、でも、それ以外に、もしかしたら、何か私、やらかしてるのかな?……)


 千々に乱れる心を抱えて、午前中の授業を上の空で終えた私は、お弁当を抱えて大急ぎで、図書館に向かった。部室で、お昼ご飯を食べよう。

 教室にいるのが、少し苦しくなってしまったのだ。


 学食に向かう廊下は大混雑だけど、4時間目終了直後に図書館に向かう生徒は誰もいない。

 私は、図書館のカウンターで貸してもらったカギで、文芸部の部室の扉を開けた。部室のカギは、職員室と図書館の両方にあるのだ。

 ここで、ささっとお弁当食べて、図書館に行こう。そして、全集の棚の神様に会いに行こう。

 そう思って、弁当箱のフタを取ったそのとき、部室の扉が開いた。


 顔を上げると、琉生が立っていた。頬が少し上気している。走ってきたのか、少し息が弾んでいる。

 え! え!

 びっくりして、口をパクパクしていると、彼が、手に持っている本から、銀テしおりを取り出すと、私に見せて言った。

「これ。織田さんの? 」

 私は、あわててうなずく。

「そうか。じゃ、返さないと」

 しおりを差し出しかけた琉生に、急いで私は首を横に振る。

 琉生が、キョトンとした顔になった。

 しおりを手にしたまま、琉生が首を少し傾けている。


「私のだけど、私のじゃなくて」

 息を吸い込んで、必死で続きを言う。

「本のお礼に、何かプレゼントしたくて。生まれて初めてライブでキャッチできた銀テ、しおりにしてん。圭さんのメンカラやから、琉生くんに、あげたくて。せっかくの銀テ、こんなふうに切っちゃって、もったいないことするやつだって、怒られるかもやけど……」

 琉生の目元が緩んで、みるみるうちに口元に優しい笑みが浮かんだ。

「じゃあ、これ、僕に?」

 うんうん。私はこくこく首を縦に振る。

「ありがとう。銀テのしおり……めっちゃ嬉しい。僕もね、銀テ、自分でキャッチしたことなくて。初めての貴重な銀テ、大事なものを……僕にわけてくれて……ありがとう」

 

 琉生がすごく喜んでいるのが伝わってくる。うう。なんか泣きそう。――――ホッとして。

 琉生が、嬉しそうに、裏返したり表返したりして銀テを眺めている。

 その姿を見てホッとすると同時に、私の心に、もう一つの心配が浮かぶ。

 それで、思わず訊いてしまった。

「さっき、一瞬、なんか、硬い表情やったのは……どうして? なんかあった? 大丈夫?」

 琉生が、ドキッとした顔をして、言った。

「ああ……ちょっとね。仕事と学業の両立について、先生と話したあと、いろいろ考えてちょっと不安になってね。ついつい考え込んじゃって……」

「……そっかあ。そやね。両立するのは大変やんなあ。あ、でも、仕事でお休みするときの授業のノートとか、手伝えることは何でも言うて。私でできることなら、いっぱい協力する!」

 私は、力一杯言う。

 誰だって。琉生だって。不安になるときもあるよね。

 それぞれができることを精一杯やって、お互いを支え合えたらいいな。

 

「ありがとう。また、そのときはよろしく。頼りにしてる。しおり、ほんとにありがとう。すごく嬉しいよ」

 琉生の極上の笑顔が、扉の向こうに消えても、私は、しばらく余韻に浸っていた。


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