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あのね。  作者: 原田楓香
34/39

㉞いいこと、ありますように。


 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 時々図書館に出没して、私を喜ばせてくれる。(いや、もちろん、彼は別に私を喜ばせようと思って出没しているわけではない)



 今日の文芸部のミーティングは、来月行われるスポーツフェスティバルという全校イベントがテーマだった。我が文芸部も作家に扮してクラブ対抗リレーに出場するのだ。


「え? クラブ対抗リレー……出るんですか?」

 私はちょっとびっくりした。

 中学でも、クラブ対抗リレーといえば、各運動部生え抜きのバリバリの走者がしのぎを削る、真剣勝負の場だった。特に、陸上部は、走りで負けてはならじと、めちゃくちゃ気合いが入っていた。

 そんなリレーに、文芸部が? 

 こう言っちゃ何だが、私は先輩たちがのんびり座って、お茶を飲んでる姿しかまだ見たことがない。

 だが、人は見た目によらないものだ。こう見えて、彼らはけっこうな俊足集団なのかもしれない。


「で。空ちゃん。君も代表選手の1人ね」

 副部長の城田先輩が言う。

 え? とも げ? とも聞こえる声が思わず出る。そんなリレーで走ったことなど、この十年ほどの学校生活の中で、ただの一度もないぞ。

 私の戸惑いを察して、

「だーいじょうぶ。クラブ対抗リレーはね、本気で走る走力勝負部門と何かしら面白いことをやって会場を盛り上げる、パフォーマンス部門の二つに分かれてるの。で、私たちが出るのは、パフォーマンス部門」

 城田先輩が続ける。

「そ。だから、速く走んなくてもいいの。観客をいかに楽しませるか、が大事なんだ」と大田部長。

「でね、今年は、てか毎年ほぼそうなんだけど、有名な作家に扮して、走るってことで」三田先輩がにっこり笑う。

 

 それぞれ、誰に扮するのかを決める。

「僕は、太宰やらせてもらうよ」

 大田先輩は、顔の横で、国語便覧を開いてみせる。

 みんなうなずき、満場一致で決定する。今でも十分似ているけれど、

「もうちょっと髪型を研究してみるつもり」と先輩は言う。

 どうやらずっとやりたかったらしい。なので、そのために数ヶ月前から前髪とサイドの髪を伸ばしていたらしい。

「夏目漱石、芥川龍之介、清少納言、紫式部、松尾芭蕉、小林一茶、与謝野晶子、などなど、有名どころで、イメージ湧きやすい当たりを狙っていこうかと」と城田先輩。


「で、空ちゃん、やりたいのある? あったら、先に選んでね」

「え。そうですね……選ぶと言っても、仮装、するんですよね。じゃ、衣装とかはどうするんですか」

「もちろん、自分たちで作ったり、どっかから借りてきたりするの」

 作るか借りる……。う~む。

「あのね、ついでに言うと、式部と納言は、衣装の当てがあるよ。演劇部が貸してくれるって」

 三田先輩がおっとり言った。

「ああ。前に『あさきゆめみし』やったときの衣装だね。あれ、よくできてるからなあ」

 2年の平澤先輩が言う。

「じゃあさ、みっつん、空ちゃん、2人で式部と納言やったら?」

 みっつん、と呼ばれた2年の満田先輩が、

「やった~、平安時代の姫やれるの、嬉しいかも。でもわたし、髪短いけど、カツラも貸してもらえるのかな」

「もちろん、フルセット借りられるよ」

「じゃ、2人には平安時代やってもらおう」

 あっさり決まる。

「あの、僕は、松尾芭蕉、やってもいいですか」

 私より一日後に入部した、隣のクラスの松尾くんが言った。

「いいじゃん。ぴったり」

「僕んちのじいちゃんが、笠も蓑も杖も持ってて、喜んで貸してくれると思うんで。旅姿の芭蕉の装備、バッチリっす」

「え~すご~い。じ~ちゃん、何者?」

「もしかして、松尾くんほんとに、芭蕉の子孫だったりして?」

「いやいやまさか」

 みんなでワイワイ盛り上がる。


 そして、7人全員の配役も決まった。1人50mで走者は8人必要だけど、1人足りない分は、太宰さんが2回走ることに決まり、ひとまずミーティングは終わった。


 教室に戻ろうと1年の教室棟に向かって歩いていると、前から歩いてくる姿が、目に入る。

 琉生だ……!

 図書館に行く途中なのか。


 どうやら、図書館の神様は、本日もキャンペーンを絶賛展開中らしい。

(ありがとうございます!)

 私は、図書館の神様に、心の中で全力で手を合わせる。

 

 近づいてきた琉生が、お? という顔をして、みるみる、その頬に笑みが浮かぶ。

 彼の笑顔の反射神経のよさはピカイチだ。さすが、アイドルの卵。

 窓からの光が、彼の髪を煌めかせ、白い頬は産毛まで輝くようだ。

 眩しい……。

 そして、ああ、この笑顔! 

 思わず自分もつられるように笑顔になる。

 ありがたいことに、この頃は、彼に鍛えられた? おかげか、出会った瞬間に笑顔になるスピードが、私も若干速くなった気がする。といっても、きっと彼の10分の1以下だけど。

 

 彼も私も足を止め、立ち話を始める。周りに人もいない。何というラッキー。安心して話せる。

 彼もどことなくのんびりした表情だ。

 話題がたまたま、スポーツフェスティバルの話になったとき、琉生が言った。

「織田さんとこは、クラブ対抗リレー、どうするの?」

「うちの部は、過去の作品集を背負って走るねん」

「ほう」

「でもね、それだけとちゃうねん。みんな、それぞれに有名な作家に扮して走るから」

「へえ。面白そう。織田さんも出るの?」

「うん。ほんとは、走るの苦手やけど。先輩がね、速く走らなくていい、観客を楽しませるのが一番って。ついでに、作品集の宣伝もできたら上出来って言われて。がんばってみることにした」

「誰に扮するの?」

「あのね……」

 思わず言いそうになったけど、『当日までは、詳細はシークレットだからね』。

 そう先輩が言っていたのを思いだす。


 あわてて軽く首を振って、

「ふふ。ないしょ~」

 そう言って、笑ってみせる。

「わあ~。気になる」

 琉生はそう言って、目をキラキラさせた。

「当日、仕事が入らないことを必死で願っとくよ」

 ほんまや。仕事。……う~む。

 彼がいないイベントは淋しすぎる。

 それに。ちょっと十二単姿、見てほしいような気もするし……なんてね。


 なので、

「うん。私も願っとくね。高校での初めての全校イベントやもんね」

 私は、握ったこぶしにぐっと力を込めて言った。





 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 時々図書館に出没して、私を喜ばせてくれる。(いや、もちろん、彼は別に私を喜ばせようと思って出没しているわけではない)


 

 彼が図書館に行ったあと、私もこっそりUターンして、彼の後を追った。

 教室に戻るところだと彼に言った手前、露骨に後を追いかけるのは、ちょっと気恥ずかしい。

 でも。

 もうちょっとだけでも、その姿を見ていたい。


 私は、前方を歩く彼がどの棚に向かうのかを、そっと目で追う。

 彼は、ゆったりとした足取りで、隅っこの全集の棚に向かっている。

 

 なんかふと嬉しくなってしまう。

 彼も同じこと願ってたりして?


 私も心の中でつぶやく。

(いいこと、ありますように。スポーツフェスティバル、来れますように)


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