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あのね。  作者: 原田楓香
33/39

㉝キャンペーン

 

 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。



 突然、昼休みの図書館に琉生が現れた。

 隅っこの方の全集の棚の前にいた私は、驚いた。たった今、その棚の本を手にして、棚に戻したばかりだ。

 もしかして、ここの棚にも、不思議な力があったらな、なんて思ったところだった。


 ゆったり近づいてきた彼は穏やかな笑顔で言った。

「もしかして、ここの棚も、読むといいことがあるの?」

 こくこくと頷いて、私は、やっとのことで声を出す。

「……そんな気がする」

「そっか。じゃあ、僕も読もう。織田さんは、もう読んだの?」

「ついさっき……」

 緊張していたけれど、次第に、ドキドキがおさまってくる。

 いつもどおり、本好きな琉生らしく、本の話が始まったおかげだ。

「どれ読んだ? 何かおすすめはある?」

「ん~。あのね、おすすめって言うか、ちょっと議論したくなる本がある」

 ちょうど頭に浮かんだ本がある。

「誰の本?」

「森鴎外」

「鴎外か。もしかして、『舞姫』?」

「そう。まさにそれ! ……なんでわかったん?」

「いや、たまたま」

 琉生が笑った。すごい偶然。

「琉生くんは読んだ?」

「ん、いや、まだ途中」

「じゃあ、最後まで読んだら教えて。ぜひ、意見交換しよう」

「あ、うん」


 教室で話すことがすっかり減ってしまって、なんだか琉生がどんどん先に進んでいって、取り残されたような気がしていた。だから、こんなふうに、偶然会って話せるなんてすごく嬉しい。

 だだ下がりだったテンションが一気に上がる気がする。

 でも、やはり、琉生らしい。本の話になると、すごく楽しそうだ。なんだか中学の時に戻ったみたいな気がする。

 私は、なんでもいいから、一言でも多く話したくて、頭の中に本の話題を必死で思い浮かべる。

 そして、最近読んだ本の表紙を思い出す。

「あ。そうや、おすすめの本! 思い出した!」

「え、なになに?」

 琉生が嬉しそうに私の目をのぞきこむ。

「青山美智子さんの『月の立つ林で』っていう本。文庫で出てるの、最近買って読んでん」

「お。青山美智子さん、いいな。読みたいな」(『月の立つ林で』青山美智子 ポプラ社)

 彼も好きな作家さんだ。今までもいくつか、この作家さんの本を読んで感想を話し合ったことがある。

「読む? 今日ちょうど持ってるよ。今朝の電車の中で読み終わったから」

 思わず声が弾む。

「貸してくれる?」

「もちろん! じゃあ、あとで渡すね」

 

 もう少し本を見てから教室に帰るという琉生から離れて、さっき選んだ本を借りるためにカウンターへ行く。

 でも、久しぶりに、琉生と話せたことが嬉しくて、足が宙を歩いているみたいな気分だ。

 それにしても、すごい。全集の棚を読み始めたら、久しぶりに琉生と話せた。

 どうやら、中学のときと同じ効き目がここの棚にも、あるようだ。

 偶然だけじゃない、不思議な何かを私はけっこう信じている。


 もしかして、図書館の神様たちみんなで“全集も読んでねキャンペーン”やってるとか?

 なんて、ちょっとアホなことも考える。

 誰かに言っても、はあ? って呆れられそう。

 でも、琉生だったら、「ありえるかも。いいね」って笑って、面白がってくれる気がする。

 うん。あとで言ってみようかな。


 



 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。



 教室で、私は、『月の立つ林で』の文庫を琉生に渡した。

 そのとき、たまたま、周りに誰もいなかったので、私は、彼に、全集の棚の話と図書館の神様たちがみんなでキャンペーンやってるのかな、という話をしてみた。

 すると、彼が、ほんとにびっくりしたような顔で、目を見開いて、

「同じこと、思ってた」

 そう言って笑った。

「神様たちが連携して、キャンペーンやってるんじゃないかって」

「ええ~、琉生くんも思ったん?」

「うん。ここの棚もなんか不思議な力がありそうって。そしたら、全国各地の図書館の神様が集まって会議してる姿が浮かんでさ」


 私の頭にも、会議室に集まって議論する神様が浮かぶ。

 思わず、神様たちの会話が頭に浮かんで、言った。

『もっと全集の棚も読んでほしいですよね~。うちなんて、すごく立派なのに、誰も読んでくれないまま、どんどん古びていっちゃって。もうもったいないったら』

 すると琉生が肩をすくめて、

『いやあ、うちもですよ。ほんとに、今どきの若者の本離れは嘆かわしい限りです』と言う。

『いえいえ、けっして本すべてから離れてるわけじゃありません。その証拠に、新刊の棚は、みんな奪い合いで読んでいますから』

 私が応じると、琉生が悲しそうに、

『たしかにそうですね。こちらもこんなに面白い話がいっぱい詰まっているのに、なんで手にも取ろうとしないんでしょうか』

『そうですね~。なんででしょう?』

『一体どうしたら、読んでくれるようになるんでしょうか』

『あ! いいこと思いつきましたよ』

 私が、ポンと手をうつと、

『何ですか?』

 琉生が目をキラキラさせた。

『キャンペーンをしましょう。ほら、お買い物したらポイントたまる、みたいに』

『読んだらいいことがあるよ、ですか』

『そうそう。幸い私たち、図書館の神様ですし。図書館に来て、読んでくれる子にちょっとは不思議なことを起こしてもいいんじゃないでしょうか』

『いいですね。それ。賛成!』

『どうせなら全国展開で行きましょう! 全国どの図書館でも、一斉にやってみましょう』

『そうですね。そうしましょう』

 全国展開が決まったところで、私たちのやりとりは、チャイムに遮られ終わってしまった。

 でも、私と琉生は、楽しくて可笑しくて、クスクス笑いが止まらない。

 

 きっと、ほんとに、図書館の神様たちが、どこかでこんな会議をしてたのかもしれない、なんて思えて。





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