表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あのね。  作者: 原田楓香
31/39

㉛おすすめは?


 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある!

 彼は今、同じ教室の中にいる。

 ただ今、うちのクラスは絶賛?自己紹介中だ。


 年度初めといえば、必ずある自己紹介だが、私にはけっこうプレッシャーだ。

 でも、今回の自己紹介で一つ嬉しかったのは、自分のおすすめ本を紹介する、というミッションが課されていたことだ。


 出席番号3番の私に順番が巡ってくるのは、あっという間で、心の準備どころじゃない。

 焦ると同時に、いやな記憶もよみがえる。転校した最初の学校で、関西弁を笑われ冷たくされたときのことを思い出して、声が喉で凍りつく。

 黙っている私に、なんとなく教室がざわつく。

 何か喋らなくては。なのに……声が出てこない。


 そのとき、隣の佐藤くんが、普段の雑談の時のようにのんびりした声で言った。

「織田さん、ファイト~。いっぱい候補がありすぎて、迷ってるんだよね。ひとまず一番最近読んだのとか、今朝電車の中で読んでた本、紹介してよ」

 さらに続けて、

「織田さん、めちゃくちゃ本好きで、ウチのクラスの図書委員だったんだ。僕もいっぱい紹介してもらったけど、彼女のおすすめは、まずハズレなし! だからね」

 そう付け足す。

 佐藤くんはニコニコ笑いながらクラスを見回し、私をのぞきこむようにして笑いかけてくる。

「……ちょ、ちょっと待って。あかんて~。そんなにハードル上げんといてや~」

 あわてて思わず声が出た。

 クラスのみんなが笑って、ファイトファイト~と声がかかる。ちょっと安心する。

(ええい。思い切っていこう)

 私は、関西弁で話すことにした。


 必死で話し終えると、

「その本、読みたい~。めっちゃ面白そう」「貸してほしい~」などの声が飛んで、私の紹介をみんなが楽しんでくれたのがわかった。

 私は、隣の佐藤くんに「ありがとう」と声をかけながら、椅子に座った。

すると佐藤くんは、胸に手を当ててちょっと気取って、

“My pleasure.”(どういたしまして)

 なぜか英語でそう言ってにっこり笑った。


 めちゃくちゃ緊張したけれど、自分の番が早く終わったおかげで、後はのんびりみんなの発言を楽しめる。ありがたい。

 佐藤くんは、『准教授高槻彰良の推察』(澤村御影 /角川文庫)を紹介していた。「コミック版もすごくいいです」と言ったとき、思わず、「ドラマ版もいいです」と横から言いそうになった。(主演の俳優さんが、すごく素敵で魅力的に演じているのだ)


 どの子が紹介する本も面白そうで読んでみたくなるものがいっぱいだ。

 あとでリストにしてくれたらいいのにと思って教卓でメモを取っている担任の先生の方をちらりと見る。図書館に入れる本の参考にするからメモを取らせてほしいと、先生は最初に話していた。

 今もなんだかとっても嬉しそうな顔でペンを動かしている。きっと、彼も本が大好きなんじゃないか。そんな気がして、私も嬉しくなる。リストがほしい、ってあとで、お願いしてみようかな。


 自己紹介兼本の紹介は、次々と進んで、妹尾想太の番が来た。

「今、ハマってるマンガがあります」

 彼は、目をキラキラさせて言った。

「琉生のお姉さんがいっぱい貸してくれるおかげで、今、我が家は空前のマンガブームです」と笑った。

 彼が紹介したのは、『動物のお医者さん』(佐々木倫子・小学館)。


「うちの姉が、今、マンガにハマっていて、しょっちゅう、古本屋さんでオトナ買いしてくるので、マンガの山ができています」

 そう言って、琉生も自分の番が来たとき、マンガを紹介した。『高台家の人々』(森本梢子・集英社)というラブコメだ。もちろん私も知っているし、なんなら家に全巻ある。(母のだ)


 それにしても、琉生のお姉さんの好きなマンガが、ことごとく、私の好きなものと一致するのが、なんだか嬉しい。お姉さんにも一度会っておしゃべりできたらなぁ。めっちゃ話が合いそう……

 でも、琉生の姉レイさんは、人気シンガーソングライターとして、高校生ぐらいから活躍している人だ。まず、私が会うチャンスなんてない。お父さんも俳優で、お母さんも今引退してるけど元は俳優という芸能人一家。

 ……うちとえらい違いだ。

 

 カウンターで一緒に過ごした時間のせいで、私は琉生のことをとても近くに感じていた。

 でも、ほんとなら、彼は、テレビの中の人だ。

 何かの雑誌で見た、彼の家族写真を頭に思い浮かべてしまう。彼に似て華やかで美しい人たちに囲まれて、ほほ笑む彼。

 ……なんか、ずいぶん遠いよな。

 ぽつりとそう思う。

 

 今の私たちには、放課後の図書館のカウンターという共通の場がない。

 だから、よけいにそんなふうに感じてしまうのかもしれない。

 

 ああ。図書委員。なれたらいいな。また、2人で当番できたらな。

(姉ちゃん、コトダマやで)

 弟の声がよみがえる。

(そうや。コトダマ。図書委員。図書委員。2人で当番。2人で当番)

 私は、コトダマを信じて、心の中で呪文のように唱えてみる。



 全員の本紹介が終わったとき、倉内先生が言った。

「いや、僕もマンガは大好きです。マンガを読んでいると、遊んでいると思われることもあるけど、とんでもない。マンガでいっぱい知識を得たり、知的欲求や何かに取り組むモチベーションが上がったりすることもいっぱいありますよね」

 私は力一杯うなずく。

「僕は国語科の教師ですが、僕が国語を好きになったきっかけは、マンガだったんです。子どもの頃に読んだマンガの中に出てきた和歌がすごく魅力的で、好きになったんです。そこから、日本語の美しさにどんどん惹かれていくようになってね。あのとき、あのマンガを読んでいなければ、もしかしたら、僕はここにいなかったかもしれません」

 先生はそう言って、クラス中を見回した。

 眼鏡の奥の瞳が優しい。顔つきは、少し、琉生にも似ているクールな雰囲気だけど。

「何が自分の未来への入り口になるかわかりません。しっかりアンテナを立てて、自分の『好き』に出会えるチャンスを見逃さないで下さいね。今日は、皆さんの素敵な話をたくさん聞けて嬉しかったです。3時間目は、うちの学校についてのオリエンテーションと、委員や係決めをしますので、自分は何がしたいか、考えておいて下さいね」



 休み時間。みんなすっかり打ち解けた空気が教室中に漂っている。

 本の話題があるおかげで、お互い初対面なのに、けっこう気軽に話しかけて行きやすいのだ。

(倉内先生、ぐっじょぶ)

 

 私も、自分が紹介した本と同じ作家さんの、別の本を紹介した子に話しかけられたりして、いつもなら緊張する新学期の教室が、少しも苦ではない。むしろ話のネタがつきない。

(ほんと倉内先生、ぐっじょぶ)

 繰り返し思う。


 本の力ってすごい。本について語り合うことで、お互いのことを知るきっかけができる。その本を好きかどうかは関係ない。共通の何かについて語ることで、お互いの好みや考えも少し見えてくる気がする。(もちろんすべてじゃないけど)


 そういえば、琉生とだってそうだ。

 同じ図書委員として係の仕事をしているうちに、ふつうに本の話をするようになって。

 気づいたら、本以外のいろんな話題も話し合うような友達になっていた。 

 そう。友達、って呼んでも……いいよね? 

 ただのクラスメートってだけじゃなくて、『友達』って言っても……いいよね。

 一緒にたくさん話をした。将来の夢や願望、好きなものや大切にしたいこと。

 ほんとにいろんなことを。

 

 でも、一つ。

 彼に話せていないことがある。

 



 藤澤 琉生。


 彼は私の推しだ。

 そして、私のクラスメートでもある。

 

(どうか、彼と図書委員になれますように)

 3時間目に備えて、心の中で、繰り返し祈る。

(図書委員図書委員図書委員……)

 祈っていると、あわただしく帰りかける琉生と想太に佐藤くんが声をかけた。2人は仕事が入って今から早退するらしい。

「そうか。委員や係はどうする? なんか希望があったら聞いとくよ」

 佐藤くんの声がする。

「じゃあ、琉生の希望は?」

「えっと……図書委員。それで係は、黒板係とか掲示係とかがあれば。なければ、なんでもOK」

(え! 図書委員! ……もしかして、琉生も放課後の図書当番がしたいん?)

 ドキドキする胸を押さえて、心の中で、さらに呪文?をつぶやき続ける。

(2人で図書委員2人で図書委員……)

 もしもジャンケン勝負になったとき負けたらごめんね、と佐藤くんは付け加えている。2人は、全然OKと笑ってこたえていたけど、私の胸には一抹の不安がよぎる。

 なんでも上手にこなす佐藤くんが、ジャンケンだけはやたら弱いことを私は知っている。なぜなら今まで私は、彼にジャンケンで負けたことがないのだ。

 なので、心の中で(図書委員図書委員図書委員……)、さっきよりかなり気合いを入れて祈る。


「了解。想太は?」佐藤くんが続けて訊いている。

「オレはね、できたら、放送委員。でもって、係はなんでもいい。残り福ってことで」

「OK。じゃあ、また結果がわかったら、あとで知らせるよ」

「ありがとう」

「助かる」


 帰って行く2人に手を振る佐藤くんの横で、私もあわてて手を振る。

「え~、帰っちゃうの~」とクラスの女子たちの残念そうな声が聞こえる。


(どうかどうか)

(琉生と一緒に図書委員をさせてください)

 どの神様にかわからないけど、とにかく祈る。

 

 が。

 なぜか図書委員は激戦で、希望者多数のため、男子と女子に別れてジャンケンをしたほどだった。

 負けて席に戻ってきた私に、

「ごめんね、負けて」

 佐藤くんが、申し訳なさそうな顔で謝ってきた。琉生の代理ジャンケンに負けたらしい。

「私も負けてん」

 そう言うと、彼は少しホッとした顔をしていた。


 でも。

 なんで、私に「ごめん」なんやろ?

 私は首をひねる。

 そして、いろいろ推測しそうになる。

(待て、自分。あてにならない想像や希望的観測はあとでナサケナイ気分を倍増させるから、やめたほうがいい)

 急いで、自分にブレーキをかける。

 でも。

 やっぱり……残念。

 めちゃくちゃ、残念。 


 私は、ため息をつきながら黒板を見た。

 委員・係の一覧表の1行目、学級委員のところには、ちゃっかり佐藤くんの名前があった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ