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あのね。  作者: 原田楓香
30/39

㉚新しいクラスで


 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある!

 やったあ~!!!

  

 で。

 1年7組は、1階だった。

 落ち着いてフロア表示を見ると、階段を上がらずに手前で右に折れて、真っ直ぐ進めば1年の教室棟の入り口にたどり着くらしい。

 むだにエネルギーを使ってしまった気はするけど、このあふれんばかりの喜びは、階段を少々上り下りしたところで、少しも減ることはない。

 ドキドキしながら、階段を下り1階の廊下を歩いて、7組にたどり着く。

 黒板には、出席番号順で座るように座席表が示されている。

 廊下側の1列目、前から3番目が私の席だ。

 琉生たちは、まだ教室にたどり着いていないようだ。

(なんていって声をかけよう? ) 

 さっき目が合ったときに、にっこりほほ笑むことはできた。上出来だ。練習の成果を発揮できた。えらいぞ、自分。

 だがしかし、ここからが本番だ。


 久しぶりに会うのだ。

 彼のコンディションは常にパーフェクトだ。

 そういえば、彼の髪が寝グセでハネてるところなど、見たことはない。いつだって、キューティクルが活躍しまくっているツヤツヤサラサラの髪、すべすべでクリームのようになめらかな額や頬。

 切れ長の美しい瞳は長い睫毛に縁取られ、その上にはスッキリと綺麗な形の眉がある。

 眉目秀麗、という四文字熟語を見事に体現している。

 完璧だ。


 では自分は?

 髪は? ハネてはいないか? さっき走って階段駆け上がったから、乱れているやもしれぬ。

 顔は? すでに備え付けのパーツについては取り替えようがないが、何か問題が生じていないか。

 取り急ぎ確認しなくては。

 ひとまず、カバンを下ろして、お手洗いへ向かう。


 鏡の中の自分は、相変わらずだ。

 髪は、先週カットしたばかりで毛の流れもいい感じだ。いつもはしない1000円のトリートメントもプラスしてもらったおかげか、ツヤもある。(母に言ったら、もったいないって言われそうなので、その1000円分は自分のお小遣いから出した)

 琉生は、やっぱり専属の美容師さんとかにお手入れしてもらうんだろうか。

 私は、予約なしでいつでも行ける、全国チェーンの美容室だ。お値段もお手頃で、ありがたい。ただ、問題はどの美容師さんにあたるかわからないので、時々自分の好みとはズレた仕上がりになってしまうこともある。(こちらの伝え方の問題も大いにある)

 でも。

 今回は、気合いを入れて希望を伝えたのと、担当してくれた美容師さんが前に2度あたって2度ともとっても好みの感じに仕上げてくれた人だったこともあって、過去一の仕上がりだ。

 っしゃ~! 心の中で、ガッツポーズをしたのは言うまでもない。


 ともかく、髪は大丈夫そうだ。

 階段ダッシュのせいで乱れているところを、素早く手ぐしで整える。

 顔は……う~む。

 せめてスカートのポケットから、うっすらと色がつくリップを出して、軽く塗ってみる。よし。少しはマシか。

 ブレザーの裾を引っ張って、襟元のネクタイを整える。よし。


 うちの制服は、男女ともに、ネクタイをつける。学年によって色の違うネクタイは私のお気に入りポイントでもある。

 1年は赤、2年になったら紺、3年は緑、と学年が上がるごとに、違う色のネクタイに替える。

 少し細めで、校章をかたどった飾りのついたネクタイピンを留める。これがカッコいい。

 上のブレザーは、男女同じ形で、下はスカートタイプ、スラックスタイプ、自由に選べる。(希望すれば、男子がスカートタイプを選ぶこともOKらしい)

 ブレザー、スラックス・スカート、いずれも色は黒。胸ポケットのエンブレムはネクタイピンの飾りとおそろいのデザインだ。

「黒もええね。キリッと引き締まって、賢そうに見えるわ」とは、おばあちゃんの言葉だ。

「それにそのエンブレムとか、ネクタイピンとか、高級そうに見えるで」と弟。

 確かに、この黒の制服は、カッコいい。

 さっき、下足室近くで遠目に見た、琉生と想太の制服姿も、超絶カッコよかった。

 2人とも細身だけど、けっこう身長があって肩幅もあるので、サマになる。

 彼らのすぐそばにいた女子生徒たちが目を輝かせていた気持ちがよくわかる。

 彼らとおそろいの制服。

 なんか、ちょっとした学園ドラマに出演している気分が味わえそう。


 段々気分が上がってくる。

 お手洗いを出て歩き出すと、すぐ右の通路の入り口に『ようこそ図書館へ』という、おしゃれなプレートが壁に掛かっているのが目に入った。

 思わずプレートに書かれている→の方向に進んでしまう。

 通常の廊下より、ほんの少し細めの通路をまっすぐ行くと、突き当たりで一気に視界が開けた。そこが図書館の入り口の前だった。図書館前につながる通路は何本もあるようで、図書館は、何棟かある校舎とそれらの通路でつながっている。

“すべての道はローマヘ通ず”ではないけど、すべての校舎から最短距離で通路が図書館に通じているようだ。まるで、図書館を中心にして、校舎を建てたみたいに。


(すごいなあ……こんな図書館があるって最高……!)

 思わずため息が洩れる。

 ここの図書館はすごいらしいという話は聞いていたけど、こんなに教室からアクセスのいい図書館は初めてだ。

 扉の前に立って、ガラスドアの向こうをのぞきこんでみる。まだ開館はしていない。というか、今日はまだ入学式だから、開館はしないのかもしれない。

 

 開館したらすぐに行く! と心に決め、試しにさっきとはちがう1本隣りの通路を通って進む。たどり着いた先は、職員室と会議室などがある管理棟の入り口だ。

 今は特に用はないので、廊下を左に進んで行く。すると左手に図書館への通路、右手に、1年生の教室棟につながる通路の前に来た。1年生用の教室棟1階に7組の教室がある。1~4組は2階だ。


 もう琉生たちは来ているだろうか。

 ドキドキする。

 教室に向かって歩きながら、足が床上5センチくらいを、浮いているような気分だ。

 すごくふわふわドキドキする。

 

 嬉しいだけじゃなくて、ホッとする気持ちも少しある。

 同じ中学から来ている生徒は、女子では自分ともう1人だけで、その子とは同じクラスになったことがないし、今回も同じクラスではない。

 だから、知り合いは、琉生と佐藤くん、この2人だけだ。2人だけでも、知っている人がいるのは心強い。

 

 さっきまで、クラス分けのことで頭がいっぱいだったけど、だんだん落ち着いてくると、どうしても不安が胸に湧いてくる。

 自分は、この新しいクラスになじめるのか。

 ずっと前に経験したみたいに、関西弁が大きらいな子たちに、また、こそこそ笑われたりするんじゃないか。

 不安が次第に大きくなる。


 この間、何の気なしにテレビを見ていたら、“関西人のここがナゾ?”みたいな特集番組で、街角のインタビューにいろんな人が答えていた。その中に、

「なんで東京にいるのに、いつまでも関西弁をなおそうとしないのだろう?」という意見があって、私はちょっとショックだった。


 なおす、とな?

 関西弁は、治さねばならない病気かなんかなのか? それとも、なおさねばならない悪癖なのか?

 今どき、左利きだって、無理に矯正はしないというのに。

「関西弁を話すのは、芸人さんだけで十分」なんて声もあった。

 関西人、何人おると思ってんねん? 関西弁は、関西人、みんなのもんや。芸人さんだけのもんとちゃうで。

 

 あったかで、愛嬌のある、柔らかで優しい、関西弁を、私はこよなく愛している。

 荒っぽい、乱暴な言葉も、もちろんある。でも、それは関西弁に限らず、標準語にだってある。方言でも標準語でも、言葉はみんな使う人次第だ。

 私は言葉を大切に使いたいと思うだけだ。

 どの言葉も、心の中の想いをなんとか形にして、誰かに伝えるために生まれてきたのだから。


 それでも。

 不安は不安だ。

 自分は、新しいクラスで上手くやっていけるのか。

 なんかちょっと胃の辺りが重いような気もする。

 

 教室の開いた扉の前まで来ると、奥の方に琉生の姿が見えた。

 やっぱり嬉しくて、笑顔が浮かぶ。

 琉生も優しい笑顔を返してくれて、ほんの少し不安が和らぐ。


 席について、ふと見ると、左隣は見知った顔だった。

「おはよう。また同じクラスだね。よろしく」

 中学で同じクラスの学級委員だった佐藤くんがニコニコしている。

「おはよう。よろしく!」

 お互い、ぺこりと頭を下げ合う。

 中学の時、転校したばかりでクラスになじめなかった私に、彼はよく声をかけてくれた。おかげで、自然にクラスになじめるようになったのだ。彼の穏やかで優しい笑顔にホッとする。

 彼と話しながら、時々、離れたところにいる琉生が目に入る。嬉しそうに妹尾想太と話している。琉生も、親友が一緒で、嬉しいんだろう。穏やかで余裕のあるほほ笑みを浮かべている。

 その笑顔を見ながら思う。

 琉生なら、何万人もの視線を集めるような大きなステージに立って、歌ったり踊ったりするくらいだから、新しいクラスでなじめるのかどうか、なんてことで悩んだり不安だったりはしないだろうな。

 う~ん。小さいぞ、私。

「オレね。昨夜、新しいクラスどうなるのかなって、ドキドキして不安でなかなか眠れなくてさ」佐藤くんが言う。

「え? ほんまに? 佐藤くんも? てっきり余裕やと思ってた」

「あら。オレ、意外に小心者だよ。今、心臓ドキドキしてるし」

 そう言って、胸に手を当てて笑っている。

「え~そうなん? めっちゃ余裕そうやけど……」

「そうでもないよ。けっこうドキドキしてる。……嬉しくて」

 佐藤くんがほほ笑む。

「嬉しくて?」思わず聞き返す。

「うん。クラス分け表見て、やった~って思ったもん」

「あ。私も私も」

 同じだ、私と。私も思わず笑顔になる。

「このクラスで良かった~ってさ」

「わあ。同じこと思ってた!」

「とにかくよかったよかった」

「うん。よかったよかった」

 嬉しくなって、話が弾む。





 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 これから、どんな高校生活になるのかは、予想もつかないけど。

 彼のいる同じ空間にいられる、そのことが奇跡のように嬉しい。


 帰ったら、弟に報告だ。

(琉生さんと同じクラスになれたらいいね。なんかなりそうな予感する)と今朝、珍しく可愛いことを言ってくれたのだ。彼の予感は当たりだった。

(姉ちゃん、良いことや起きてほしいことは、どんどん口に出すねん。そしたら叶いやすいって。コトダマやで)

 そう言って笑っていた。

 うん。確かに、そうかも。

 ……今日は、帰りにあの子の好きなポテチ、買って帰ろう。

 

 



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