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あのね。  作者: 原田楓香
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③永久保存


 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。



 その日は放課後の図書館に、熱い期待と緊張感が漂う。ただ、場所が場所だけに(図書館だ)、誰もが必死でその興奮を抑えて、館内のあちこちに佇む。カウンターに一番近い席をゲットすることをもくろむ子たちは、帰りのホームルームを終えると、猛ダッシュで図書館に向かう。

 そう。今日は、3年1組、うちのクラスが放課後の当番に当たっている。つまり、琉生がカウンターにいる日だ。

――――本当なら。


 残念なことに、彼は、今日、急に仕事が入ってしまったとかで、ホームルームが終わると、私に「ごめんね」と言った。

 そして、

「1人になっちゃうけど……」

 申し訳なさそうに言う彼に、

「大丈夫。お仕事だったらしかたないよ。気をつけて行ってらっしゃい」


 私は、にっこり笑って言ったけど、心の中では、全力でがっかりしていた。『全力でがっかり』っていうのも、ちょっとヘンな言い方だけど、そんな気持ちが伝わったのか、

「ごめんね。でも、この埋め合わせはかならずどこかで」

 琉生は、一瞬拝むように片手を顔の前に持って行って、極上の笑顔をで私に笑いかける。

 少し長めのサラサラの前髪が、額を斜めに横切り、涼しげな目元と柔らかな笑顔が浮かぶ口元。くちびるの形が、スッキリと整っていて、きれいだ。それだけじゃない。鼻筋も整っていて、とてもきれいだ。彼の顔は、どのパーツも神様が選び抜いてつけたかのように、非の打ち所がない。


「じゃあ。ごめんね」

 もう一度言って、彼は帰っていく。校門の外までマネージャーが迎えに来ているらしい。


 ぼんやりその後ろ姿を見送りながら、思い出す。

 いつだったか、ドラマで、彼が仰向けに横たわっているシーンで、彼の“鼻の穴”に、びっくりしたことがある。

 通常、鼻の穴は丸か楕円か、とにかく、ああ鼻の穴やなって思える存在感のある穴になっていることが多いけど、彼の場合は、あまりにも品よく細長い穴。おそらく、彼は人生で鼻をほじったことなど一度もないに違いない。指など入りそうにないほど、細長くてきれいな形の穴だ。いや、彼の細く長い指なら入るのかも。

(ああ。鼻の穴まで完璧なのか……)

 ため息が出そうになるが、そんなとき、まちがっても鏡を見てはいけない。そこに映る自分に、一気に現実を突きつけられてしまうからだ。


 でも。鏡を見なくても、ちゃんとわかっている。自分の姿は。

 だから、めちゃくちゃきれいな人を見たあと、どうしたって私はしょんぼりせずにはいられない。

 ルッキズム、っていう言葉を聞いたこともあるけど。

 見た目にとらわれない生き方がしたくても、実際、そんなこと無理だ。

 

『人間の値打ちは見た目じゃない、中身だ』なんて大人は言う。

 ほんとに本気でそう思ってる?

 それをわざわざ言うって時点で、実は見た目を最優先して意識してる証拠とちゃうん?

 もちろん、私だって、いくら見た目が良くっても根性の悪い人はイヤだ。でも、特別悪い人でなければ、見た目がいい方が好まれるのも事実だ。

 

 時々、思う。

 自分はなんでもっと可愛く、スタイルも良く生まれてこなかったんだろう?

 努力ではどうにもならない部分に悩まされたりガッカリしたり、そんなことから解放されて、堂々と振る舞える自分でありたかった、そう思う。

 じゃ、せめて内面を磨けば……なんて思っても、次の瞬間に急激にむなしくなってしまう。


 だめだ。今日はテンションが上がらない。

 いつもは、比較的、のほほんといられることも多いのだけど、なんだか琉生が帰ってしまってガッカリしたせいで、元気が出ない。


 はあ~……。

 大きなため息を一つついた、そのときだ。


図書館に向かいかけた、私の背後から、人が小走りでやってくる気配がした。


「織田さん」

 琉生の声だ。びっくりして振り向くと、少し息を弾ませながら、勢いよく、

「あのね。これ。この前仕事の合間にもらったチョコ。ポケットに入ってたんだ。はい、手だして」

 そう言って、琉生が、金色の紙に包まれた小さな丸いチョコレートを、勢いにつられて出した私の手にのせた。

「あげる。これ食べて、委員のお仕事、僕の分までよろしく。」

 言い終わると、猛ダッシュで彼は廊下の向こうに姿を消した。

「え? あ。ありがとう」

 あわてて、後ろ姿にかけた私の声は、彼に届かなかったかもしれない。

 

 あまりに思いがけなかったから。

 “びっくり”と“嬉しい”が胸の中をトルネードのように駆け巡っている。

 

 今のは幻? 

 いや、幻ではない証拠に、私の手の中には、小さな金色の包みがある。それは彼のポケットの中の温もりが移ったかのように、ほんのりと温かい。

 

「これ食べて」と彼は言ったけど、どうして易々と食べられよう。私はそっと、ポケットの中に、その丸い金色のチョコを忍ばせる。そして、周りを見回して、誰もいないことにホッとする。

 おそらく、彼が来ないことを知らないまま、みんなすでに図書館でスタンバイしているのかもしれない。

 なんだか申し訳ないような気持ちになる。私しかいなくてごめん。今日は彼がいないことを知って、落胆する子たちの顔が浮かぶ。

 その一方で、ポケットの中の小さな包みの存在を意識せずにはいられない。


 時々、思う。(ほんとはなるべく考えないようにしようとは思う)

 彼には――――私はどう見えているんだろう。

 

 

 

 藤澤 琉生。

 

 彼は、私、織田 空の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。(たまに、いないこともある)

 

 そして。

 彼は、私の描く物語の主人公の、モデルでもある。

 いつか、その役を実写版で彼に演じてもらうこと。

 それが、秘かな私の夢、いや、野望だ。

 


 今日、彼はカウンターにいない。

 かわりに、私のポケットには、彼のくれた小さなチョコレートがある。


(これは、一生食べられへん。っていうか食べへん。机の上に飾っとく。あ……あかん。机の上はキケン地帯や。間違いなく弟に狙われる。やっぱ引き出しの中か。カギのかかる大事なものを入れる一番上の引き出し)


 そう。

 これは永久保存、決定だ。



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