㉗同じ字数の言葉
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、私の隣で図書館のカウンターにいた。
今日は、その最後の日だった。だった。だった。だった……
ついに、 過去形になってしまった語尾に、エコーがかかる。
やがて、下校の音楽が流れ、私たちは閉館準備を始める。
名残惜しそうに、女子たちが琉生に小さく手を振って帰って行く。常連さんたちは、いつも通り、淡々と帰る用意をして、琉生と私2人に、「さよなら」と声をかけて立ち去っていく。
戸締まり消灯を確認して、琉生と私は、図書館のドアを閉める。
カチャリというカギの音が、私にもう最後だと念を押す。
職員室にカギを返して、私たちは下靴に履き替えたあと、並んで校門に向かって歩き出す。
なんだか足が前に進まない。
いつもは長い足ですいすいと移動する琉生も、私の足にあわせてくれているのか、ゆっくりした足取りで、隣りを歩く。
下足室から校門まで、ほんの100メートルほど。
たったの100メートル。
小学生が走っても、12秒~14秒くらいしかかからない。
(もっと遠くていいのに。もっともっと遠くていいのに)
なんなら0をもう1コ足してもいい。
このままずっと、並んで歩けるなら、私は夜通し歩いたっていい。
(大好き、琉生)
心の中から湧き上がってくる想いを胸の中に必死で押しとどめ、自分の心に問いかける。
この気持ちは伝えへんって、決めたやろ?
……それなら、今の自分にできることは何?
校門の前で立ち止まる。
「今日は、本当にありがとう!」
今できる精一杯の笑顔を琉生に向け、元気よく言う。
周りに誰の姿もない。ちょっとホッとする。
ありがとうって言う間くらい、琉生をじっと見つめても、いいよね?
涼しげな目元を和ませて、滲むようにほほ笑んで琉生が言う。
「こっちこそ、一緒に図書委員できて、すごく楽しかったから。ありがとう」
「うん。私も。すごく楽しかった! ありがとう」
「じゃあ。また」
「じゃあ。また」
クラスでは、まだまだ卒業までは何度も顔を合わせる。でも、放課後一緒に図書館で過ごす、こんな時間は、おそらく、もう二度とない。
校門を出て、にこやかに手を振り合って、右と左に分かれて歩き出す。
数歩進んでから、私はそっと振り返る。
見つめる先にいる琉生は、振り返らずにそのまま歩いて行く。
長い足でどんどん遠ざかっていく。
振り返ってほしい気もする。
いや、ほんとは、振り返ってほしい。
(1回だけ、振り返って。私だけに向ける笑顔を見せて)
つい願ってしまう。
けれど、数メートル先の角を曲がって、彼の姿は見えなくなった。
本当は、まだまだ、いっぱい話したかった。
ありがとう、以外の言葉も伝えたかった。
でも――――と思い直す。
胸いっぱいの溢れそうな想いは、決して伝えまい。
伝えないこの想いをエネルギーに変えて、私は彼を全力で推そう。
アイドルとして輝くライトを浴びて、いっそう広い世界に飛び出していく彼を、私はひたすら推そう。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、私の隣で図書館のカウンターにいた。
今日は、その最後の日だった。
彼とは反対方向に歩きながら、私は再び考える。
(長い長いファンタジー書いてるって、言ってたでしょ。それが無事完成するように、という願いも込めて)
やっぱり気になる。
“も”って何?
私の長編小説が無事完成するようにという願い、以外に
彼は、どんな想いを込めたん?
私は、ポケットの中の小さな箱を、そっと手のひらで包んで問いかける。
(なあ、キミの作者は、私に何を伝えようとしてたん?)
もちろん答えはナゾのままだ。
でも、確かなことがある。
この先、間違いなく琉生は、目標のデビューを果たすだろう。今以上に、どんどん活躍の場を広げていくことになる。そして、私がそんな彼の隣りにいることや並んで歩くことは、もうきっと――――ない。
歩きながら、私は涙の粒が頬を転がり落ちるのに気づき、急いでそれを拭った。
ほんとは、ありがとう以外の、同じ字数の言葉、
「大好きだよ」って……言いたかった。
そう思った瞬間、涙がぽろぽろこぼれて止められなくなった。




