㉕もしかして……リアル?
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、私の隣で図書館のカウンターにいる。
今日は、その最後の日だ。
うう。
これまで、放課後の図書館は、週に1~2回、とても静かに熱気漂う場所だった。
が、それももう今日で最後になるのだ。
館内は、さながらライブツアーのオーラス(ライブツアーの最終公演、オールラスト、の略)のような空気が漂う。熱さと切なさと溢れそうな想いに満ちている。
もっともっとそばにいたい。
もっともっと見つめていたい。
わかる。
彼と並んでカウンターに座りながら、私の思いも同じだ。
下を向いて、日誌を書いていると、
「図書館って……不思議な場所だよな」
隣で少しため息交じりに琉生が言う。
「ん?」
「同じ学校の建物の中にあるのに、教室とは全然ちがう空気があってさ。特に、放課後の図書館には不思議な空気が漂ってる気がする。教室や他の場所にいる現実の自分とは違う何かになったみたいな……なんていうのかな……そう、図書館から別の世界へつながる扉の前に立っている、冒険者みたいな、そんな気持ちになる」
今朝の夢を思い出して、一瞬ドキッとする。
そんな私には気づかず、琉生は続ける。
「ほら、お互い目の前にいても、ひとりひとりちがう本の中の世界を旅してる。今同じ瞬間、すぐそばにいるのに、心はみんな別々の場所で生きてる。時代も時間も空間も超えてさ」
琉生が静かに館内に眼差しを向ける。
「ここにいる人の数だけ、ちがうな、本の数だけ、いろんな世界がある。それってすごいことじゃない?」
「うん。そうやね」
私も力一杯うなずく。
「図書館ってすごいよね。本ってすごいよね」
琉生がほほ笑む。
「そう、それ! 私も思う。 1冊1冊の本の表紙は、こことは違う別の世界への扉やなって。やから、本読むときいつも、別の世界の扉を開くんやって、めっちゃワクワクするもん。本は一つひとつが冒険のかたまりやと、思ってる」
「うん、僕もそう思う」
私は、琉生が同じように感じていることが嬉しくて、話し出す。
「あのね、冒険、で思い出したっていうか、ずっと思ってたことなんやけど……」
大きくなりかけた声を、必死で抑えながら続ける。
「前に住んでた町でね、図書館が新しく建設されることになって。私も友達もめっちゃ楽しみで。それがさ、いざ出来上がってみたら、まったく思ってたのとは違っててん」
「うん」
琉生の目が優しい。
彼の目はいつも、相手の言葉を穏やかに受け止めてくれる、温かさがある。
私は続けて、説明する。
完成したその図書館には、大きな吹き抜けのフロアの真ん中に大きな階段が横たわっていること。
本棚は、壁沿いの細い廊下のようなスペースに並んでいて、別のフロアには、壁にあいた狭い穴をくぐり抜けたら行ける空間などがあり、建物にいろんな仕掛けがされているらしいこと。
「大きな階段や狭い穴くぐって……。それって、たとえば車椅子の人は、どうするの」
琉生が眉をひそめる。
「端っこの廊下みたいな平らなスペースを通ればいいってことみたい」
「なんだ、それ」
「その図書館を設計した人の言うには、『図書館の中で冒険を楽しんでほしい』んやて」
琉生が目を細めて厳しい表情になる。
「友達がね。言うててん。『私、車椅子では行かれへんな。そんな階段のところは』って。その子、めっちゃ本が好きな子で、新しい図書館楽しみにしてたのに。……建物でなんか冒険せんでいい、そこにある、本そのものが冒険やから、誰でも安心して手の届く場所に、その入り口を用意すればええだけやのに。そう思って、私、めっちゃ腹が立って……」
思い出して怒りがどんどんこみ上げる。
「うん。ほんとに僕もそう思う。誰もが、楽に本に近づける、手を伸ばせる、そんな設計にすべきだな、絶対」
琉生が言う。
「図書館に限らず、公共性の高いものをつくるのなら、利用者のことを様々な角度から考えて設計するべきだな。奇をてらった人目を引く建物より、使う人への配慮や心遣いの行き届いた建物の方が、ずっといい。格好良さとか、唯一無二の大胆なデザインとか、そんなもん、どうだっていい。使いやすいかどうかだろ」
なんだか琉生まで、ちょっとヒートアップしている。
「ほんまそれ!」
二人で静かに憤りながら、それでも、そんなふうに腹が立つのは、図書館が、自分たちにとって、とても大切で素敵な場所だから。
自分でも思っていた以上に、私は、図書館が好きになっている。
ひとしきり、私たちは公共建築がどうあるべきか、という話に静かに盛り上がったあと、ふっと、お互いの言葉が途切れた。
琉生が穏やかな顔に戻って、私の方を見た。そして、泣きそうなくらい綺麗な笑顔で言った。
「ねえ……今まで、ありがとう」
「放課後の図書館が、こんなに楽しくて魅力的な場所になったのは、織田さんのおかげだと思ってる。だから。……ありがとう」
琉生の心のこもった笑顔に、息が止まりそうになって、私は目を見開く。
「え。え。え……。うわあ……なんか急にそんな、お礼言われると思ってなかったから。どうしよう、なんかびっくりした」
頬が熱い。なんだか目の前がうるうると滲んでくる。
胸の鼓動が早まる。
「いや。僕、ほんとに、感謝してる」
琉生の温かい声が続く。
そして。
次の瞬間思いもしなかったことが起きた。
「で、これ……よかったら」
彼がカウンターの下で、こっそり小さな紙袋を私に差し出したのだ。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
その上、彼は、アイドルの卵でもある。
その卵が、私に何かを差し出している。
これは、夢か? 何だ?
たぶん夢だ。
それも、とてもゴージャスな夢だ。
ほとんど妄想に近い夢だ。
昨日からずっと、妄想つづきのせいだ。
私は、膝に置いた手で、こっそり膝小僧の肉を摘まむ。ぎゅうう。
イタイ、かも?
なら、これは、もしかして……リアル?




