㉔最後の瞬間
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負って、時々図書館のカウンターで私の隣りにいる。
ただ、それも今日で最後だ。
3学期の半ばで、3年生は、当番の仕事が免除される。
(よけいなことを……)と恨めしくも思うが、実際、卒業してしまうのだから、仕事を後輩たちに引き継ぐしかない。
ああ、せめてもう一年早く、同じクラスだったなら。
あ、でも、それだと、琉生は仕事が忙しくて、委員はやっていなかっただろうから、今年でよかったのかもしれない。
そうだ。
出会えていなかった過去を悲しむより、出会えた現在を大切に喜べばいい。
そうは思うものの、ついつい欲張ってしまう。
もっともっと、て。
もっとそばにいたい、って。
明日が最後の当番、という昨夜。
私はなかなか眠れずにいた。
琉生と一緒に過ごす最後の当番だと思うと、淋しくて胸がきゅうっとなる。
そして、頭の中でとりとめもなく、ぐるぐると考える。
明日が来なくていい。いや、来なければ琉生に会えないから、やっぱり明日は来てほしい。
でも、なんなら、一緒にいるときに、突如、地球に隕石がぶつかって一気に地球滅亡、というのもありかもしれない。最後の瞬間、推しと一緒にいられるなら、それはそれでものすごく幸せな気もする。
いや。待て。それだと、琉生は、どう思うだろう。
最後の瞬間にそばにいる人が私では、彼はガッカリするかもしれない。私ひとりが一方的に幸せでも、彼が幸せでなかったら、意味がない。
そうだよな。勝手にしょうもないこと願ったらあかんな。
どうせなら、ハッピーなことを想像しよう。
そんなことを思いながら、やっと眠りについた。
当番のことを考えすぎたのか、夢の中で、私は琉生と、最後の図書当番をしていた。
不思議なことに、カウンターに問い合わせに来た生徒の本を探して、私たちは、カウンターの奥の秘密の扉から、地下へと階段を降り、薄暗い地下道を、琉生が懐中電灯を持って先に進む。
「なんか出てきそうだね」
少しかたい声で琉生が言う。Gへの不安を抱いているのか。
「確かに。でも、代々の図書委員の先輩たちも、司書の先生もここから無事に帰ってきてるから、そんなひどいことにはならへんと思う」
私が応える。
「この秘密の地下通路に入るのは、初めてだね」
「うん。今まで、ここにある本のリクエストはなかったもんね」
「とにかく早く見つけて、上に戻ろう。……あ、あの扉かな?」
琉生が前方に目をやる。
通路の両サイドに並ぶいくつもの扉のうち、奥から2番目の扉が、ぼんやり薄緑がかった黄色に光って見える。
この秘密の地下通路は、求めている本のある部屋の扉が、光ってくれる仕組みになっているらしい。
「そうやね。行こう」
薄ぼんやり光る扉は、近づいてみると木製で、扉の真ん中にある、小さい窓から中の灯りがもれているのだった。
「ドアを開けるよ」
琉生が扉の前で足を止め、私を振り返っていった。
「うん」
私もうなずく。
静かにドアノブを回して、琉生が扉を開く。
次の瞬間、扉の向こうの部屋を見た琉生が、
「うわああ!!」
大絶叫を上げる。
そして、私を振り返って、中のものを私に見せまいとするように、私を頭ごと抱え込んだ。
「……見ない方がいい」
私を両腕の中に抱きしめた琉生が、絞り出すように言って、素早く後ろ手で扉を閉めた。
「何? 何?」
私は、うろたえつつも、彼の腕の中にいる幸福感でいっぱいで、ぼうっとしながら訊く。
「Gが……いっぱい……」
掠れたような声で応えた琉生の顔が紙のように白い。
「え? G?」
「……むり……」
琉生がつぶやく。
次の瞬間、私を抱きしめている琉生の体が、ずるずると力を失って通路に崩れ落ちる。琉生の体を受けとめながら、私もその場に座り込む。
どうやら、彼は意識を失ったようだ。私の肩に覆い被さるようにして、そのまま動かない。
「王子! 王子! ルイ王子! しっかりして!」
私は、自分の書いているファンタジーの中の呼び方で、彼の名を呼ぶ。彼を抱きしめる腕に力を込める。
「ルイ王子、しっかりして!」
叫んだところで、目が覚めた。
秘密の地下通路から一気に自分の部屋に帰ってきた私のそばには、当然、琉生はいなかった。
「はあぁ。夢か……」
ついさっきまで、彼を抱きしめていた感触が、かすかに腕に残っている気がする。(もちろん気のせいだ)
なんか、めっちゃ願望が出まくったような夢だった。
はずかしい。
抱きしめられたくて。
抱きしめたくて。
……そんな願望。
秘密の地下通路の冒険なんて、面白そうで、ほんとは琉生に話したい。彼はきっと楽しんでくれそうだ。ただ、Gが絡む話は避けたい。しかも、大量のGに驚いた彼が、私を抱きしめたまま気を失った、という展開を、どうして彼に語れよう。……むり。
夢の中の大?冒険を、私は胸に秘めておくことにした。
最後の瞬間、一緒にいたい、なんてことを考えていたから、妄想たっぷりの夢を見てしまったんだろう。
どうせなら、Gなんかでてこない、もっとロマンチックな夢が見たかった。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負って、時々図書館のカウンターで私の隣りにいる。
そして、彼はアイドルの卵だ。
優しくて、頼もしい王子だ。
完全無欠の王子様に見える彼だけど、苦手なものもある。
でも、そんなところもいい。
朝、教室の入り口で、彼に出くわした。
「おはよう」
いつもの美しい笑顔だ。サラサラの髪が素敵だ。
「あっ、おはよう」
「今日、最後の当番だね」
「うん。そやね。よろしく」
「こちらこそ」
そう言った琉生が、くちびるの両端を少し上げてほほ笑み、
「最後なの、なんか淋しいな」
小さな声で、ぽそっとつぶやいて、琉生はそのまま廊下を歩いて行ってしまった。
え?
今、なんて?
淋しい、って?
そう思ってたのは、私だけじゃなかったのか?
腕の中に、彼を抱きしめた感触がよみがえって、私はひとり頬があかくなるのを感じた。




