表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あのね。  作者: 原田楓香
23/39

㉓抱きしめたくて。


藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 しかも、同じ図書委員という任務?を背負って、時々図書館のカウンターで私の隣りにいる。


 やっと長い冬休みが終わって(体感としては、去年の夏休みより長かった)、彼は今、図書館にいる。そして、私も図書館にいる。3学期に入って、なかなか当番の日が巡ってこなかったので、ちょっと久しぶりだ。


 今日、私たちは、カウンターから出て館内を歩き回り、本を捜索している。

 

「行方不明本がいくつかあってね。ここに、リストは用意したから、探してみてくれる?」

 司書教諭の先生が私たちに、1枚の紙を差し出した。

「パソコンの画面上では、貸し出されていないことになってるんだけど、あるはずの棚には、何度探しても見当たらなくて。どこか他に紛れてる可能性があるから、館内の棚全部見て回って、探してくれるかな? とんでもなく全然見当違いのところに入ってることもあるから……」

 先生の言葉に、琉生がリストを受け取りながら応える。

「わかりました。見つけたら、正しい場所に入れ直して、このリストから消しておけばいいですね」

「そうそう。ペンで横線入れて、消しといて。じゃあ、ごめんね、ちょっと打ち合わせが入ってて、一緒に作業できないんだけど、閉館時間が来たら、戸締まり消灯して、カギは職員室に返しといてもらえる?」

「はい。了解です」

 私も笑顔で応える。


 館内巡回中、という札を立てて、琉生と私は、カウンターを離れる。

「どこから見る?」

 新学期を前にカットしたのか、琉生が少しだけ短くなった前髪をかき上げながら言う。形のきれいな額が、透き通るように白い。お肌はシミもホクロもなく、すべすべだ。至近距離でも毛穴が見えない。

 眉がくっきりときれいなカーブを描き、長い睫毛が切れ長の目の上で静かに上下する。完璧なまでに綺麗だ。


(もしかして、メイクしてるん? まさかな……)

 一瞬ぼんやり、その顔を見上げてしまう。

 ぼんやりしている私に、琉生が言った。

「手分けして探す? 織田さんは、どの棚がいい?」

「う~ん」

 せっかくそばにいられる当番の日に、バラバラで棚を巡る、なんて。

 そんなん、残念すぎる。

 ぜったい、……いやや。


(神様神様。ちょっとだけ、ワガママ言わせてください。彼と一緒におりたいです。だから……)

 心の中で願う。

 次の瞬間、私は、素早く提案していた。

「一緒に回ろう。2コの目よりも、4コの目で、じっくり見た方が発見しやすいかも。そうやって、一つ一つの棚を確実に、チェックして行く方がいいような気がする」

「なるほど。2人の目で見て、見落としを防ぐ、か。いいね。そうしよう」


 琉生があっさり納得して同意してくれたので、私たちは、2人でまず、入り口近くの哲学や心理学関係の棚から始める。この辺に近寄る生徒は、古い全集の棚と同じくらい、ほとんどいない。

 館内にいる女の子たちの目が私たち(注目してるのは、当然ながら琉生だけだ)の姿を追っている気配を感じる。

 リストは、1枚しかないので、2人でのぞきこむ。お互いの顔が近い。リストを持つ琉生の背が高いので、私は、少しだけ背伸びしてのぞきこむ。


「あ。ごめん、見えにくいよね。織田さんが、リスト持つ?」

 琉生が小さな声でささやく。

「いい。だって、私が持つと、琉生くん、腰かがめることになって、そっちの方がしんどいでしょ」

「あ。うん。ありがとう。じゃあ、僕が持つね」

 

 リストのタイトルを頭に入れつつ、棚の本のタイトルも、できるだけ記憶するようにしっかり見る。

 2人で、近くに立って、同じ棚をじっと見る。端から端まで。

 時々隣で、「あ。こんな本あるんだ」とか、「お。いいな。面白そう」

 つぶやくように琉生が言う。

 そして、時々、かすかにハミングしている。

 なんだか機嫌が良さそうだ。もともと不機嫌にしてるところなど見たことはないけど。

 そのハミングをよく聴くと、HSTの曲だった。お正月のライブでも歌っていた曲だ。


 ライブのときのことを思い出して、思わず小さな声でささやく。

「その曲、お正月のライブで、HSTが歌ってたね」

「え? あ。聞こえた?」

 琉生の白い頬が、一瞬、ピンク色になる。照れくさそうだ。

「うん。お正月のライブ、私も行っててん。めちゃくちゃよかったよね」

「めっちゃよかったよね。……そっかあ。織田さんも来てたんだね。僕も行ってた。想太と一緒に」

(知ってる)

「そうやね。時々大型モニターに映ってたよね。それで圭くんにファンサしてもらったりしてたね?」

「そうそう、すっごい嬉しかった」

 ほんとは、モニターに映る前から、望遠鏡や双眼鏡で琉生たちの姿を見てた、ということは言わなかった。

 どこを見たらいいか迷って、百目鬼になりたいとさえ思ったことも、もちろん、言わない。

 

 棚を眺めながら、

「ねえ。織田さんは、ライブのときって、一番どこに注目する?」

 琉生がまじめな顔で言う。

「ステージセット? 衣装? それとも出演者たち?」

「……そりゃあ、全部。セットも、衣装も出演者も全部。でも……」

「でも?」

「でも、結局のところ、一番必死で見てるのは、出演者。ステージ上を駆け巡ってる出演者ひとりを見てる」

「ひとり? 7人とか8人いても?」

「うん」

「もちろん、全体も見てるけど、でも、一番見たい人だけをどんなに遠くにいてもずっと、見てる。私の従姉妹なんか、妹尾圭くんのファンだから、最初から最後まで、圭くんしか見ない、って言いきってるくらい。ほんの一瞬だって見逃したくないって。それで、会場に1つでも多く、圭くんのメンバーカラーを灯したいからって、一緒に行った私にも、ブルーのライトとうちわを渡してきて」

「そうかぁ。確かに、圭さん、すごく素敵だもんな。実は、僕もステージの勉強だから、ステージ全体やメンバー全員の動きを見ようって思うんだけど、気がついたら、ひとりだけ目で追ってしまってることが多いんだ。特に、圭さんが出てるとどうしても……」

「琉生くんもそうなんやね」

 私がうなずくと、琉生は、ふっと目元をなごませてほほ笑むと、

「そっか……。同じ会場で、圭さんの姿追ってたんだね。同じ空間の中で、同じ人を応援しながら見てたって、なんか、いいね……」

 私は、無言で、力一杯うなずく。

(そう。同じ空間にいたんだよ。同じ人を見つめて)


 少しの沈黙のあと、琉生が低い声で、

「いつか……いつか僕がデビューして、ステージに立ったら…………いや。いい」

 話しかけたのを途中で止め、最後のところを慌てたように言って、琉生は黙った。

 でも私の耳には、……のところで、琉生が早口で

(見に来てくれる? 僕の色のライトを灯してくれる?)、そう言ったように聞こえた、気がした。

 だから、私は、声に出さずに答える。

(行く。絶対行く。ライトも、琉生くんの色を灯す。そして、ずっと最初から最後まで、琉生くんだけを見てる)


 そこに何人いようと、本当に、一瞬でも見逃したくない人は――――ひとりだけ。

 



 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 しかも、同じ図書委員という任務?を背負って、時々図書館のカウンターで私の隣りにいる。

 

 今、私たちは、カウンターの外で、本棚に向かって立ち、行方不明の本を探している。


 隣で、一番上の段を見つめていた琉生が、ハッとしてかたまった気配がした。ハミングが止まる。


「どうしたん?」小声で訊くと、

「いる」

「え?」

 

 何が? と訊くまでもなかった。

 琉生は、私の腕を引っ張って、哲学書の棚を離れ、カウンターに向けて走り出した。カウンター内には、最近、装備された、G対策用のスプレー缶がある。噴射したら凍りつくというヤツだ。

 

 琉生が突然、私の腕をとって走る姿に、館内が大きくざわめく。

(なんで腕組んでるの?)

(何、あの子、あんなにくっついて)

 非難の矢?が飛んでくる。


(ちゃうねんちゃうねん。腕組んでるわけちゃうねん。緊急事態やねん)

 ざわめきに向かって、誤解だ!と言いたいところだ。

 私は、素早く彼から離れて、カウンター内のスプレー缶を手にする。Gよりも、女子たちの視線の方がもっと怖い。

「私が行くから。まかせて」

 力強く琉生に言う。



 私が、Gから琉生を守る。

 あ、ちゃうか。

 Gから図書館を守る?


 とにかく、私は、缶をいつでも噴射できるように構えつつ、棚に戻る。テキがさっきと同じ場所にいるとは限らない。警戒を怠ってはならぬ。視線を左右に走らせる。

 さっきの棚まで戻ると、まだ、テキはのんびり、一番上の棚にいた。

 でも、私の殺気を感じたのか、ささっと棚の向こう側に移動した。そして、入り口そばの低い本棚の上に飛び移った。


「うぎゃ!」琉生が、うめく。

 よりによって、琉生がその棚の近くにいたのだ。

 たぶん、自分だけ安全圏にいるなんて、私に申し訳ないと思って、近くまで戻ってきたのだろう。

 

 Gが狙いやすい位置で動きを止めた。琉生のすぐ近くだ。

「離れて!」

 私は琉生に叫び、Gに向かって凍らせるスプレーを噴射する。

 慌てて飛び退いた琉生のすぐ近くで、Gは凍りつき動きを止めた。

 凍ったGを素早くティッシュで捕獲して、「ごめんな。でも、今度はここへ来んといてな」と謝りつつ、古い新聞紙でくるみビニール袋に入れた。

 

 一段落ついて、

「ふう。これ、ちょっと片付けに行ってくるから。カウンターよろしく」

 私は、琉生に言う。

「え、でも」

「お客さんいてるから」

 カウンター前に、何人か本を持って立っている子たちがいる。常連さんたちだ。 

「じゃ、よろしく」

 琉生にそう言って、私は、ついでに館内のすべてのゴミも袋にひとまとめにして、歩き出す。


 入り口まで来ると、横から、にこやかな声がした。

「勇敢だったね。おつかれさま」

 学級委員の佐藤くんだった。

「あ。来てたん?」

「うん。手伝おうかと思って、そばまで来たけど、あっという間の活躍で。カッコよかったよ。お見事!」

「ええ~そんな、恥ずかしい~。必死やっただけ」

「いや、それにしても、琉生があんなにかたまっておびえてるの珍しいな。初めて見た」

 佐藤くんが、ふふと笑う。

「私は2回目。前は肩に乗られて、めっちゃ焦ってた」

「いつも冷静な顔してるのに、あんな琉生みたら……ちょっと可愛いな」

「たしかに」

 

 2人で図書館を出て、少し歩き出すと、すぐに後ろから足音が追いかけてきた。琉生だった。

「織田さん、ごめん。織田さんでないと、わからない問い合わせがあって。僕が、それ捨ててくるから、対応お願い」

 私の手から、さっとゴミ袋を奪って、琉生が佐藤くんと並ぶ。

「え? あ。うん。ありがとう。……じゃあ。」

 私は、琉生にお礼を言って、佐藤くんにも手を振った。


 2人は歩き出し、佐藤くんが、琉生に話しかけている。

「今日はめっちゃ貴重なシーン見たなぁ~」

「うるせ~。ほんとに、Gだけは無理なんだよっ」

 琉生が少し乱暴な言葉遣いで、佐藤くんに言い返している。

「ふ~ん。そう? オレが言ってるのは、Gのことだけじゃないんだけどね~」

 佐藤くんが笑っている。

「他に何があるんだよ」

 琉生のちょっとムキになっている声。

「いやあ~ないない~あるけど、ない~」

 佐藤くんの歌うように笑う声。

 

 よくわからない2人の会話を背後に聞きながら、私は、急いで図書館に戻る。

 ところが、カウンターには、誰の姿もなくて、私は首をひねった。

 周りを見回す。でも、誰もいない。

 もしかしたら、当番が誰もいなくなって、あきらめて行ってしまったのかも。

 だとしたら、ごめんなさい、だな。


 カウンター内で座っていると、しばらくして、琉生が戻ってきた。

「ほんとにごめんね。ありがとう。毎度、情けないところをお見せして」

 琉生がぺこりと頭を下げる。

「だいじょうぶ。誰でも苦手なものはあるんやし」

「ありがとう」

「私も、青虫とか芋虫とかムカデとかは全く無理やから、そういうのが出たときには、頼むね」

「うん」

 琉生が神妙な顔でうなずく。

 うん、とは言ったものの、まかせとけ、って顔じゃない。

 もしかして、虫全般無理な人なのかも?


「もしかして、琉生くん、虫全般、苦手?」

「……う。いや、大丈夫なのも、ある。カエルとか」

 私は思わず吹きだしてしまった。

「それって」

「あ。カエル、虫じゃなかった」


 可愛い。

 やっぱり、私は、この人が、大好きだ。

 ――――アイドルでもそうじゃなくても。


 虫ぐらい、私がなんとかするよ。

 ――――困った顔で目の前にいるその人を、抱きしめたくて。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ