㉑煌めいて
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負って、時々図書館のカウンターで私の隣りにいる(こともある)。が、今は冬休み中なので、図書館にはいない。
そんな彼は、アイドルの卵だ。
彼は、今、ライブ会場にいる。
そして、私も同じ会場にいる。
今日は、元日。HSTのライブだ。今日は昼公演のみで、私は、従姉のマユちゃんと早めのランチを済ませたあと、会場であるドームに出かけた。
早めにライブ会場に着いて、開演時間を待つ。新年早々なので、晴れ着姿の女の子たちもいる。みんなすごく気合いの入ったおしゃれをしている。
いつもよりはちょっと可愛いめのワンピを身につけて、髪も念入りにブローして、それなりに可愛くしてきたつもりの私たちだけど、晴れ着やゴージャスに着飾った子たちには遥かに及ばない。
ドレスアップって、どんな服を着たらええのかな?
おしゃれしてる子たちは、フルメイクで、ネイルもキラキラした飾りがついていて、靴もヒールの高い凝ったデザインのものだ。特に、HSTのファンの多くは、年齢層が私たちよりも少しだけ高いので、おしゃれには気合いもお金もかかっている。自分で稼いでいるOLのお姉さんたちが多いのかもしれない。
お小遣い貯めて、とか、アルバイト代を貯めて、というような、私やマユちゃんとは使えるお金の額も全然違うんやろな。
ふと思う。
いつか琉生がデビューして、彼のコンサートに行く日が来たとき、私は、どんな姿をして行くのだろう。
ここ数年のうちに彼がデビューしたとして。
私は、お小遣いかアルバイト代を貯めて、精一杯のささやかな、ほんの少し普段着よりはマシなくらいの服を着て。
舞台で煌めく彼を遠く離れた席から双眼鏡で見つめて。
胸がきゅうっと苦しくなる。
その頃には、きっともう図書館のカウンターに一緒に並んで座ることなんてないだろうから、直接言葉を交わすこともなくて。ただ遠くから見つめるだけなんだ。
泣きそうになって、私は必死で心の中で呪文を唱える。
藤澤琉生。
彼は私の推しだ。
そう。彼は推しなんだから。
遠くで見守るのは当たり前だ。遠く、ずっと遠くから見つめるのは当たり前だ。
言葉を交わすことなんて、なくて当たり前なんだ。
うう……
その日を想像して、ジワッと涙が浮かんでくる。
そのとき、隣で望遠鏡で会場全体を見回していたマユちゃんが、小さく叫んだ。
「おる!」
「え? 誰が?」
私も慌てて聞く。
「琉生くんと想太くん」
「うそ! どこどこ?」
一気に鼓動が早まる。まさか、出るの? え? そんなん聞いてへん。
私は、マユちゃんの横で、急いで双眼鏡を目に当てた。
「バックステージ側!」
「え? え? わからへん」
双眼鏡では、自分が今どこら辺を見ているのか、よくわからない。
「これ、使い」
マユちゃんが急いで自分の使っている小型の望遠鏡を渡してくれた。マユちゃんのお父さんがバードウォッチング用に買ったという、高性能のヤツだ。でも、実際はマユちゃんがライブ用に使うことの方が多いらしい。
これだと、自分がどこを見ているのか、方向が定めやすい。
言われたとおり、バックステージ側に望遠鏡を向ける。
バックステージ側にはテレビの取材カメラも入っているようだ。スタッフらしき人たちがバタバタと出入りしている。
そして、そのすぐ近くに、琉生と想太の姿が見えた。
彼らが、何か話して笑っているのが見える。横を通る取材スタッフらしき人たちと、挨拶なのか、笑顔で何か声をかけあっている。
もしかしたら、近いうちにテレビの情報番組で、今日のライブの映像が流れるかもしれない。そのときに、琉生と想太の姿も出てくるかもしれない。
泣きかけたことも忘れて、久しぶりの琉生の姿から、目が離せない。
サラサラの髪。目元をなごませてほほ笑む顔。
あ、軽く、隣の想太を小突いて、苦笑いしてる?
あ。白い歯を見せて笑った。わあ……。
思わずため息が洩れる。
ああ。
神様。どの神様にお礼を言ったらいいのかわからないけど、この世界中宇宙中にいらっしゃる、すべての神様仏様。
感謝です。
遠くても何でも。直接言葉を交わせなくても。
彼が元気な姿で、笑ってる。
白い歯を見せて、普通に笑ってる。
年末に観たドラマの彼が、あまりにも薄幸すぎて切なかったから。
こうして自然な笑顔で、幸せそうに笑ってる姿を見ると、なんだかむちゃくちゃに嬉しさがこみ上げてくる。
やったあ~。笑ってる。
笑ってる。
笑ってる。
嬉しくて踊り出したくなるような気持ちになる。やっぱり私は、彼に笑っていてほしい。
彼がどこにいようと。
私がどこにいようと。
遠く遠く離れていようと。
彼は推しだ。私の大事な、大事な推しだ。
彼が幸せそうに笑っている。
笑っている彼が好きだ。
彼が幸せでいてくれたら。
それでいい。……それでいい。
彼の笑顔を胸にそっと刻みつけながら、私は、望遠鏡をマユちゃんに返す。
「ありがとう。琉生くんめっちゃいい笑顔やった」
マユちゃんがうなずいた。
私は、会場全体をゆっくり見回す。
少し青みがかったような光が天井から会場中を満たし、静かな熱気を抱えながらそのときを待っている。
開演までの、この時間がすごく好きだ。
今、彼も、この同じ景色を見ている。ステージ上からではなく、同じように客席から。
一緒やね。
同じ空間で。
同じ楽しみとワクワクを抱いて。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負って、時々図書館のカウンターで私の隣りにいる(こともある)。が、今は冬休み中なので、図書館にはいない。
そんな彼は、アイドルの卵だ。
彼は、今、ライブ会場にいる。
そして、私も同じ会場にいる。
同じようにときめきながら、ライブの開始を待っている。
客席のライトが消えて、開場は一転して青から華やかな色を帯びた眩しい光に包まれて、ライブが始まった。
ステージがいつも以上に眩しく煌めいて見えた。




