⑳見せかけの
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負っている。が、今は冬休み中なので、図書館にはいない。
そんな彼は、アイドルの卵だ。
彼は今、テレビ画面の中にいる。といっても、今私が観ているのは、テレビ番組ではない。
彼の所属する事務所、EMエンタテインメントの研修生たちが出演しているネット動画を、テレビで観ている。
クリスマスバージョンと、お正月バージョンの2つ。
琉生は想太と2人で、おそろいの白いセーターを着て、2人で一緒に一本の長いマフラーを巻いている。
ふざけた琉生がにやっと笑いながら体を横に動かすと、マフラーに引きずられるようにして、想太が、
「うわ。首絞まる首絞まる。あかんて、琉生!」と叫んでいる。
そうかと思うと、想太が琉生にぎゅうっと抱きついて締め付け、
「うわ。くるしいくるしい、ギブギブギブ」と琉生がわめいていたりする。
2人でいると、こんなふうにふざけたりもするのか。ちょっと新発見な気分になる。
もしかしたら、そういう演技なのかもと思ってみたけれど、2人とも、とてもくつろいだ笑顔で、幸せそうだ。
(ほんまに仲ええんやな……)
なんだか嬉しくなる。
彼らのいる世界がどんなにハードなところなのかは想像がつく。それだけに、一緒にいてくつろいだ笑顔でいられる相方が彼のそばにいてほんとによかったって思う。
それにしても、2人とも白いセーターがよく似合う。一本の長いマフラーには、Souta & Rui の白い文字が編み込まれていて、マフラーのきれいなブルーによく映える。
(うわあ、このマフラー欲しいかも)
彼らの先輩グループの動画を観ているときに、メンバーたちがぽろっと、「これを撮っている今は、真夏で~す。暑いで~す」「でも、コート着てマフラー巻いて、メリークリスマ~スとか言ってま~す」なんて苦笑いしていた。おそらく、琉生たちも同じ頃に撮ってたのかもしれない。
そう言えば、夏休み明け、初めて彼が登校してきた日、この夏は忙しかった、というようなことを佐藤くんと話していたよな。
すごく不思議な気がする。
まだ去年の今頃は、私にとって、琉生はテレビ番組やネット動画、そして雑誌の中の人だった。
自分の小説の中で活躍させたい、理想の王子様として、遠くからひたすら憧れていた。
まさか、そんな彼と一緒に図書館のカウンターに座って、当番の仕事をしたり、本の話をしたりする日が来るなんて、夢にも思わなかった。
なんてゼイタク。いや、カタカナで軽く書いちゃいけない。めっちゃめちゃ贅沢だ。
贅沢かつ幸せなこの状態が少しでも長く続けばいいのにと思う、けど。
「ねえ。そろそろスタンバイする?」
この年末年始、大阪からうちに泊まりに来ている従姉のマユがリビングに入ってきた。
「ん? あ。ほんまやね。うっかり動画見ててオープニング見逃したらあかんね」
琉生に見とれてぼ~っとしてしまっていた。急いで動画を止めて、テレビに切り替える。
もう少ししたら、EMエンタテインメント『年忘れライブ』がテレビで放映されるのだ。もちろん録画予約済みだ。それでも、リアルタイムで、今この瞬間の彼らを見たい、という気持ちはすごくよくわかる。
「これ、毎年ほんま嬉しいよね。会場には行かれへんくても、テレビでやってくれるねんから、めちゃ感謝やわ」
この年忘れライブは、大晦日の午後にEMエンタテインメントのデビュー組が中心になって出演するもので、研修生や練習生たちも大勢、先輩たちのバックにつく。ほぼ事務所総出と言っていい。
小5のときからずっと出ているという琉生と想太だけど、今年は受験生だから出ないかもしれないな、と思いつつ、従姉と一緒にテレビの前で座り直して、始まるのを待つ。
「今回はな、NIGHT&DAYが、オープニングやねん。もちろん途中も最後もでるけど」
「へえ」
マユは、NIGHT&DAYとHSTのかけもちファンだ。
今回彼女は、HSTの年末年始のライブに行くために、大阪から来てうちに泊まっている。おかげで、私も元日のHSTのライブにつれていってもらうことになっている。
親からの「受験生なのに」攻撃を受けることのないよう、日々一生懸命勉強している姿をアピールもしてきたし、実際それなりに成果も出てきているので、親もなんとかライブに行くことを認めてくれた。
しがない受験生の身には、大学生の従姉が自由に見えて、すごくうらやましい。
「マユちゃんはいいね。大学生は、もう受験ないから、いくらでもライブ行けるやん。チケット代もバイトで稼げるし。私ら、お年玉とかお小遣いせっせと貯金して、やっとやで」
「まあね。とは言うても、予算には限りがございますので、いくらでも、ってほどは行かれませんわ~」
従姉は苦笑いしながら言う。
「そっか……」
「そうやで、ほんとは、もっといっぱい行きたいけど、HSTとNIGHT&DAYだけに絞って、しかも、参加会場は、大阪と東京に限定してさ。他のとこは、交通費+宿泊代かかるから。東京のときはここに泊めてもらえてどんだけ助かってるか。チケット代だけでも1万近くするもんね」
2人で思わずため息が出る。
「なんかさ、全国の会場追っかけて回る人っていてるやん? そんなん、どんだけお金持ってはるんやろね」
「稼いだお金全部つぎ込んでるのかな」
「ひえ~」
「それか、お家が超絶お金持ちとか? うらやまし。……あ。ところでさ、NIGHT&DAYが出るんやから、バックで琉生くんたちも出るんちゃうの?」
マユちゃんが言う。
「いや~どうやろ? NIGHT&DAYが出るときは、いつもならバックについてるんやけど、今回は受験生やからなぁ……」
「出てたらいいね~」
「うん」
やがて、CMが終わり、画面が、広いドーム会場の映像に切り替わる。客席は満席だ。画面からでも熱気が伝わってくるようだ。
事務所の全グループが出演するので、この日のチケットは、ほぼほぼ入手不可能と言われている。じゃあ、会場にいる人は、どうやって入手したのか? 不思議だ。
このチケットに当たったら、もう1年分どころか、数年分の運を使い果たしたような気がするだろうから、テレビで見てるくらいがちょうどいいのかもしれない。
番組のタイトルコールを司会役のグループのメンバーたちが高らかに告げて、NIGHT&DAYが、センターステージに飛び出してきた。
事務所の若手の中で人気ナンバーワンと言われる彼らは、可愛いもカッコいいも兼ね備えた魅力的なグループだ。もちろん、私も好きなので、じっと見ている。
けど、私が目を凝らしてみているのは、彼らのバックや会場中で踊っている研修生たちだ。
その中に、必死で琉生の姿を探す。
「あ! いてる!」マユちゃんが叫ぶ。
「え? ほんま? どこ?」
「ほら、あそこ。バックステージ側のわりと客席に近いとこ」
「わ。わ。ほんまや。おった」
センターステージからバックステージに移動してくるNIGHT&DAYのメンバーたちと一緒に、画面の中心が、琉生たちのいる場所に近づく。
画面に琉生と想太の踊っている姿が一瞬大きく映る。ひときわ大きな歓声が上がる。会場でも大画面モニターに映っているのだろう。
2人が一緒にいるので、カメラも捉えやすかったのかもしれない。2人のはじけるような笑顔とパワフルに踊る姿が、NIGHT&DAYのメンバーのすぐ近くに見える。メンバーたちが移動のトロッコに乗る直前、そばにいる琉生と想太に、ハイタッチする姿が映って、きゃあ~っとまた大きな歓声が上がる。
やがて、ステージには次のグループが登場して、琉生たちの姿は画面からは見えなくなった。
画面から、NIGHT&DAYも琉生たちの姿も消えて、私も真由ちゃんも大きく息を吐いた。
彼らの姿を見つめていた間、息をすることも忘れていた気がする。
「おしごと、してたね」
「うん。今年は、受験生やから、仕事減らしてもらってるって言うてたけど」
「そっか……それでも出てるんやね~」
「うん」
琉生の姿に会えない冬休みを、私は、ただ淋しいと思って、今何してるんやろうとか、勉強の合間にはそんなことをぼんやり思っていた。
彼は、受験勉強しながら、その合間に仕事をして、ステージにも立って。与えられた時間は一日24時間で、同じのはずなのに。
ああ。
なんか……全然違うな。
がんばる、のレベルがまるでちがう。
自分は、受験勉強がんばってますって、親にアピールして、それでがんばってるつもりになってた。
なんだよ、それ。
まるでガキやんか。
叱られないようにって予防線はってるだけの、見せかけのがんばり。
ナサケナイ。
画面の中では華やかなシーンが繰り広げられてゆく。
みんな、すごい。
こうやって人前に立つまでに、彼らがどれだけの準備と練習と努力を積み重ねてきたのか。
誰より大好きな推しを前に、ただぼ~っと見とれているだけの自分でいいのか。
今は画面に映っていないけど、琉生の姿が目に浮かぶ。
ステージに立つということ。それも学園祭とかではなく、お金を払って観に来ているお客さんたちの前でステージに立つということ。
そのために、彼らが背負っている責任。
そう考えると、自分がすごく甘いガキに思えてくる。
「あかんわ。マユちゃんごめん。私、勉強、してくる!」
「え、どしたん? 急に」
「琉生くんたち、めっちゃがんばってると思ったら、私、じっとしてられへん。でも、今私に出来るのは、なさけないけど勉強しかないねん。せやから……勉強する。やから、ごめん。マユちゃん、1人でテレビ見ててな。あとでどんなんやったか教えて」
「え。う、うん」
私の勢いに、気圧されたように、マユちゃんがうなずく。
「明日は、一緒に、HST 観に行くしね。今日は、ガマンして、勉強するよ」
私は笑ってみせた。
でも、ほんとは、胸の中では、激しい焦燥感の嵐が吹き荒れていた。
こんなしょうもない自分で。
もしかしたら、彼が多少は好意を持ってくれている? なんて。
何を調子のいい願望を持ってたんやろ。
そんな値打ちのある自分か?
親に文句を言われないための見せるための努力じゃなしに、
自分の目標とか、夢とか、そんな大切なことのために、がんばれてる?
ソファから立ち上がったとき、一瞬テレビの画面が目に入った。
琉生が想太と並んで、テレビカメラに向かって、溢れんばかりの笑顔で手を振っている。
汗の浮かんだ額に、少し乱れた前髪がかかって、切れ長の澄んだ瞳が、真っ直ぐにこちらを見ている。
(あかん。素敵すぎる)
なんだか心がぐらぐらして、目の中に一気に涙が浮かんでくる。
(やっぱり、私は、この人が)
大好き、そう思いかけて、私は、心の中で急いで呪文を唱える。
藤澤 琉生。
彼は私の推しだ。
彼はアイドルの卵で、そして、私のクラスメートだ。
(めちゃくちゃ大切な人だ)という呪文のつづきを、私は『大好き』という言葉と一緒に、心の奥に押し込んだ。




