②血の気、多め?
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。
放課後の図書館に、熱い期待と緊張感が漂う。ただ、場所が場所だけに(図書館だ)、みんなが必死で興奮を抑えて静寂を保とうと努力している気配が伝わってくる。
今日は、3年1組、うちのクラスが放課後の当番に当たっている。つまり、琉生がカウンターにいるのだ。
わかるよ。わかる。
推しが、図書委員としてカウンターにいる、なんて大大大チャンス、誰だって見逃せない。
同じ委員として隣に座っている私だって、一週間の中で、この日をどれだけ心待ちにしているか。
普通ならライブやテレビで見るだけの存在が、すぐ目の前で、自分たちと同じ制服を着て、そこにいる。なんてなんて贅沢な時間だろうと、ありとあらゆる神々に感謝しまくりたい気分にすらなる。
「あのさ」
カウンター前に座るなり、琉生が言った。
「ん?」
私は、首を傾けて、琉生を見る。
「探してる本があって」
「うんうん」
(まかせて! なにがなんでも見つけてみせるよ)
「題名が、わからなくて」
「表紙の色とか、タイトルの一部分だけでもわかる? 長いタイトルだったとか。短めとか」
「そんなに長くないと思う。海外小説だよ。表紙はね、う~ん。わからない。 文庫だって言ってた。外国の作家の翻訳物」
「言ってた、ということは、自分のじゃなくて、お姉さんのさがしもの?」
「そう。レイ……お姉ちゃんが、もう1回読みたいけど、タイトル忘れたし、本も見当たらないって、言ってたんだ」
「ざっくりどんな感じのお話?」
「えっとね……簡単に言うと、タイムスリップもの。で、主人公はアメリカ人女性で、イギリスに婚約者と車で旅行中にケンカか何かして、知らない土地で1人でほっぽり出されるんだ。貴重品の入ったバッグも全部車の中で、彼女は途方に暮れる」
「なんやそいつ! 許せんな」
小説の話なのに、私の頭に血が上る。思わず小声で言って、こぶしを握る。
「……そういうと思った」
琉生がクスリと笑って、言った。
「織田さんって、結構、血の気、多めだよね」
「……おっしゃるとおり」
肩をすくめながら、私は、以前読んだ本の中にそれに似た話がなかったか、頭の中で検索を始める。
「でね、彼女が墓場か教会で、1人で嘆き悲しんでるときに、不思議なことに、その場所に一人の男性が突然現れてね」
「うんうん」
(なんかその展開、聞いたことあるような……)
「その人は、なんと昔の騎士の姿で、自分はその土地を治めている領主だって言うんだ。はじめは、彼を怪しく思っていた彼女なんだけど、結局、彼と行動を共にするんだ。彼も自分も、いきなり、慣れない場所に放り出されてしまったのは同じだし、ってことで共感したのかな」
私の頭の中に、なんとなく、あれかな? という本が思い浮かび始める。表紙のイラストもぼんやり浮かぶ。でもタイトルは……まだだ。まだ出てこない。
「荒唐無稽だけれど、展開が面白くて、あっという間に読んじゃったって。後半は、逆に、彼女が彼の時代にタイムスリップしたりもして、いつしか2人は恋に落ちる……」
(ああ。あれかもしれない。確か、アメリカのロマンス小説だ。時を超えて知り合う話だから、なんかタイトルに『時』って言葉がついてたような……)
頭の中に、家の本棚が浮かんだ。
次の瞬間、
「……時のかなたの恋人」
「え?」
「たぶん、そんなタイトルだった。作者はね、えっと、ジュード・デブロー。うちの本棚で、その本見かけた気がする。母親が、英語のペーパーバックも持ってたと思う」
「え、ほんと?! やった」
「家に帰って確かめてみないとわからないけど、あったら、明日持ってこれるよ。それをお姉さんに見てもらって確かめたらいいよ」
「いいの? ありがとう。やったぁ~。すごいね。さすが、織田さんだ」
琉生の言葉に、私は、にっこりとほほ笑んだ。
隣で、琉生が小さな声で、嬉しそうに何度も「やったぁ~」と繰り返している。
しかし。
たぶん、私の方が、もっとたくさん、心の中で、「やったぁ~」と繰り返している。彼は気づいていないかもしれないけれど。
大事な推しの役に立てた。そのことがとっても嬉しい。
しかも、『すごい』『さすが』、なんて最大級の褒め言葉までいただいてしまった。
今日はいい日だ。めっちゃついてる。
ちゃんとすぐに答えられた自分を、力一杯自分で褒めたいくらいだ。帰りに、ケーキでも買ってかえろうか。
藤澤 琉生。
彼は、私、織田 空の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。
そして。
彼は、私の描く物語の主人公の、モデルでもある。
いつか、その役を実写版で彼に演じてもらうこと。
それは、秘かな私の夢、いや、野望だ。
今、彼は、カウンターを出て、ブックトラックを押しながら、棚に本を戻している。
その後ろ姿を眺めながら、ふと、さっきの彼の言葉を思い出した。
「織田さんって、結構、血の気、多めだよね」
……バレてたのか?
おとなしく穏やか、を基本路線にしていたのだが。
実はそうじゃないことを見抜かれていたのか。
クスリと笑う、涼しげな彼の横顔を思い出して、私は、1人赤くなった。