⑲呪文
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負っている。が、今は冬休み中なので、図書館にはいない。
そんな彼は、アイドルの卵だ。
その卵は、今、テレビ画面の中にいる。
年末に放送された2時間のスペシャルドラマに琉生が出ているのだ。
冒頭のシーンの姿があまりに美しく切なくて、画面に釘付けになった人も多く、ネット上では、『雨にうたれて』『泣いてる』とか、『藤澤琉生』が検索ワードのトレンド上位になっている。
冒頭の涙のシーンから一転して、物語は少し時を遡り、琉生が演じる少年と、年上女性の思いがけない出会いが描かれる。それは少年にとっては、初めての恋へと育っていく。
戸惑いながらも、純粋な少年の思いは、真っ直ぐに彼女に向かって突っ走り始める。
見ていると、その性急さはあまりにも危なっかしくてハラハラしてしまう。でも、十代の少年らしいひたむきさや揺れるココロが丁寧に描かれて、見ているこちらまで、ドキドキしてしまう。
画面の中の彼を見ながら、ふと思う。
琉生は、本当の琉生自身は、どうなんだろう。
いつかこの役の少年みたいに、誰かのことをこんなに激しく好きになって、夢中で恋をして、ココロ揺れ動いたりするんだろうか。
自分の知っている琉生は、いつも穏やかで、おっとりと優しい笑顔で、荒れているところも、感情を高ぶらせるところも見たことがない気がする。合唱コンクールに熱く取り組んで、最後に涙する姿は見たけれど。
誰かとケンカするところも見たこともないし。
画面の中の少年は、いつもの琉生とは少し違う。
繊細な一面もありつつ、魅力的なイケメンでモテモテで、でも誰かと本気の恋をすることはなかった彼が、初めての恋にときめき一喜一憂する。その行動が、ちょっと笑えて、愛おしい。
そんな彼を近くで見守る先輩青年との掛け合いがまた面白い。兄弟のように仲のいい2人の関係性が少しずつ変化し、やがて、お互いの感情をぶつけ合うような熱く切ないシーンも出てくる。
先輩青年の役は、最近人気の高い俳優さんで、このドラマの主人公でもある。
かなりのイケメンだが、可愛げがあって、親しみの持てる雰囲気なので、好感度が高い。少し妹尾想太にも雰囲気が似ている。年齢は、その俳優さんの方がずっと上だが。
ドラマが進んでいく中で、琉生演じる少年は、初恋の彼女と自分が、ある事件の加害者と被害者の関係であったことを知る。恋心と、復讐心の狭間で、彼は次第に追い詰められていく。
さらには、終始近くで自分を見守ってくれていた先輩青年の抱える秘密を知ってから、その苦悩はいっそう深まっていく。
笑えるコミカルなシーンも、心温まるシーンも、胸に深く迫るようなシーンも、素晴らしいバランスで盛り込まれ、最後まで目を離せないドラマだった。
主演ではないけれど、琉生の演じた役はあまりに鮮烈な印象を残して、ほとんど主役と言っていいほどだった。ネットの書き込みでは、冒頭のシーンで目が引き寄せられて、そのままついつい見入ってしまったという声もあったようだ。
「……すごいね」
見終わったとき、隣で見ていた弟が言った。
「この人、姉ちゃんの友達なんやろ?」
「うん。友達っていうか、同じクラスの人」
「めちゃくちゃカッコいいし、めちゃくちゃ……なんかすごい人やな」
めちゃくちゃボキャブラリーの不足は感じるが、彼が感動していることは十分に伝わってくる。
「同じ人間って気がせえへん。なんか……なんでこんなにきれいなん? この人は」
弟が続ける。
「こんな人が、いつも目の前におったら、姉ちゃん、めっちゃドキドキするんちゃう? 」
「まあね」
(しないといったらウソになる)と心の中で付け足す。
でも、家族に自分の気持ちをあまり正直には言いづらい。なんかテレくさいからだ。
なので、できるだけテンション低めに応じる。
そんな私の内心は知らずに、弟は、ひたすら嬉しそうに続ける。そんな彼がほんの少し羨ましい。
「いいなあ。めっちゃカッコいいし。笑ったところとか、ボクでもドキッとした。泣いてるところなんか、つられて泣きそうやった」
「そやね」
短く応える。やばいからだ。
泣きそうどころか、ドラマを見ている間、泣きまくった私は、そのシーンを思い出すだけでも、また涙が溢れそうになるのだ。刺激してくれるな、弟よ。
こらえようとしても涙が勝手に湧いてくる。
「あ。姉ちゃん、また泣いてるん?」
弟が無邪気に言った。
「うるさい。泣いてるわっ。これ以上刺激するな。もう、早よ部屋行き」
急いで涙を拭って、弟を部屋に追い立てる。
もう少しだけ、余韻に浸らせてほしい。
幼い彼の幸せな笑顔のシーン(このシーンは琉生ではない子役)、そして、ある日彼の家族を襲った悲劇、泣いている幼い彼、成長して、周りの人たちと軽口を交わして笑っている、何気ない日常のシーン、そして、出会いと初恋。幸せそうな笑顔と、その後、追い詰められていく姿。
本当にどのシーンも美しすぎて、切なすぎて。
泣いているシーン以上に、笑顔のシーンを思い浮かべると、涙が堰を切ったように溢れてくる。
彼が愛おしくて。あまりにも愛おしくて。ただただ切なくて、愛おしくて。
その気持ちは、ドラマの中の少年への気持ちなのか。琉生自身への気持ちなのか。
もはや、自分でもよくわからない。
わからないまま、私の心に熱い想いが溢れる。
それは、『好き』という簡単な2文字では表しきれないほど熱くて深くて、そして、息苦しさを伴う『愛おしい』気持ちだ。
私は、急いでまた呪文を唱える。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負っているが、今は冬休み中なので、図書館にはいない。
そんな彼は、アイドルの卵だ。
その卵はついさっきまで、テレビ画面の中にいた。
そして、私を散々泣かせた。いや、今も涙が出てるから、現在進行形『泣かせている』だ。
「空~、そろそろお風呂入りや~。ドラマもう終わったんやろ~?」
お風呂からお母さんの声がする。
「わかった~入る~」
返事を返して、私は立ち上がる。
よし。気分を入れ替えよう。
そして、お風呂から上がったら、私の物語の中で、我が王子の幸せなシーンをいっぱい書こう。
クラスメートと冗談を言って笑い合ってる彼も。
カウンターでウトウトしている彼も。
ゴキブリに肩に乗られて怯えている彼も。
本を手にして目をキラキラさせている彼も。
これまで私がそばで見てきた――――ごく当たり前の日常の中で生きている彼を、描こう。
やっぱり、笑っている彼がいい。
笑っている彼が――――大好きだから。
呪文が効いているのかどうか、よくわからないけど。
でも、確かなことが一つある。
藤澤琉生。
彼は、私の推しで、そして、めちゃくちゃ、『大切な人』だ。
呪文が少し長くなった。




