⑯律儀な卵
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。
ただ今、彼は、絶賛お昼寝中だ。
カウンターにいる私の隣で、静かな寝息をたてている。
図書館の中は、いつも以上に静かだ。それは、王子の眠りを妨げまいとする女子たちのココロ優しい気遣いなのだろう。(いや、もしかすると、琉生の寝息を聞きたくて、耳を澄ましているだけだったりして?)
とにかく、常連さんたちが本のページをめくる音がかすかに聞こえるだけの館内だ。
すうすうと透き通るような穏やかな寝息。寝息まで、王子らしく、可愛く上品なのは、さすがだ。
(ほんまにしずかやな。きっとこのひとはイビキかいたりなんかせえへんのかもな)
時々電車の中で、すっごいイビキかいて居眠ってるおじさんもおるけど、もしかして、琉生もおじさんになったら、そうなるのかな? いや、それはないか……。
でも。間違いなく、いつか、琉生もおじさんになる日が来るんだよな。……まったく想像できへんけど。
そっと横目で、絶賛昼寝中のわが推しを見る。
長い睫毛に縁取られた瞼がその切れ長の目をそっと覆い、白い頬がうっすらピンク色になっている。ブレザーの肩がわずかに上下する。横目だからよくは見えないけど、ほんとに、白くてなめらかな肌だ。
ちょっと無防備な寝顔なのに、彼は、ヨダレ一つたれるでもなく、気持ちよさそうにすうすう眠っている。
起こせない。っていうか、起こしたくない。
なんなら、彼が自然に目覚めるまで、ずっとこのままにしておきたいのだが。
でも、そういうわけにもいかへんよな。う~ん。
心の中で腕組みしたとき、頭の上から声が降ってきた。
「あれ? 琉生、寝てるの?」
ささやくような声だ。聞き覚えがある。
顔を上げると、同じクラスの委員長、佐藤くんだ。
「あ。佐藤くん」
「織田さん、当番お疲れさま。……こっちもよっぽどお疲れかな?」
彼はそう言って、ほほ笑みながら琉生を指さした。
「英語の問題集読みながら、あくびずっとこらえてたから、20分ほど仮眠したらってことになって」
「そうかあ。仕事減らしてもらってるって言いながら、なんやかんや出てるもんな」
「そうそう。どうやって時間のやりくりしてるのかなって、思ってしまうね。ほんとすごいよね」
「うん。ほんとほんと」
佐藤くんは、琉生の顔を優しくのぞきこみながら、
「それにしても気持ちよさそうに寝てるな-」
そう言って笑った。
「琉生くんに用事やったん?」
私は、いよいよ琉生を起こす方がいいかなと思って、訊く。
「ん。あ、いや。琉生にっていうより、織田さんに用事」
「へ? 私に?」
「そう。織田さんに。……ほら、この前さ、数学の問題集で、すっごくおすすめのがあるって言ってたから、どんなやつか、ちょっと教えてほしいなって思ってさ。冬休みに集中的に解いてみたくて」
「ああ。あれ。えっとね……ちょっと待って、今日持ってきてるよ。確か、カバンの中に……」
あわててカバンの中を見た。けれど、今朝確かに持って出たはずの問題集が見当たらない。
そういえば、昼休みに、クラスの吉田さんに見せたあと、机の中に入れたままだった。
「あ。ごめんなさい。たぶん教室の私の机の中に置いてきたみたい。ちょっと急いでとってくる」
「あ、そうなの。じゃあ、一緒に行くよ」
佐藤くんが言った。
「あ、じゃあ……」
急いで立ち上がりかけた私のブレザーの裾が何かに引っ張られた。
「?」
みると、琉生が切れ長の涼しげな目をぱっちり開いて、私のブレザーの裾をつまんでいた。
「あのさ。僕が代わりにとりに行くよ。教室に忘れ物があるの思い出したから。ついでにね。織田さんは、ここで仕事しててよ」
にっこりとほほ笑む。さっきまで、ぽやぽやした顔で眠っていた人とは思えない、美しい笑顔だ。
そして、私に訊く。
「えっと、本を取り出すのに、机の中、一瞬さわることになるけど、かまわない?」
琉生は、気ぃ遣いぃだ。
「あ。それは全然大丈夫。たぶん、問題集以外何も入ってないから、気を遣わなくていいよ」
「わかった。じゃあ、行きましょうか。委員長」
後半は、立ち上がりながら、佐藤くんに言った。ふざけているらしく、わざと真面目くさったいい方だ。
「あ。う、うん。……なんでいきなり起きてくるの?」
佐藤くんが、ちょっと戸惑ったような表情になっているのが、可笑しい。たぶん、今の今まで、すやすや眠っていた人が、いきなり起きてきたので、ちょっとびっくりしたんだろうな。
彼に、何度も教室と図書館の往復をさせるのも気の毒なので、
「佐藤くん。なんなら、問題集、今日借りて帰ってくれてもいいからね」
私は言った。
「え? いいの?」
「うん。今日は、他の問題集やるから、大丈夫」
「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
佐藤くんは、しずかな笑顔で言って、図書館の入り口に向かってゆっくり歩き出した。
その横を、琉生が並んで歩く。
佐藤くんが、琉生の肩を軽く小突いて、琉生が佐藤くんの肩に自分の肩を軽くぶつけながら歩いて行く。なんだかんだ仲のいい2人だ。
私は、2人の姿を見送って、ちょっぴり残念な気分になる。
もう少しだけ、隣で眠っててほしかったな。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。
そんな彼は、アイドルの卵だ。
その卵は、たった今、お昼寝を終えて、覚醒したところだ。
足の長い彼は、歩くのも速いのか。
佐藤くんと教室に行った琉生は、あっという間にカウンターに1人で戻ってきた。どうやら佐藤くんとは、教室で別れたらしい。
「めっちゃ……早かったね」
あまりに帰ってくるのが早くて、ちょっとびっくりしたので、そう言うと、
「うん。寝てた分、がんばってお仕事しないと、織田さんに申し訳ないからね。だから、大急ぎで戻ってきた」
彼は目元を緩めて、くちびるの両端をあげ、優しくほほ笑んだ。
ほんとに、あくまで生真面目で、律儀な卵だ。




