⑬気のいい卵
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。
そんな彼は、アイドルの卵だ。
今日は彼の出演番組がある。
先生方の会議で下校時間も早かったので、私はまっしぐらに家に帰って、テレビをつけた。琉生本人からの情報で、この間撮影した町歩きレポートが今日あたり放送されるらしいと知ったからだ。
琉生以外の、もう一人の出演者は、別の事務所のボーイズグループのメンバー、キタノ シュン。イケメン高身長で、最近人気が出ている人だ。琉生よりはいくつか年上だ。
彼は、「初めてのレポーターの仕事だから、緊張するけど、爪痕を残したい! 」と出だしからやたら気合いが入っている。
今回は、江戸情緒の漂う昔ながらの町並みを見て歩きながら、道沿いのお店を覗いたり、その地元の名物を紹介することになっているようだ。
「初めての顔合わせですね、キタノさん。よろしくお願いします」と笑顔で挨拶する琉生に対し、「ああ、琉生くん、よろしくね」とキタノ シュンは、応えた。
自分はすでにデビューして活動しているグループのメンバーであり、琉生よりも年上だということもあってか、まだデビューしていない琉生を、どこか見下すような雰囲気が垣間見える。
(この人、なんかエラソーやな)
決めつけたらあかんと思いつつ、気が短い私はテレビの前で少しカチンときてしまう。
琉生はCDデビューはまだでも、事務所の研修生として、ライブ、ドラマ、映画、バラエティーと、小学生の頃から様々に仕事をこなしてきている。レポーターの仕事も初めてではない。
だから、落ち着いた表情で、江戸情緒溢れる通りの様子や建物についても、控え目ながら、にこやかに紹介している。時々、通りを行く人々の声援に応えて、会釈したり手を振ったりして、とても爽やかな好青年ぶりだ。
さすが。我が王子。テレビの中の琉生に向かって、思わずうなずく。
琉生は、事務所の憧れの先輩、妹尾 圭の影響もあって、建築のことも勉強していると言い、古い建物についても、取材先の人の話をうまく引き出しながら、熱心に見学し、視聴者に伝えようとしている。
一方キタノ シュンは、建物や民芸品を見ると、「おっしゃれ~」と声を上げ、時々、それに、「めっちゃ」という修飾語をつけている。とにかく、見るもの触れるもの、「おしゃれ」のひと言ですませようとする。彼がそれらに何の関心も持っていないことが伝わってくるようだ。ただ自分をアピールするために、大声で叫んでいる。
(このキタノって人、何なん? レポート下手くそすぎるやん)
つい批判的な見かたになる。
一方、ピンチヒッターだと言っていた琉生は、その街の歴史的背景について、ある程度勉強して知識や関心を持っていることがうかがえるようなコメントを所々で口にする。
レポーターとして、きちんと伝えること。彼は、それを意識しているのだ。
『その街にいる“僕を”見て』 ではなく、『その“街”を見て』ほしいと、琉生は思っているのだろう。
そのために、その場面で、自分がどんな言葉を発するべきかをちゃんと考えて話している。
自分が目立とうとか、爪痕を残そう、などとは思っていないようだ。
途中立ち寄った甘味屋さんで出されたものを一口食べて、キタノは(なんだか思わず呼び捨てになってしまう)大声で、ひと言、
「うま~~い!」
何がどう旨いのか、どんな味なのか。すべてすっ飛ばして、ただ笑って、うま~い。とだけ叫ぶ。
もちろん、視聴者としてはうんちくばかり聞かされるのもあまり嬉しくはない。でも、何にも伝わらないレポートは、もっとうんざり、というかガッカリする。
それにしても、まさか彼はこの調子で、レポートの間中、「おっしゃれ~」「うま~~い」を交互に叫ぶつもりなのか?
こんな人と一緒に仕事をする琉生は、きっとやりにくいだろうな。
見ていて少し心配になってくる。
琉生は、そんなキタノに、ニコニコ笑いながら、
「これ、寒天がすごくなめらかな舌触りで、蜜の甘さも絶妙で。お豆も少し塩っけがあって美味しいです。お試しに、一口どうですか?」
と話しかけている。
「お。ありがとう」
差し出されたみつ豆を一口掬って、キタノが声を上げる。
「うま~~い」
「甘いものは苦手だっておっしゃってましたけど、これなら大丈夫じゃないですか」
「うん、ぜんぜんオッケー。後味も爽やかだし。ほんのりいい香りするし」
「ほんと、このゆずの香り、いいですよね。……あ、キタノさんのお団子も、僕、味見せてもらっていいですか?」
琉生が人懐っこい口調で言う。弟がお兄ちゃんに可愛くおねだりしているみたいな感じだ。
「もちろん。これね、いい感じにもちもちっとした歯ごたえで、すっごく旨いよ」
心なしか、キタノの口数が増えている。なんだか嬉しそうでもある。
差し出されたお皿に載ったお団子を、琉生がお箸でつまんで口に入れる。
「あ。ほんとだ。めっちゃ美味しい! もっちもち」
口の中にお団子を頬張りながら、琉生が嬉しそうにほっぺを押さえる。
「だろ? タレのお醤油の風味もすっごくいいよね」
「ですね。このお醤油の風味、最高!」
「うん。こんがり香ばしくって。……え、“この醤油も、ここの名物”なんですか?」
横から、スタッフがささやくのを聞いて、キタノが繰り返す。
そして、満面の笑顔で、
「オレ、この醤油ぜったい買って帰ろう」とキタノが言い、
「僕も!」
琉生も朗らかに言って手を挙げると、お店の人やスタッフたちの笑い声が上がった。
そこから後半、キタノ シュンは琉生と2人で、ライブの話やグループの新曲MV撮影の裏話に盛り上がったりしながら、町歩きレポートを進めていった。
「おっしゃれ~」とか「うま~~い」と叫ぶ代わりに、熱心に相手の話を聞いたり、試食したものの味を丁寧に説明しようとするようになった。明らかに前半とは違い、一生懸命話している彼は、そんなにエラソーでイヤな人には思えなくなった。
おそらく、彼は、初レポートで何をどう喋ればいいかよくわからず、それでも、彼なりに年下の琉生に負けないように存在感を出そうと必死だったのかもしれない。それで、なんだかエラソーな態度に見えてしまっていたのだろう。
私は、前半、彼を意地悪く批判的に見てしまっていた。でも考えてみれば、誰だって、初めてやることって上手くいかなくて当然やし、精一杯すぎて周りを気遣う余裕もなくなったりするものだ。
(下手くそとか思ってごめん。呼び捨てにしてごめん)
少し反省した私は、彼をキタノ氏と呼ぶことにする。
画面の中では、琉生がうまい具合にキタノ氏に話を振り、それに受け答えしているうちに、いっそう話しやすくなってきたのかキタノ氏はグループのメンバーについてやデビュー秘話など、ファンが喜びそうな話題をいろいろ提供している。
ほんとに琉生は相手から話を引き出すのが上手い。
彼は「想太はね、すごい聞き上手なんだ。観察力もあるし。モノマネも上手いんだ」と、よく話しているけど、そういう琉生自身もかなりの聞き上手だ。
琉生は、『お兄ちゃんと仲良く2人旅』な雰囲気を醸し出して、可愛い弟キャラを演じつつ、楽しそうにレポートを進めている。なので、途中から見た人はきっと、好奇心旺盛で甘えん坊な弟(琉生)を優しいお兄ちゃん(キタノ氏)がリードしている旅、のように見えたかもしれない。
琉生、上手いなぁ。私は唸る。
年上のキタノ氏の立場を損なわず、ちゃんと相手も自分も、視聴者に好印象を残すような雰囲気作りをするなんて。
さすが。我が王子。思わず、画面の中の彼に拍手をする。
最後に、小さな駅前の通りで、
「また、一緒に美味しいもん、食べに行きたいね」キタノ氏がそう言い、
「ぜひぜひ。また一緒に行きましょう。今度は何がいいかなぁ?」と琉生が笑いながら、首を傾ける。
「そうだなあ。何がいいかな……」キタノ氏が呟く。
そして、顔を見合わせた2人は声をそろえて、
「とにかく、またぜひ、僕らを呼んでくださいね。どこでも行きま~す」
そう言って、両手を広げてポーズをとると笑顔でレポートを締めくくった。
キタノ氏が、町歩きのあと、おだやかな笑顔で琉生に握手の手を差し出している姿がVTRの最後にちらりと映り、スタジオの映像に切り替わった。
スタジオで、VTRを見ていた番組のMCやコメンテーターが、「ほんとに仲のいい兄弟みたいで、楽しそうなレポートでしたね」「また、ぜひ、2人でやってほしいですね」などと話して、コーナーは終わった。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。
そんな彼は、アイドルの卵だ。
卵だけれど、とっても仕事の出来る卵だ。
その上、カッコよくて、可愛くて、そして、親切だ。
すぐに人を批判的に見てしまう、イジワルな私と違って、人のよさを引き出そうとする、気のいい卵だ。
私の頭に、VTRの最後のシーンが浮かぶ。琉生に握手を求めているキタノ氏の姿。
その日、琉生は、きっとまた1人、彼のファンを増やしたに違いない。いや、友人が増えたのかも。




