⑫どうやって
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。
司書教諭の先生が、1日図書館を閉鎖して、ゴキブリ駆除の薬を焚いてくれたおかげで、その後は、幸いG出没の情報は出ていない。
でも、今日、彼はカウンターにも館内にもいない。
今日は、お昼休みの当番が当たっていた。
琉生は、仕事で早退するため帰り支度をしながら、私に言った。
「ごめんね。久しぶりにレポーターの仕事が入って。ほんとは、先輩が出るはずだったんだけど、体調崩して、急遽僕がピンチヒッターってことになって」
「想太くんも一緒に?」
「いや、今日は、僕とよその事務所の人と2人で町歩き取材で」
「そっか……」
(今日は来ないのか)
ガッカリした気持ちが私の顔に出てしまっていたのか、申し訳なさそうに琉生が、
「当番、行けなくてほんとごめんなさい。けっして……Gのせいではないです」
と、少しおどけて付け足した。そういえば、G出没後、当番に当たっていなかったので、まだ一度も彼は図書館に来ていない。
「う~ん。残念ですね。Gがいなくなって新しく生まれ変わった図書館をお見せしたかったのですが。やむをえませんね」
私もふざけて、わざと大まじめな調子で言う。
「この次は必ずやきっと」
生真面目に固く誓った琉生は、次の瞬間、ふにゃっとした笑顔になって、カバンを肩にかけた。
「じゃあ、ごめんね。行ってくる」
少しくだけた雰囲気で笑った彼は、なんだか可愛い。……ちょっと気を抜いた顔さえも素敵って、反則やと思う。
でも、そんな気持ちを抑えて、言う。
「おしごとおつかれさまです。でも……町歩き、楽しめるといいね」
私の言葉に、琉生がにっこりほほ笑んだ。
「うん。ありがとう」
今度は極上の笑顔。この人は、一体いくつの種類の笑顔を持っているのだろう。サラサラの髪が、窓からの陽差しにきらめく。キューティクルめ、いい仕事をしてるやないの、なんて一瞬思ってしまう。
下足室に向かう琉生の背中を見送ったあと、私はひとり、図書館に向かった。
せっかく、Gを退治したのにな。
肝心の琉生が図書館に来ない。
でも、彼が来ないということは、いつもは図書館にひしめく女子たちも来ない、ということだ。静かな昼休みになりそうだ。
今日は、カウンターで思いっきり本を読もう。久しぶりに、古い全集の棚の本を手にするのもいい。
そう。
本さえあれば、私はいつだって、どこでだって、いくらでも1人で楽しく過ごせる自信がある。
小さな頃からそうだった。
本さえあれば。
……そう思っていたのに。
図書館のカウンターに座ると、左隣がやけに広く感じる。いつもは、そこにいる人の気配が、今日は、ない。ただそれだけのことで、私は気が抜けてしまう。
「あのね」
小さい声でそう呼びかけると、「ん?」とワクワクした顔で、耳を傾けてくれる人が、今日はいない。
いつもならあっという間に過ぎる昼休みの時間が、今日はゆっくりと過ぎていく。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。
そんな彼は、アイドルの卵だ。
お昼休みの図書館のカウンター。
私は、これまで本さえあれば、いくらでも1人で楽しく過ごせると思っていた。
でも――――ちょっと違ってきてるみたいだ。
いてほしい人がいないカウンターは、いつもよりがらんとして、すごくつまらない。目も本のページの上を滑っていって、少しも中身が頭に入ってはこない。
(どうしよう)
私は、少し不安になる。
こんなにも、琉生のいる日常になれてしまっている自分。
でも、いつか、まちがいなく、そばにいられなくなる日が、来る。
そうなったとき、自分はどうやって日々を過ごしていくのだろう。
私は怖くなって、一瞬ぎゅっと目をつぶった。




