⑩本日、閉館?
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。
……のはずなのだが。
残念なことに、今日は、ウチのクラスの当番曜日なのに、実力テストが重なって、図書館は閉館だ。
「今日は、全学年一斉下校です。放課後、校内に残ることはできません。速やかに下校してください」
担任の先生がホームルームでそう言ったとき、心底ガッカリしたのは、私だけじゃない。たぶん、放課後の図書館を楽しみに今日一日を乗り切った女子もたくさんいるはずだ。
テストの採点のために部活も一切ないという。
(がっくり……)
横目で、ちらりと琉生の席を見る。
何を考えているのかわからないけど、穏やかな横顔が教卓の前の先生を見ている。
いつみても端正な顔立ち、額に斜めにかかるサラサラの前髪、口びるは形よく閉じられている。
そのキリリとした横顔を見て、私は思う。
彼は、図書館が閉館でもがっかりしないのだろうな。
そりゃそうだろう。受験のために減らしてもらっているというけど、それでも時々仕事が入るし、レッスンもある。彼の日常はいつだって忙しいはず。
委員会の仕事なんて、本来ならやってる場合じゃないだろう。
クラスの子たちも、「琉生くんが自分から委員会の仕事に手をあげたのを初めて見た」と話していた。
話によると、1、2年の頃は黒板係だったらしい。
「授業が終わるごとに、びっくりするくらい黒板をきれいにしてた」
「そうそう。あんまりきれいなもんだから、授業に来た先生が、板書するのをためらってたくらい」
「ためらってる先生を見て、『気にせずどんどん書いて下さい。でも、筆圧はちょっと弱めに』なんて言ったりして」
「へぇ……」
黒板を端から端まで、黙々ときれいに拭いている琉生を思い浮かべると、
(なんか、可愛い……)
せっせと黒板を消す王子、なんて。
「面白いのはね、黒板がすっごくきれいだと先生たちの板書まで、きれいになるってことなんだよね」
「……なるほど」
クラスの子たちと前より話せるようになってきたので、周りの席の子たちから、私が知らない1、2年の頃の琉生の話も、こうして聞けたりするようになった。
ここに来る前の学校では、関西弁で話すとひそひそ笑う子たちがいたせいで、転入したての頃は警戒して、なるべく喋らないようにしていた。でも、慣れてくるにつれて、話が出来る子も増えてきた。
学級委員の佐藤くんが、ごく普通にいろいろ話しかけてくれるおかげもある。
私は、関西弁が好きだ。自分の話す関西弁が、正統派なのかどうか、そんなことはわからない。でも、小さい頃から当たり前に使ってきた言葉が私にとっての関西弁だ。
大体、正しい関西弁って、なんやねん? って思う。
関西人以外の人がぎこちないアクセントや言い回しで話す関西弁を、ニセモノ扱いする人もいるけど。
かまへんやん。使ってみたい言葉はどんどん使ってみたらええねんって思う。
例えば、『外国語を話すとき、間違いを恐れないで、どんどん話しましょう』って、よく言われるみたいに。
方言だって同じやと思う。
どんな言葉だって、そうだ。
その言葉に対して敬意を持って、それを使おうとするのなら。
横目でちらりと見ていたつもりが、ばちっと琉生と目が合った。
(おっと)
一瞬、かたまってしまった私に、琉生がにっこりとほほ笑んだ。
目元が優しくゆるんで、かすかに口角が上がる。
ここが私と違うところ……。
うっかり目が合ったら、びっくりして慌てて、かたまってしまう自分。
目が合った次の瞬間、自然に優しい笑顔になれる琉生。
そう言えば、
「想太が、自然なウインクのしかたを練習してて。自分はまだまだ」
なんて話していたような。
十分です。
反射的にそれだけ素敵にほほ笑めたら。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもある。
しかも、同じ図書委員という任務?を背負い、週に1~2回、私の隣で図書館のカウンターにいる。
そんな彼は、アイドルの卵だ。
デビューの日を夢見て、日々努力を重ねている。
ホームルームが終わって、みんなさっさと教室を出て行く。
廊下を歩いて行く、琉生の後ろ姿が見える。
(あ~あ……帰ってしまう)
ほんとは、もっと姿を見ていたかったけど。
日直なので窓を閉めたり、入り口の戸締まりをしてから教室を出た。
あとは、カギと日誌を職員室に届けるだけだ。
長い廊下を歩いて、角を曲がったところで、突然目の前に壁が現れた。
かすかにいい匂いの、壁。
(え? 琉生くん?)
「うっかり、また頭突きされるところだった」
彼が笑いながら、目の前に立っていた。
「え? なんで? もう帰ったと思ってた」
「うん」
そう言って、彼は、図書館のカギを私の前で振って見せた。
「今日、テスト終わったらどうしても借りたい本があって。それなのに、図書館閉館なんてさ。めっちゃ残念。だから、先生に頼んで、一瞬だけお願いしますって、カギ借りてきた。織田さんも、何か読みたいのがあったら、一緒に行く?」
「行く!!」
思ったより大きい声が出た。
琉生がちょっとびっくりしている。
いや、私ももっとびっくりしている。
『一緒に行く?』
一緒に、行く?
一緒に。行く?
なんて。なんて素敵な響きの言葉。
「ま、待ってて。これ先生に渡してくる!」
私は、カギと日誌を手に、大急ぎで職員室に向かってダッシュする。
「そんなに走らなくても……待ってるから」
後ろで琉生の声がしたけど、1分1秒だって惜しい。
全集の棚の本、今日は読んでへんけど。
なんで?
こんなに嬉しいことってない!




