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巨骸山脈  作者: 蔦本望
第二章 第八採掘区
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8. ガイダンス

「明日からの三日間は適応訓練となります。巨骸に近いこの環境に体を慣らし、採掘に必要な知識、技能の習得を行っていただきます。」

部屋の中に何人かいたほかの監督官が冊子を配り始めた。

「なお、規則はすべて冊子に記されています。必ず規則を守ること。守れない場合は、処罰の対象となります。」

監督員から配布された冊子は、黒い表紙に政府の刻印が浮かぶだけの簡素なものだったが、中を開くとびっしりと小さな文字で規則や制限、禁止事項が並んでいた。

「基本的に、採掘作業員は班で分けられ作業を行います。この部屋にいるあなた方は第576部隊となりますので、自分の班は忘れないようにしてください。」

周りを見渡して数えたが、第576部隊は40人くらいになりそうだ。


「次に、第八採掘区の説明です。第八採掘区は主に、採掘区、工場区、生活区の三つに分かれています。冊子の一番最後の地図を開いてください。」

地図というよりは、簡易的な図が描かれている。

「採掘区は巨骸の素材を実際に採掘する区域です。工場区は、採掘された巨骸の素材を加工する工場や実験施設がある区域になります。生活区は第八採掘区で働く採掘作業員や、工場作業員が暮らす区域になります。」


その後も説明は続いたが、今後の生活は採掘区と生活区を行き来することになりそうだ。

生活に必要なものは基本支給されるが、生活区にはお店もあり、自分で好きなものを買うこともできるらしい。

ただ、区域共通で建物に出入りする際は身分を証明する作業員カードをかざす必要があるようで、扉が開かなかったら、自分には入る資格がないということになるらしい。

制限はあるものの、生活区の中では普通の町で暮らすような生活ができそうだ、と思ったが、僕の考えは甘かった。

「それでは最後に、健康に関する注意事項です。ここは巨骸に近く毒素が強いため、慣れるまでは屋外で長く過ごすと体調が悪化します。」

部屋がざわつく。

「そのため、維持薬は月に一回ではなく毎日二回支給されますので、必ず飲んでください。維持薬は、業務の開始前と終了後に義務付けられている健康診断のあとに、診断証明書と一緒に支給されます。維持薬を飲んでも体調がすぐれない場合は、医師に早急に相談してください。」

あれだけ欲しかった維持薬が簡単に支給される現実に、乾いた笑いが口から出た。

やはり、普通の暮らしとは違うのだ。

わかっていたはずなのに、あの日常をどこかで期待していた自分が嫌になった。


「それでは、明日は八時にまたこの部屋に集合してください。必ず健康診断を受けてから来るように。なお、いまあなた方がいるこの建物は工場区の訓練棟ですので、お間違えの無きよう。以上でガイダンスは終了です。」

ガイダンスが終わると、名前を呼ばれた順に部屋の鍵と作業員カード、そして維持薬を受け取って部屋を後にした。

僕が受け取った鍵の袋には「生活区第15号棟・284号室」と記されている。

外に出ようとすると、おーい、と声がしたので振り返ってみるとトマが待っていた。

近くまで一緒に行こうぜ、とのことだが、トマは7号棟なので僕とは反対方向だ。

しょぼくれながら、また明日な、と肩を落として帰っていった。

意外と寂しがり屋なのかもしれない。


敷地の奥のほうにある15号棟は、年季の入った石造りの建物だった。

壁には苔のような斑点が浮かび、かすかに発光している。

中に入ってみると暗いものの清潔感があり、掃除も行き届いているようだ。

自分の部屋を探しながら歩いていると、同じように部屋を探して歩いている作業員とすれ違った。

暗くて顔がよく見えなかったが、同じくらいの年だろうか。

天井に埋め込まれている結晶のようなものが壁にもあればよく見えるのに、と思いながら進んでいると、自分の部屋にたどり着いた。

部屋の番号を念のため確認してから、鍵を開けて中に入る。

小さな部屋の中に、鉄枠のベッド、机と椅子のセットが押し込まれるように並んでいた。

トイレや風呂などの水回りは共同なので、最低限といったところだろうか。

天井に埋め込まれた結晶のようなものの光量は心なしか弱い気がする。

荷物を置いてからベッドに腰を下ろしたとき、ようやく少しだけ気持ちが休まった気がした。

安心したからだろうか、急にお腹が空いてきた。

朝ご飯から何も食べていないので当然だが、水以外にも何か持ってくればよかったと後悔した。

空腹を紛らわすために、支給された維持薬を飲んでから、持ってきた水を流し込んだ。

相変わらず維持薬はまずい。

ベッドの上に並べてあった支給品を机の上にまとめてからベッドに倒れこむ。

明日も早いのだから、と空腹を紛らわすためにも早く寝ようとするが、疲れているのになかなか寝付けない。

朝に食べた母さんの朝ご飯を思い出すと、急に涙が溢れ出しそうになる。

ぐうぐうとなるお腹の音が部屋の中に小さく響いていた。

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