7. 列車
乗車券を入口の警備員に見せてからゲートを通り、列車のホームに足を踏み入れた。
ホームは鉄のような匂いが立ちこめ、低い汽笛が遠くで響く。
目の前に停まっている黒鉄の塊のような貨物列車が威圧感を放っていた。
何両も連なる車両には小さな窓がいくつも並んでいたが、どれも薄汚れているのか内部の様子はよく見えない。
車両の側面には白い字で「第八採掘区輸送列車」と書かれていた。
すでに何人かの作業員が列を成し、無言のまま乗り込んでいる。
静かに列へと加わり、列を乱さないように一歩ずつ進んだ。
僕は、人生で初めて列車に乗った。
車両の中は思ったより広かった。
座席は金属製のようだが表面は柔らかそうな布で覆われており、通路をはさんで両側に2つずつ並んでいる。
天井には黄白色の光を放つ結晶のようなものが埋め込まれ、車内全体が鈍くくすんでいた。
すでに何人かの作業員が席に座り、静かに発車を待っている。
誰もが無言で、遠くを見るような目をしていた。
僕は空いている窓際の席を見つけ、膝の上に乗らない荷物を足の下に無理やり押し込みながら腰を下ろした。
列車の外では、まだ何人かの作業員が乗り込んでいる。
ぼーっと窓の外を眺めているうちに、列車の中が静かになったと思うと、ゆっくりと扉が閉まる音がした。
低い振動が足元から伝わる。
車輪が軋み、列車がゆっくりと動き出した。
見慣れた風景が流れていく。
すぐに建物の密集は薄れ、荒野が広がり始めた。
列車とはどこかノスタルジックな気分になるものなのだと、僕は知った。
「……おまえ、初めてか?」
不意に声をかけられ、僕は窓から顔を戻した。
隣に座っていたのは、僕と同じくらいの年齢の少年だった。
短く刈られた黒髪、少し日焼けした肌に作業着のような上着を羽織っている。
「え?」
「列車!始めてか?」
「ああ……うん。初めて」
彼は少しだけ口元を上げた。
「俺もだ。あの町じゃ乗る機会なんてないもんな。名前は?」
「シャルだけど......」
「俺はトマ!よろしくな!」
ニッと笑って手を出してきた。
いきなりだなと思ったが、隣の席とのトラブルは嫌だったので手を出して握手をした。
それに気をよくしたのか、彼は自分のことを話し始めた。
僕と同じ町の出身とのことだが、地区が違うらしい。
冷静に考えれば当たり前だが、この列車に乗っている人のほとんどは同じ町の出身だろう。
自分が僕より2つ年上ということがわかると、格好をつけながら彼は自分の知っている情報を色々と教えてくれた。
ほとんど知っている情報だったが、彼の家の近くに採掘から帰ってきた人がいる、という話はとても嬉しい情報だった。
「……あれ、見えるか?」
話をしていたトマが急に窓の外を指さした。
窓の外を見ると、遠くのほうに黒い山のようなものが見える。
「……あれが、巨骸の一部なのか」
トマが少し緊張した声で言った。
「たぶん」
僕は答えながら、目を離せなかった。
列車が進むにつれ、その黒い山はどんどん大きくなり、窓の遠くに悠然と横たわった。
列車に乗ってどのくらい経っただろうか。
夜になり景色が見えなくなってからはやることが無くなり、気が付いたら寝てしまっていたようだ。
隣を見るとトマも気持ちよさそうに寝息を立てている。
外は依然として真っ暗で、今はどのような場所にいるのか、まったく見当がつかなかった。
何か見えないかと窓の外を見ていると、遠くに何か光っているものが見えた。
その光がどんどん近づいてきたかと思うと、列車はキーという大きな音を立てて停車した。
列車の扉が鈍く開くと、すぐさま外の空気が流れ込んできた。
乾いていて、どこか焦げたような匂い。
それに混ざるのは、微かに血のような鉄臭さ。
一緒に乗ってきた監督官が立ち上がり、低い声でアナウンスした。
「全員、荷物持って私に付いてきてください。」
列になって列車から降りると目の前に広がっていたのは、巨大な壁に囲まれた無機質な駅だった。
足元は硬い石材のようで、歩くたびに重い靴音が響く。
あちこちで見かける作業員たちは、黙々と無表情で資材を積み込んでいる。
ホームの中央には、灰色の制服を着た監督官たちが数人立っていた。
無表情で、目の奥に光がない。
「……やっぱ、空気が違うな。」
前を歩くトマがこちらを見ながらつぶやいた。
しばらく駅を歩くと、扉を何枚か通過して隣接する別の建物に入っていった。
扉の向こうには先が見えないほどの長い廊下が続いている。
何もない廊下が終わったと思ったら、また扉を何枚か通過して別の建物に入っていった。
また廊下だったらどうしようと思っていたが、次の建物は比較的明るく、清潔感があった。
先頭の監督官がある部屋の入口で止まったと思うと、前の作業員が順々に部屋に入っていく。
やっと目的地についたようだ。
案内された部屋に入ると、長机が並び、座席がいくつも用意されていた。
ほかには何もなく、非常に寂しい簡素なレイアウトだった。
指示された通り椅子に座って待っていると、別の監督官が入ってきた。
「これより、採掘労働者向け初期ガイダンスを開始します。」
感情のない声が、機械のように室内に響いた。