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巨骸山脈  作者: 蔦本望
第一章 旅立ち
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6. 旅立ち

結果は、2日後に届いた。

少し震える指でゆっくりと封を切ると、そこには採用通知が入っていた。

なんとなく結果はわかっていたが、身体検査で引っ掛かってしまったかもしれないという不安もあり、手紙を開けるときはドキドキした。

手紙には採用通知とともに、今後の手続きも同封されていた。

出発は三日後、専用の列車で採掘場に向かうようだ。

この町での暮らしはあと少しと頭ではわかっていたが、期限が決まると急に現実感が迫ってきて、まるで夢でも見ているような気分になった。


あとの3日間をどうやって過ごそうかと考えたが、いつも通り過ごすことに決めた。

家族や仲のいい友達と過ごす時間を大切にしたかった。

日常、というものを忘れないようにしたかったのだと思う。


まずは家族に伝えなければと思い、ニールとメリルには遅くまで起きてもらって、父さんと母さんの帰りを待った。

大事な話があるんだ、と伝えたら、何か特別なことがあると勘違いしたメリルは目を輝かせて夜更かしを張り切っていたが、ニールはいつもと変わらない様子でのんびりしていた。

夜遅く、二人が帰ってきた。

子供たち全員がそろっていることにびっくりしていたが、僕が大事な話があるんだ、と伝えるととても悲しい顔になった。

家族全員が机についてから、僕はこれからのことを話した。

父さんと母さんとニールは下を向いて黙ってしまったが、ほぼ寝かけていたメリルは泣き出してしまった。

嬉しくもあり、悲しくもあり、忘れられない夜になった。


いつも通りニールとメリルにご飯を作り、学校まで送ってから自分も登校する。

友達と適当に会話をしながら、退屈な授業を聞き、何気ない時間を過ごす。

テオとは学校で毎日話していたが、彼は相変わらず納得がいかない様子だった。

採用が決まったこと、出発は三日後になったことを伝えると、複雑な表情をしながら、がんばれよ、と言ってくれた。

テオは不思議そうになんで学校に来ているのかを聞いてきたが、僕の答えを聞いて笑っていた。

どうやら僕は変わっているらしい。


あっという間に出発の日が近づいてきたので、採用通知書と一緒に同封されていた持ち物リストを見ながら準備を進めていた。

荷造りを進めていると、ニールが話しかけてきた。

「怖くないの......?」

いきなりだなと思いつつ、ニールらしいなとも思う。

怖いけど楽しみだよ、と言うと、ふーんという表情をしたあとに、何かを決めたような顔でこちらを見た。

「僕もいつか、僕だけの楽しいことを見つけたい。」

あまりに真っすぐな答えにドキッとした。

いつもあまり感情の起伏がないニールだが、内側には熱いものを持っているのかもしれない。

「きっと見つかるよ。家のことは頼んだよ。」

ニールは自信なさそうに小さく、うん、と答えたが、きっと大丈夫だと思う。

側で見られないのは残念だが、今後ニールがどんな人生を送っていくのか楽しみになった。


出発の日の朝は、いつもと同じように始まった。

少し違うのは、朝起きたら両親がいて、ご飯を作っていてくれたこと。

採掘局まで少し距離があるから、家族みんなで荷物を持つのを手伝ってくれるそうだ。

母さんの料理はどうしてこんなに美味しいのだろうと、少し泣きそうになりながらたくさん食べた。

家族そろって食べる食事が、一番美味しいのかもしれない。

出かける準備を整えてから荷物を持って外に出て、育ってきた家を眺める。

様々な感情を振り切るように、採掘局に向かって歩き出した。


採掘局の前まで来ると、同じように出発を待つ労働者たちが集まっていた。

その光景を見たメリルが、不安そうに袖を握る。

「にいちゃん、ほんとに行っちゃうの?」

「行くよ。」

「帰ってくる?」

「もちろん。」

メリルはぎゅっと唇を噛み、何か言いたそうにしていたが、結局言葉にはならなかった。

代わりに、ニールが口を開いた。

「兄ちゃん、がんばって。」

「ありがとう。家のこと、よろしくね。」

今度は僕の目を見て、力強くうなずいた。

母さんが、僕の手を取ってから強く握った。

「体に気を付けるのよ、無事で帰ってきて。」

絞りだすような震える涙声に、思わず涙がこぼれそうになる。

父さんも僕の肩に手をかけて強く握る。

「自分の命を一番に大切にしなさい。」

初めて見る父さんの泣きそうな顔に、僕は涙を止められなかった。


「いってきます。」

涙声で家族に伝えてから、採掘局に向かって歩き出そうとしたとき、メリルが思い切ったように、ぎゅっと僕に抱きついた。

小さな手が、背中にしがみついてくる。

「ぜったい、かえってきてね」

彼女の頭をそっと撫でて、うん、と返事をすると彼女は泣きながら笑っていた。

最後まで手を振るメリルの姿を、僕は一生忘れないだろう。


涙を拭いながら採掘局に入ると、僕と同じような作業員が受付に列を作っていた。

列の最後尾に並び、自分の番になったので労働契約書と列車乗車書を提出して乗車券を受け取る。

僕が乗る列車は「第八採掘区」行きらしい。

ホームに向かって歩いていると、ホーム入口のゲート近くに見覚えのある人影があった。

壁にもたれかかり、腕を組みながら周りをきょろきょろと見まわしている。

こちらに気づいたのか、彼は壁から背を離しこちらへ歩み寄ってくる。


「……遅いぞ。」

「テオ……」

「泣いてる顔を見るのは子供のころ以来だな。」

そう言って彼は僕の背中をにやにやしながら叩く。

恥ずかしさで顔が赤くなるのがわかった。

「本当に行くんだな」

「うん、もちろん」

テオは短く息を吐く。

「生きて帰ってこいよ。」

テオが拳を突き出す。

僕は微笑んで、それに拳を合わせた。

「これやるよ。」

彼は突き合わせた拳を開き、お守り、と言って、きれいな緑の石のようなものをくれた。

ありがとう、と少し声を震わせながら言うと、テオは照れくさそうに笑った。


貨物駅のアナウンスが響き、列車がホームに入ってくる。

「じゃあ、そろそろ行くね。」

僕はホームにゆっくりと歩き出した。

後ろからテオの声が聞こえたが、僕は振り返らなかった。

これ以上、泣いている顔は見せられない。

強く足を踏み出しながら、心の中で返事をした。

「また、必ず。」


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