35. 奈落
昨日ほとんど眠れなかった僕は、研究室でテオが来るのを待ちわびていた。
まだかまだかと待っていると、ガチャっとドアが開いて、テオがあくびをしながら入ってきた。
「ずいぶん早いな......」
「早く行きましょう。」
食い気味に答えた僕に、手で頭をかきながら寝ぼけた声でテオが諭すように話す。
「あんまり期待すると、その分しんどいぞ。」
僕はその言葉に答えることなく、早く行こうとテオに合図をした。
手紙に書かれていた「8-1087」の看板が立っている白脈を慎重に進んでいく。
この白脈の調査報告書を読んだが、どこにも巨大な穴の記述はなく、どこにあるかわからないからだ。
もし何かの間違いで目の前に出てきたらたまったものではない。
手紙に書いてあった目印を頼りにしばらく進んでいくと、壁にぶつかってしまった。
「おかしいな、ここの先のはずなんだが......」
「どこかで間違えましたかね?」
「いや、その可能性は低いと思うが...何かの拍子に道がふさがったか?」
二人で手分けしてあたりを調べることにしたが、どうやら道らしきものは見つからなかった。
道を間違えている可能性を考慮して、もう一度入口から探索してみたが、同じところに出てしまう。
「やっぱりここだな。」
「道がふさがったか、そもそも間違えているか、ですね。」
「まずはふさがった可能性を消しに行くか。」
「誰に頼むんですか?なんで調べてるのかとか詮索されたら面倒ですよ。」
「適任がいるだろ?」
テオがにやりと笑ってから、やっとその意味が理解できた。
翌日、僕たちはまた同じ場所にいた。
昨日と違うのは、パラヤがいることだ。
採掘道具を持ち出すのに苦労したと文句を言いながら、信じられないスピードで採掘をしていく。
「優秀な採掘作業員だと言ってたが、あながち嘘でもないようだな。」
からかうテオにパラヤが鎌状切削機をゆらりと向けると、テオは逃げるように僕の後ろに隠れる。
重苦しい空気が少しだけ軽くなった。
しばらく作業を続けていたパラヤがあっ、と声を上げる。
「なんだ、どうした?」
「抜けたよ、空洞がある。」
パラヤの言葉通り、中を照らすと想像以上に広い空洞が広がっていた。
「まさか道がふさがっていたとは......本当に巨骸は謎だな。見た感じここは地図の通りだ...足元に気を付けろ。」
そう言ってテオが光蛋結晶をいくつか投げながら先に進んでいく。
地図の通りであれば、空洞の奥に大きな穴が開いているはずだ。
慎重に空洞の中を進んでいくと、テオがつぶやく。
「あった...」
テオが照らした方を見ると、遠くからでもはっきりと穴が開いているのがわかった。
「すごいな、これは......」
穴の大きさもそうだが、問題はその深さだ。
どれだけ照らしても、光蛋結晶を投げ入れても、終わりが見えない。
巨骸の最深部まで続いているのではないかと思わずにはいられない。
「本当にあるとは......たしかにこの穴なら一瞬で遭難できるな。」
「これはすごいね、まさかここまでとは。今まで色々見てきたけど、これは相当珍しいよ。」
テオとパラヤが初めて見る光景に興奮した様子で話し込んでいる。
僕の頭の中は、どうやったら下まで行けるのかでいっぱいだった。
「ここから先、どうするか、だが......」
「下に降りてみましょうよ。兄さんがいなかったとしても、巨骸の謎に迫れるチャンスですし。」
「それはそうかもしれないけど、どうやって降りるの?正直、危険すぎると思う。」
「パラヤの意見に俺も賛成だ。どうやって命の危険なく降りるのか、を考えないといけないが、現時点では方法がないな。」
「そんな......せっかくここまで来たのに諦めるんですか?」
「そうとは言ってない、情報が足りないって言ってるんだ。」
「そうそう。焦る気持ちはわかるけど、危険すぎるよ。まずは情報収集しないと。冷静に、ね。」
二人の言うことも頭では理解しているが、どうしても気が急いてしまう。
僕はまだまだ未熟なのだろうと思う。
どうやって下に降りるのかを考えるために、僕たちは「奈落」と名づけた巨大な穴の周りを調べることにした。
数日の調査で判明した重要な情報は二つだ。
穴はすり鉢状になっているわけではなく、場所によって深さに差があること。
そして、一番浅いであろう場所はぎりぎりロープで届く深さであることだ。
「というわけで、一番浅いところに中継地点を作って、そこからさらに深い箇所に降りていく方針が最良と思うんだが、どうだ?」
「それしかないんじゃないかな。時間はかかるけど、大々的にやるわけにもいかないしね。」
二人の出した結論に異論はない。
論理的に考えればそれしか方法がないのも理解しているが、一つだけ懸念点があった。
「僕がここにいられるまでに終わりますかね......?」
「たしかにな......俺の方から期間延長申請を出してみるか。何とかなるだろ。」
「必要なら私からもサポートできるはずだから、やってみようよ。」
パラヤが僕の肩に手を置く。
こんなところで終われないと、僕は力強く頷いた。




