2. 道探し
朝になっても昨夜の重苦しい気持ちは晴れなかったが、不思議と不安は無くなっていた。
やることが明確になったからだろう。
維持薬を自分の力で手に入れる。
しかし、ただ手に入れるだけでは意味がない。
安定的に確保できる環境を作らなければ、問題の解決にはならないからだ。
働くこと。
それこそが僕の出した答えだった。
ニールとメリルを先に送り出し、学校へ行くふりをして僕は家を出た。
大通りから周りの視線を気にしながら路地へ入り、反対方向へ向かう。
どんな仕事がいいかを考えていたが、一つ頭の中に思い浮かんだものがあった。
あるといいけど、とつぶやきながら、役所への道を急ぐ。
役所は町の中央区画に位置していた。
住居区画や市場に囲まれたこの場所は、この町で最も人の往来が多く、昼夜を問わず誰かが手続きを求めて訪れている。
役所の建物は灰色の石造りだが、その表面には微細な模様が浮かび上がっており、これは巨骸の欠片が混じっているためだとされている。
昼に光を吸収し、夜にはほのかに発光する構造らしい。
入口の大扉は磨かれた金属のように光沢を帯びていて、どこか圧迫感を感じさせた。
玄関を抜けると中はひんやりとしており、受付の先にある労働案内の掲示板には、すでに何人かの大人が腕を組みながら難しい顔で張り紙を睨みつけていた。
はやる気持ちを抑えながら急いで掲示板のもとに向かい、大人に混じって張り紙を見上げる。
「機械系工場 清掃員」
「食品工場 作業員」
「運送業 配達員」
・・・
・・・
・・・
「政府管理 巨骸採掘場 作業員」
あった。
掲示板の下に置かれている応募用紙を取り、詳細な条件を確認する。
・15歳以上(18歳以下は親の同意が必要)
・維持薬の定期支給あり
・住み込み可、衣食提供
・装備品貸与
・肉体労働、危険を伴う作業を含む
・---
・---
・---
思っていた通りだ、とホッと胸を撫でおろす。
念のためもう一度必要な条件があることを確認してから、急いで記入台で必要な情報を書き込み、受付に向かった。
受付には、年配の役人が無表情のまま座っていた。
「これ、応募したいんですけど」
そう言って椅子に腰かけながら紙を差し出すと、男は僕の顔を見て、少し眉をひそめた。
男は一度、応募用紙を見直し、それから机の下の書類を取り出した。
しばらく無言のまま何かを確認すると、僕に向き直る。
「この仕事は、危険な仕事のため同意書へのサインが必要ですが、今は18歳以上ですか?」
「いえ、15歳です。」
「それでは、こちらの危険の認知および免責同意書、親権者の同意書、申請用紙の三枚に必要情報を記入の上、三日以内に合わせて提出してください。期限を過ぎますと受付は出来かねますのでご了承ください。」
「わかりました」
「...本当にこの仕事に応募するんですか?」
役人がこちらの目を真っすぐに見ながら話を続けた。
「危険な仕事ですし、若いのであれば別の選択肢もあります。ご両親と一度話をしてみてください。ほかにも仕事はあるのですから。」
「わかりました。」
口だけのわかりました、が伝わったのだろうか、役人は必要な書類を大きなため息とともに渡してきた。
「はぁ、それでは三日以内にお願いします。」
ありがとうございます、と書類を受け取り、僕はその場を後にした。
役所を出た足で学校へ向かう。
残りわずかだと思うと、なぜか行きたくなってしまった。
午後から学校へ行くのは初めてだったし、いつもと道も違ったので、まるで初めて登校するかのような気分で道を進んだ。
授業の合間に席に着くと、テオがにやにやしながら近づいてきた。
「サボりとは珍しいな!」
家の用事があったんだ、と答えるがまったく聞く耳を持たず、なんでサボったんだ、とオウムのように繰り返している。
小さい時から変わらないなと少し嬉しくなる。
変わらないものは、貴重なのかもしれない。
そのあとすぐに始まった午後の授業は、退屈なものだった。
窓から差し込む陽射しが、机の上に長い影を作る。
先生の声を聞き流しながら、ぼんやりと外を眺めていると、同じように眺めているテオが目に入った。
彼は小さいときにどこか遠くの町から引っ越してきて、いつの間にか僕と仲良くなった。
考え方が似ているわけでもないのに、同じようなことを感じ、同じように笑うことが多かった。
馬が合うとはこういうことなのかもしれない。
最後の授業が終わり、職員室に行こうと準備を進めているとテオが話しかけてきた。
「なんか今日変だな」
そんなことないよ、と返すが、勘のいいテオはごまかせないだろう。
じっとこちらを見て、はぁと大きなため息をついたあとに、また明日な、と言って教室を出ていった。
普段は子供っぽいのに、こういうところは大人なんだよな、と思いながらテオの背中を追うように教室を出た。
職員室の扉をノックして入っていくと、先生が顔を上げた。
「どうした?」
こういう形で教師と話すのは初めてだったからか、怪訝な顔で尋ねられた。
「いきなりですけど、退学の手続きをしたいんです」
その言葉に、教師は眉を寄せた。
「......どうしてだ?」
「家庭の事情です。」
教師は何を聞くべきか困った顔をしながら、大きく息を吐いた。
「何があったかはわからないが、ご両親からの申請がないと退学はできないぞ。」
それは知らなかった。
まさか両親の許可が必要とは、政府系の学校だから厳しいのだろうか。
「理由はどうあれ、まずはご両親と話をしてから辞めるかどうかは決めなさい。」
またしても大きなため息を聞きながら、はい、と返事をして職員室を出た。
少し遅くなってしまったなと、ニールとメリルを迎えに少し早足で歩きだす。
学校を出て、いつもの道を歩く。
毎日歩いていたこの道もあと数回しか歩けないと思うと、少し悲しい気持ちになった。