9. 新たな生活
高音のチャイムが部屋中に鳴り響いた。
初めて聞いた音だが、不思議と目覚めがよかった。
ベッドの上でぼんやりと天井を見上げる。
薄明かりが窓の外から差し込んでいた。
今日から新しい生活が始まる。
少しワクワクしている自分がいた。
支給された作業服に着替え、簡単に身支度を整えてから部屋を出る。
共同の洗面所で顔を洗ってさっぱりしてから、生活区の医務室へ向かった。
外に出ると、ふと視界の先にそれが見えた。
圧倒的な威圧感ですぐにそれとわかる。
「あれが、巨骸......」
裾野は終わりが見えず、上の方は雲に隠れて見えない。
山というよりは、天と地を隔てる巨大な黒い壁に見えた。
しばらく見つめていると、身体の奥がぞわりと震えた。
理解できない恐怖と、求めていたものが目の前にある興奮。
それらが混ざり合って、胸の奥を静かにかき回していた。
医務室は生活区の中央にある一番大きな建物、中央棟に入っている。
ここには医務室のほか、風呂や食堂など生活の基盤となる施設がそろっており、困った場合はここに来れば大抵のことは解決するだろう。
今すぐにでも朝食を食べたかったが、義務付けられている健康診断を受けに医務室に向かった。
医務室には、身体検査のときに入った箱が大量に並べてあった。
人であふれていたものの、回転が早いのかすぐに自分の番になる。
今度は服は脱がなくていいようで、柔らかい壁に包まれてすぐに終わった。
検査結果の証明書と維持薬をもらい、急いで食堂に向かった。
食堂も思った通り人であふれていたが、想像以上に広かった。
配膳には並ぶものの、その膨大な席数により食べる席には余裕があった。
トレイを持って配膳の列に並んでいると、列が進むにつれて一つずつ料理が並べられていく。
野菜のスープ、パン、そしてメインにお肉と野菜の炒め物。
肉なんていつぶりだろうか。
美味しそうな肉の匂いがたまらない。
空いている席をすぐに見つけて座り、一心不乱に食べた。
一日ぶりの食事が体に染みわたっていく。
お腹がいっぱいになるまで、3回もおかわりをしてしまった。
飲むのを忘れていた維持薬のせいで後味が最悪になってしまったので、明日からは食事の前に飲もうと心に誓った。
朝食を終えてから、集合時間に間に合うように訓練棟へと向かった。
部屋に入って席を探していると、トマがこちらに気が付いて嬉しそうに手を振っていた。
隣に座って感想を交換したが、概ね同じような感じだった。
やはり、肉は特別らしい。
講師を務める監督員が部屋に入ってきて、この三日間の適応訓練が始まった。
一日目の午前だけ座学で、それからは実技訓練とのことだった。
座学では巨骸に対しての基本的な知識を詰め込み、実技訓練では実際の採掘作業と、毒素に対する適応も兼ねているようだ。
健康診断の証明書と引き換えに講義用の資料を受け取って、講義が始まった。
「前提として、巨骸は過去の巨大生物の骸だとされている。まだわかっていないことが多く、そのほとんどが謎に包まれている。」
「わかっていることは、採取できる未知の素材は我々の生活を豊かにしてくれる反面、人間には耐えられない毒素をまき散らしている、ということだ。」
「しかし、安心してほしい。ここでは維持薬は優先して供給されるし、健康面の管理体制は万全だ。」
「君たちには文明の発展のため、巨骸の素材をできる限り採掘してもらいたい。」
講師が僕たちの顔を順に見てから、大きくうなずいて巨骸の構造の説明を始めた。
「それでは、まずは巨骸の基本的な構造について説明しよう。先ほども話した通り、巨骸は過去の巨大生物の骸とされている。そのため、人体と同じように複層構造を持っている。」
講師が話しながら黒板に文字を書いていく。
第一層:黒皮層
第二層:灰脂層
第三層:紫筋層
第四層:緑束層
???:???
「現在、我々が確認できているのは第四層まで、採掘できているのは第二層までだ。層を経るごとに固くなるだけでなく毒性も強くなるため、なかなか簡単には進めない。」
「なぜ第二層までしか採掘できていないのに、第四層まで確認できているのか不思議に思ったものはいるか?」
講師が僕らの顔を見まわす。
「巨骸には、層を横断して走る少し柔らかい場所がある。我々はそれを白脈と呼んでいる。巨骸の血管のようなものだと考えられているが、これを掘り進んでいくことで、より深い階層を知ることができるというわけだ。」
「ただし、白脈は細い。どうしても機械が入っていくことができないため、人の手で採掘せざるを得ない。つまり、白脈の採掘こそが君たちの仕事と言えるだろう。」
その後も講義が続いたが、知っている情報ばかりで少し眠くなった。
トマが、飯食いに行こうぜ!と誘ってくれたので、午後の実技訓練に向けて食堂で昼ご飯を食べる。
「......毒ってどのくらい強いんだろうな。」
「今のところ何ともないから、維持薬飲んでたら大丈夫なんじゃない?」
「うーん......」
不安な顔をしながらも、箸は止まらないのが可笑しかった。




