HAKO NIWA シークレット!
少女とはなぞの
ロボットが似合うもの!
とある箱の中で。
チャリン。
何も無い中空に現れた、栗皮色の小さなコインが落ちて、弾んだ。
どこか不思議な声がして、粛々と告げる。
"銅貨一枚を獲得しました"
あぁ、もう。
またハズレたぁー!
銅貨は、ガチャで一番の残念賞。
くぅぅ、次のチャンスに期待をかける。
"スキル【ガチャ】が使用可能になるまで5時間59分です"
不思議な声が言及した、スキル【ガチャ】は、この世界で私が授かった、まさに唯一の能力だった。
魔法さながらの力で、アイテムや新しいスキルをランダムに獲得する。
もっとも今は、何も無い所からひたすら銅貨を生み出す能力なのだけれど。
まあ、でもね、ガチャが当たらないくらい、嘆くほどの事ではない。
全く身体が動かないって事に比べれば些事と言える。
最初に意識が覚醒した時を思い出す。
光も、音も、風の流れも、温もりも、自分自身の事さえも、何も感じられなかった。
身じろぎも、瞬き一つさえも、出来ない。
ただ声がした。
それが福音だった。
"スキル【ガチャ】を発動しました"
"初回特典によりレア確定ガチャとなります"
"スキル【認識強化】を獲得しました"
その瞬間、僅かに視界が晴れる。
携帯で撮影しているイメージと言えばいいのかな。
小さな枠の中の景色が意識を向けた方向とは逆に流れて、暗い石造りの部屋の様子が見えた。
窓も明かりも無かったけれど、光源の有無は影響しないみたい。距離もアングルも自由自在で、室内を俯瞰する事も、自身の姿を捉える事も出来る。
むしろドローンかも。
どうやら、ここは正方形の部屋であり、扉が一つあるだけで、あとは粗末な木の箱が床にポツンと置かれているのみの様だ。
他には誰の姿も無かった。
そう。
私、箱になってる!
確かに、好きな歌手とかいつも箱推しだったけれど、まさか人間をお払い箱になって、かつてドサ回りの歌手を支えた"みかん箱"に生まれ変わるなんて思わなかった。
今の私には、笑うとエクボのできる頬も、それを抓る指も、困惑して傾げる首もない。
ただの箱。
道理で動けないわけだ。
本当に、【認識強化】が当たってくれて良かった。スキル【ガチャ】には感謝しかない、グッジョブ。
でも、だいぶ銅貨が捗っているので、新しいスキルも何卒よしなに。
動けないのに、銅貨などのアイテムを貰っても宝の持ち腐れで何の役にも立たない、かと言えば、そうとも言い切れない。
数えたら今貰った銅貨で。
"収納している財貨の価値が基準値を越えてレベルが上がりました"
"スキル【ハードロック】を習得しました"
わーい、レベルアップ!、それに念願の新スキル、やったあ。
宝箱である私は、収納中の財宝の価値が増える事でレベルが上がるみたい。
最初に貰ったのは【宝物鑑定】で、箱の内部にある物を鑑定できる。これは、自分も鑑定が可能で、それにより私は、"ダンジョンに配置された宝箱"であると判明した。
ここ、ダンジョンらしいよ。
そういえば、扉の外を何かが徘徊する気配が時折しているのだけれど、一体何が・・・かは、深く考えない様にする、今は、ウン。
因みに、この部屋の扉が開いた事は一度もない。【認識強化】には、扉をすり抜ける能力までは備わっておらず、扉の向こうは未知の世界だった。いつか開くのだろうかとも思うけれど、やっぱり怖いから開かずの扉でいて欲しいかも。
今回のレベルアップで得た【ハードロック】を使うと、無骨な南京錠が現れて、私は施錠される。ついでに、バリアーで箱を破壊から守る効果もあるらしい。
多分、レベルアップで覚えるスキルは、箱に関連する物だけなのかも知れないなと思う、なんとなく。
だとすると、次に覚えるのは、いよいよアレかな。
罠!
身を守る術が欲しいの、何があっても逃げられない身の上なもので。
さらに、レベルアップの恩恵はスキルだけに留まらない。
"レベルアップにより進化の条件を満たしました"
よし、これで三回目の進化だ。
"リストから進化先を選んでください"
いでよ、リスト!
見たいなー、と念じると、ゆらりと浮かび上がってくる。
ボロい財布
大きなチェスト
びっくり箱
オルゴール
寄せ木細工
行李
魔法瓶
やっぱりボロい財布があるなあ、毎回やたらと推してくるけれど、むしろ退化してないかな?
高確率でダンジョンには似つかわしくない物がリストに登るのは、元日本人というのが影響していそう。
オルゴールに、一寸心惹かれたけれど、どうせゼンマイを巻く人がいないってオチだし、直に壊れてしまいそうだから、ここは無難に一番頑丈そうな物を選ぶよ。
"小さなチェストは、大きなチェストに進化します"
おおっ、グングンサイズアップしていく。人が悠々入れそう。側面に持ち運ぶための取っ手が増設されている。えっと、ほら蓋が膨らんでいて、所々金具で補強された、いかにもな海賊の宝箱を想像してもらえたら、それが今の私の姿、うんうん、だいぶ立派になってきたんじゃないかな。
まあ、動けないし、中身が銅貨なのには触れないでほしいのだけれど。
"進化により条件が満たされました、罠系スキルの習得が可能になります"
"罠【ポイズンニードル】を獲得しました"
おおっ!
"進化により条件が満たされ、スキル【ガチャ】のランクが上がりました"
なんですと!
箱のグレードが影響していたのかあ。そうか、箱のサイズ次第では入らない事もあるし、ある程度、見合った物が当たる仕組みなのかも。もし魔法瓶とか選んでたら・・・、うん、チェストで正解だったね。
他にも影響を与える要素があるのかも。
何にしても楽しみが増えた。
【ガチャ】は、インターバル待ちなので、まず【ポイズンニードル】を確認する。
うわぁ、針でプスッといくだけで、徐々に体が麻痺して死に至るって、ガチの猛毒を精製する能力を得てしまったよ、マジかあ。
えーい、ままよ、ここは実験のため。
【ポイズンニードル】セット!
おー、相変わらず不思議な光景。
【ガチャ】のコインみたいに、何も無い所から現れた装置が、カチっと取り付けられた。
罠は、好きな物を一つセットでき、使うとインターバルが必用で連続使用不可、なるほど。
今は一種類だけれど、任意に付け替える事もできる、という事は、動けない私でも、自分の意志を反映できる物がまだあるって事だ。
ガチャを引いて、レベルも上げて、スキルを手に入れよう。
でも、よくよく考えると、戦いもせずに、それどころか動くことすらも無くて、ただガチャを引いているだけで、しかも、それがハズレたとしてもレベルは上がるのだから、ガチャと箱のコンボは破格なのかも。
嫌が上にもガチャのランクアップには期待が高まる。これで銅貨ともおさらば出来ると良いのだけれど・・・
"スキル【ガチャ】を発動しました"
チャリン。
"銅貨一枚を獲得しました"
なんて事も、あるものの。
"スキル【オートマッピング】を獲得しました"
動けないんだけど!
正方形の部屋の地図をどうしろと!
"スキル【念写】を獲得しました"
おー、呪いの血文字で文章を残せる様に、って、怖いから、雰囲気あり過ぎるから。
綺麗に消せるのは不幸中の幸いかも。
日本語だったなあ、読める人はいるんだろうか。
と思っていたら。
"スキル【自動翻訳】を獲得しました"
思わず、一つしかない扉を見つめてしまう。
あれから、扉を開ける者は現れてはいない。
それから、アイテムの種類も増えている。
"ダガーを獲得しました"
他に、ポーション、銀貨、日用雑貨などが混ざるように。
レベルも幾らか上がって。
"スキル【キャスター】を獲得しました"
なんと、車輪が付きました!
もちろん動けませんけど、それが何か?
"罠【クロスボウボルト】を獲得しました"
クロスボウがガチャンとセットされるのを見て絶句する。こんなのが当たったら即死するから!
罠は全体的に殺意が高すぎて心臓に悪い。もっとも、本当に悪いと思っていたら素直に謝るんだけどね、あはははー。
ごめんなさい。
覚えた罠は、これで四つ目。
あとの二つ、【アラーム】は、モンスターを呼び寄せる警報を鳴らし、【ガスボム】は、毒の煙りを撒き散らすグレネードランチャー。
そんなガチャを引くだけの平和な日々を過ごしてニ十五日目、ついに、その時は来た。
扉が開く。
警戒しつつ部屋に入って来たのは、人間!、ふわあ、やっぱいたよー。人数は五人、うち四人は剣や鎧で武装したガラの悪そうな奴ら。なので、その影から顔をのぞかせた紅一点に驚かされる。
なぜ子供が!
年端もいかない小さな体にそぐわぬ、大きなリュックを背負わされて、そこはかとなく大事にはされていなさそうな雰囲気がある。
あれれ、彼らの私を見る目が妙に輝いてる気がするなあ。そっか、私、宝箱だもんね、うん、わかってた。
きゃあああ!
一人が仲間から離れて、ランタンをかざしながら側に来て屈む。宝箱を調べるつもりだ。
おおっ、何気に明かりを見るのは初めてだよ、ランタンなんだね。まだ電気の無い文明レベルと思っていいのかな。なんて、呑気にしている場合じゃないから!
わ、罠、使わなきゃダメなのかな、待って、待って。
【ガスボム】や【アラーム】は、子供を巻き込んじゃうし、【クロスボウボルト】は即死させてしまうから、えーい!
【ポイズンニードル】をセット。
って、これも死ぬヤツだったあ。
慌てふためく私をよそに、そいつは何でも無い様に。
「あー、鍵と、これは罠が仕掛けてあるが、問題ない・・・OK、罠は解除した」
嘘でしょ!
でっ、でも、でも、【ハードロック】のバリアーは・・・
「よし、鍵も開いた」
解錠には無力でした。
「よくやった!」
鍵を開けた盗賊と思しき男は、しかし、宝箱を開けること無く、最も大柄な男に場所を明け渡して、離れて見ていた少女のいる辺りに下がった。
代わりに大男がニタリと笑顔を張り付かせて蓋を開けると。
「なんだこりゃ、銅貨とガラクタばっかりじゃねーか!」
腹立たし気に喚いた。
おー、スキル【自動翻訳】が仕事をしてるなあ、バッチリ分かる。
うん、大きなお世話だ、コノヤロー!
「なんだハズレかよ」
「で、どうする?」
ずっと外の警戒をしていた残り二人に声をかけらた大男は。
「まあ、無いよりマシか」
そう言いおいて少女を呼ぶ。
「おう、悪いがコイツの回収を頼む」
でも、わからないな、何で子供なんて連れ歩いているんだろう。
少女は雑貨などをリュックにしまい、ポーションは専用の肩掛けカバンへ。箱に身を乗り入れて、せっせと硬貨を小袋に詰め込んだところで、少し重そうに持ち上げた肩掛けカバンと小袋を、背後から近寄った盗賊が取り上げた。
「おっと、コイツは預かる」
そう言うと扉へ向かい、振り返れば、少女はリュックを背負い直して立ち上がるところだった。
あぁ、私の大事な宝物があ。
光る涙は溢れない、チャリンと鈍い色の硬貨が落ちるだけ。
"スキル【ガチャ】を発動しました"
ちくしょう、私に対抗する力があれば。
"百回特典でレア確定ガチャになります"
"スキル【光学迷彩】を獲得しました"
遅いよ!
だが、まだやる事がある。
彼らが部屋を出ていく際に、【認識強化】の"不可視のドローン"を扉の外へ飛ばした。
どこまで届くか不明だけど、こっそり彼らを追跡する。せいぜい私を楽しませろ。
それにしても、ダンジョンってモンスターがウジャウジャいるんだなあ、エンカウント率がめっぽう高いよ。【アラーム】なんて使った日には、とんでも無い数が集まりそうだから気をつけよう。
でも、お陰で戦闘シーンを堪能できる。
おー、大男がまたモンスターを倒したぞ、強い、強い。
ただ、彼らの口ぶりからするに、何か異常事態っぽい。速やかな脱出に方針転換したものの、遅きに失したみたい。
「動く首無し騎士の死体・・・」
「何で、あんな化け物が、逃げるぞ」
「気づかれた、速い!」
ここで大男が非情な決断を下す。
「そのガキを囮にしろ」
すかさずナイフを手に盗賊が少女に迫り、リュックの肩紐を切り裂いた。反対側の肩紐からも手を引き抜いて荷物を捨てさせると、少女を抱き上げ、駆ける。仲間を置き去りにした素早さで曲がり角に飛び込み、そこで息を潜めて、残りの三人を追った首無し騎士をやり過ごす。
仲間の悲鳴を背に、少女を抱えて盗賊が向かう先が分かった。
宝箱だ。
盗賊は、少女を宝箱に入れて、軽く頭を撫で、蓋を閉めて隠した。
部屋を出た彼が叫ぶ。
「こっちだ!」
それっきり、盗賊がどうなったのかはわからない。後を追って確かめる事が出来なかったから。閉ざされた扉は、終ぞ、開かれる事は無かった。
"収納している財貨の価値が基準値を越えてレベルが上がりました"
"収納している財貨の価値が基準値を越えてレベルが上がりました"
"収納してーー"
な、何、レベルがガンガン上がってる。
収納した財貨って、この子?
"『人食い箱に擬態』を達成、進化の条件を満たしました"
"進化先をリストから選んでください"
不思議な声が漸く終わった。
色々あったけど、まず、この子について。
今は、休ませる。
後はそれから。
それで。
それから後は、どうなったかというと。
何ていうか、宝箱って、中味だけ取ってうっちゃるものでしょ。
なのに少女に持ち運ばれている。
稀有な体験中かも。
ここいらは、そこかしこに松明の明かりがあり、石の通路を照らして、雰囲気がよかった。
やがて少女は、通路の片隅に私を置くと、徐に中に隠れる。
箱の中の人状態で待つ事しばし。
ニ体のオークが、【光学迷彩】で潜伏中の私に気づかずに通り過ぎていった。
タイミングを計り合図すると、少女はそっと蓋を押し開けて、隙間よりのぞかせたクロスボウで背後からオークを狙う。
うん、とんでもない箱入り娘がいたものだ。
バシュ!
矢を射るやいなや、少女は再び箱に隠れる。
誰もいない通路で、突然、仲間が射抜かれて倒れたものだから、オークは恐慌状態だ。
必死に辺りを警戒している。
少女は、二の矢を放つべく、僅かに開けた蓋の下でクロスボウを構えた。
オークからは、クロスボウの先だけが空中に浮かんでいる様に見えただろう。
バレた、オークが突進してくる。
少女は蓋を大きく開けると、オークに笑顔で手を振りながら、素早く閉ざす。
この時、オークは気付いただろうか、鈍く光る小さな射出物に。
私は、スキルを使う。
【ハードロック】
オークは、小癪な敵を、立てこもる箱から引きずり出すべく、恐るべき怪力で武器を叩きつける。
嵩にかかった猛攻は、しかし、徐々に勢いを失い、やがて攻撃はやんだ。
少女が再び箱から顔をのぞかせると、通路にはニ体のオークが横たわるばかりとなっている。
うむ、【ポイズンニードル】の毒はマジでエグい。
「よいしょっ」
箱から出た少女がオークの武器を掲げた。
「はい、あーんして」
いざ、収納タイム。
スキル【マジックボックス】発動!
私の中は異空間と繋がって、いくらでも物が入る。大きさだって関係ない。
次に、少女は傍らに倒れるオークに触れる。
程なく黒い粒子に変わって舞い上がり、残されたのは、ズタ袋と液体の詰まった瓶、それと、どう見てもキンチョール・・・
このわけが分からない力が少女のユニークスキルであり、彼女がダンジョンから脱出するためには、欠かせないファクター。
「袋の中、リンゴだった」
なぜなら補給がこの力にかかっているから。
「これは何?」
瓶を手に取り、私に入れて蓋を閉じる。
スキル【宝物鑑定】
ふむ、ハイポーション。
スキル【念写】
これで鑑定書(呪いの血文字版)の出来上がり。
「おー、本当に箱は有能だね」
まあね、頼りにしてよね!
私達は、今、レベルを上げながら、下の階をめざしている。数階層毎にいるフロアボスを倒すと現れるポータルを使って地上へと脱出するために。
【認識強化】での強行偵察を敢行したところ、出口に向かうには、あのスリーピー・ホロウを突破しなくてはならないとわかったからだ。
まだしもフロアボスの方が勝算は高いらしい。
少女は、離れた所に倒れている、もう一体のオークの元へと駆けていった。
その時、私は油断した。少女が傍を離れるのを止めるべきだった。
「イヤ、来ないで!」
少女の異変に気づき、視線を向けると、あの大男が少女に迫っていた。
スキル【念写】
二人の周囲を一瞬で、夥しい血文字が真っ赤に染める。
狼狽した大男に、少女が吹き付けたのは催涙スプレー。
悲鳴をあげる大男を尻目に、少女がこちらに逃げてくる。
スキル【光学迷彩】
「どこだ!」
視力を取り戻した大男が、目頭を押さえ、よろめきながらも、着実に近づいて来る。
「ここか」
宙に浮くスカートの裾から見当をつけて、手探りで蓋を開けた大男に、私はトラウマ級の呪言を呟く。
おおっと、テレポーター!
箱の中身ごと、何処かに瞬間移動させる罠なので、使う事は無いと思っていたけれど、餞別代わりにくれてやる!
なので、そっちはそっちでなんとかしてくださいな。
まあ、壁に埋まってなければね。
「終わった?」
隠れていた通路の角から、少女が顔をのぞかせた。
次からは、大事なものは箱にしまっておこうと思う。
それからの道中は。
「すっごくラク!」
少女に褒められて、オートマッピング先生に心からお詫びしたり。
縦型ピアノばりに大きくなって、キャスターなんて、明らかにバギー(全輪駆動)になったり。
何故か、ガチャは、子供服やお菓子しか出なくなったり、した。
多分、神様が甘やかしてる。
「寝る前のガチャは?」
"子供用メイド服を獲得しました"
「おー、お帰りなさいませ、午前様」
むしろ家に入れてもらえないよ。
翌朝、扉の前に立つ姿は・・・
「今のもう一回やって」
フロアボスに挑むため、私は、女性型のロボットに変形した。
胸までの丈の短いジャケットと丈の長いキュロットスカートを着ている風なシルエット。
そこからの戻し変形。
スカートに切れ目が出来て、捲れ上る。リバーシブルになっていて裏側は箱面仕様、四角い外観をつくる。
足は腿から背中側に曲げる。
今は、箱から上半身が生えている感じになった。
お腹を胸の下まで箱に沈める。
頭、胸、両手がパタパタ変形しながら集まって、丸みを帯びた蓋になる。
はい、宝箱。
初めて少女を私の中に匿った時に得た力がある。
怒涛のレベルアップと進化。
あの時、進化先に確信があった。
選択肢はニつになっていたけれど、絶対にあると信じてた。
ボロい財布。
"大きなチェストは、ミミックに進化します"
"スキル【マジックボックス】を獲得しました"
"レベルによる進化条件を満たしました"
"ハンターミミックに進化します"
"スキル【ファイアーブレス】を獲得しました"
"キラーミミックに進化します"
"スキル【擬態】を獲得しました"
"デスミミックに進化します"
"スキル【かじりつく】を獲得しました"
いや、もっと序盤にかじりつけたでしょ!
"最終進化形かつ『人の魂』を確認、条件を満たしました"
"オートマタに進化します"
"スキル【フラッシュライト】【カリキュレーター】【バイブレーション】【カメラ】【変形】を獲得しました"
懐中電灯、計算機、バイブ、カメラ、うん、折りたたみ携帯かな。
燃費が悪くて悪くて温存していたけれど。
とっておきをご披露しよう!
せーのっ、【変形】
丸みを帯びた蓋が、中央と左右の三つに分割。左右は肩と腕になる。
中央はさらに前後に分割、後ろ半分はパタパタ動いて頭部に変形後、せり上がり、前の半分はそのままで胸部になる。
変形後に胸部はせり上がり、くびれのある細めの腹部が箱から伸びる。
腿から背中側に二つ折りにされていた脚部が半回転して定位置まで移動。
箱のサイドが下側にスライドして垂れ下がり、工具ベルトのホルスターを左右両方に付けている感じになる。
箱の前面はあちこち切れ目が入った後、下側を軸に半回転して捲れ、スカートの前側の下半分に。半回転によって裏返った事で隠れるため、パッと見では箱の印象を残していない。
最後に何処からか現れた南京錠が胸にあしらわれる。
カチャリ。
変形完了、女性型のロボットモード!
蓋の曲線を活かして形作られた胸部は、だから箱と言ってもぺったんしてない。胸までの丈の短いジャケットを模している。おしゃれポイントは南京錠。お腹だって気持ちくびれがある。オヘソは無いけど、へそ出しルックだね。
脚部は、腰から膝に向かってゆるく広がっていくデザインで、キュロットスカート風。ただし、膝から下は箱の背面だった頃のままの四角さを残している。
腹部はコックピットになっていて、少女のための席がある。
この姿では、両前腕部、腰部の左右、両脚部に箱がついていて、一つずつ罠等をセットできる。
【マジックボックス】から、一番大きい盾を出して装備。
いよいよ、最終戦だ。
「さあ、行くよ!」
特大の扉を開け、フロアボスの部屋に侵入、と同時に、緑の光を浴びる。
スキャンされた!
だだっ広い部屋にポツンと鎮座ましますごっつい宝箱。
「ミミック!」
しまった、スキル【擬態】だ、私に擬態するつもりだ。
グンッ!
今、大きくなった!
蓋が開き、女性型ロボットの下半身が爪先を先頭に伸びてくる。まるで宝箱に上半身を食われかけてるエルフみたいな状態から立ち上がり、クルリ、前後の向きを変える。
箱の上半分、底だった方が左右に割れて頭部が出現、銀色の長い髪が背中に流れる。
割れた箱はカチャカチャ変形して腕に。
箱の残りは、いくつかのパーツに分かれながらパタリ、半回転してスカートになる。やはりリバーシブルになっていて、ひっくり返ると膨らみのある意匠が施されており、宝箱の面影は無くなる。唯一、お尻に、まんまの形でついている蓋のみが名残だった。
剥がれた箱の下から現れたのは、細身の女性型の上半身。特に顔の造形は凝っていて、投げキッスだけで勇者を倒せそう。
ミミックが両手を上にかざすと、そこに巨大な剣が出現。
【マジックボックス】の力だ。
そのまま大きくジャンプ、落下しながら、えーい!、という感じで剣を振り下ろす。
私は、脚部の箱に【キャスター】をセット、バックでかわす。
ミミックは、剣を肩に担ぐと、バットスイングの要領で振り抜く。
私は、盾を正面に構え、代わりに左足を一歩、右後方へ下げる。すると、右足を軸にやや向きが変わって、攻撃を真正面から受け止められる。
「お返しなさいませ、御主人様!」
おう倍返しだ!
コックピットの少女に箱二つ分のスキルの発動権限を移譲。
少女が腰の左右の罠を発動。
喰らえ。
【ハイボルテージ】
地を這う電撃がミミックを襲う。
同時にバックジャンプ。
少女は、使用済みの罠を【エレクトリックボルト】に換装、発射。電気を帯びた矢がミミックに命中も弾かれる。
私は、右手に【ファイアーブレス】をセット、火炎放射を浴びせたが、物ともせずに突っ込んで来た。
少女が【クロスボウボルト】を発射するも、多少のけぞらせる程度で勢いは止まらず、私は盾をかざして攻撃を受け止めたけれど、左手が拉げた。
体勢を崩しかけるも強引に【キャスター】で離脱を図る。
少女が【ガスボム】を煙幕として使った。
盾越しの一撃で腕を持っていかれた。これを腹に食らったら、少女が・・・
罠にはインターバルがある。ダメージになりそうなのは、あらかた使い終ってしまった。
これを使う機会は無いと思っていたけれど。
罠を再考しつつセット、全力で後退しながら、右手に【バイブレーション】発動、拉げた左手を掴み無理やり引きちぎって捨てる。
ミミックが煙幕を突き破り追って来たところで、左手の罠を発動。
【エクスプローディングボックス】
轟音と共に吹き飛ぶミミック。
床に叩きつけられて、ワンバウンドして、べちょりって感じで着地した。
立ち上がるも、関節から異音がしてぎこちなくなってる。
ここで畳み掛けるしかない。
特攻!
ギリギリ射程距離外で罠を発動。
【テレポーター】
箱の中身ごと瞬間移動させる、つまり少女を何処かに飛ばした。
ボス部屋からは出られない、部屋の何処かにーー
居た、少女を確認。
ミミックの顔を鷲掴みにして【キャスター】を全力全開、少女から最も離れた所へ引きずって行き、押し倒す。
右手だけでは暴れるミミックを抑えられない。
左足で。
【かじりつく】
残りは全て。
【エクスプローディングボックス】
粉々になった自分の意識が、どこに宿っているのかもわからない。
ポータルは?
光ってる、良かった。
私は、ここまでかな。
もうすぐ力尽きてーー
"スキル【ガチャ】が使用可能になりました"
あっ!
"スキル【ガチャ】を発動しました"
お願い。
もっと一緒にーー
チャリン。
コインが落ちて、弾んだ。
とある露店で。
少女は、マトリョーシカを並べては、しまう。
「コレいくら?」
財布を取り出す少女に。
「また随分とオンボロの財布だね」
「これは魔法の財布だよ」
「いやいや、まさか」
「本当だよ、この財布はね、時折、ポケットにお金が転がり込んでくるって代物なんだ」
「ハハハ、お後が宜しい様で、かい?」
笑う少女の財布から。
チャリン。
コインが落ちて、弾んだ。