食物連鎖
狼と羊の川渡しゲーム。
(開始位置) (ゴール)
川川 川川
狼羊 川川 → 川川 狼羊
人羊 舟川 → 川舟 人羊
川川 川川
川の岸に人が一人、狼が一匹、羊が二匹います。この一人と三匹を対岸に運びます。
①狼は人がいないと羊を食べてしまいます
②人が舟を使わないと対岸に狼や羊を運べません
③人が一度に運べるのは一頭のみです
私は幼少の頃より母に「あなたはとても美しい女の子なのだけど、華奢で引っ込み思案だから、私のように悪い男に引っかかっちゃダメよ。」と言われ続けていた。
母はシングルマザーで女手一つで私を育ててくれた。女子高3年の夏。母に進路相談をする。
「学費がかかっちゃうから高校を出たら働くわ。」
「何言ってるの?あなたは私と違って頭が良いんだから。大学は出ておきなさい。私のように高卒だと何かと苦労しちゃうんだから。」
とむしろ大学進学を勧められた。ただし女子大限定で。
「高校にしろ大学にしろ男なんて性欲の塊なんだから、せめて20歳を越えるまでは男性とのお付き合いは辞めておきなさい。」
成績は進学校の中でも上位であったので推薦で4年生女子大学にあっさりと合格が決まる。県外であったので入学のタイミングで一人暮らしを始めることになった。奨学金で学費はカバーできるのだが、生活費や教材費、その他諸々のお金を工面しなければいけなくなり、母が仕事を増やして対応してくれた。
専門学校と異なり大学は4年の内、最初の1年は教養科目が多く、授業の数もそれなりに多い。私は大学1年の内に教養科目と、一部専門科目を詰め込み単位を取れるだけ取った。そして2年で余裕を作りアルバイトを開始し、母の助けになろうとした。だが母は私がバイトを始めても仕事量を減らすことなく、
「何があるか分かんないからね。友達とかと旅行とか行けてる?おいしいご飯は食べられてる?」
と自身の生活をそっちのけで、毎晩の電話で私の生活の質の向上を願ってくれている。私は母に返しきれない程の恩を感じていた。大学2年の冬、20歳になった私は初めて実家に帰省した。
「ただいま~。お母さん。」
「おかえり~。」
母はかなり痩せていた。しかし私は何とか顔に出さず気丈に明るく振舞った。母は18歳の成人ではなく、20歳の成人をかなり特別に意識しているようで、成人した私と一緒にお酒を飲むことが夢だったようだ。そしてその夜、顔を突き合わせてお酒を飲む。
「大学はどうなの?」
「うん。単位は全然問題無いかな。今出てる講義の単位が取れたら、4年間で取らなきゃいけない分の8割方取れるだろうから、3年になったらもっと頻繁にお母さんに会いに来るよ。」
「凄いねぇ。電話では聞いてたけど本当に出来の悪い私が産んだとは思えないわ。トンビが鷹を産むってやつね。」
「もぅ!そんな事無いって。私にとってはお母さんはずっと尊敬できるお母さんなんだから!」
「うふふ。ありがとう。でももう成人したし子ども扱いもできないわね。お酒をこうして飲んじゃってるんだから。」
「でも口がお子様だから、悪いけどあんまり美味しくないカナ…。」
「いいのいいの。私も最初お酒を飲んだ時には全然美味しく無かったから。誰と飲むかの方が大事よ。でもだんだん暑い日に喉が渇いてたりすると冷えたビールが美味しくなってくるのよねぇ。」
「へー。お母さんが言うならそうなんだろうね。お母さんとまた飲むために練習しておくわね。」
「うん。あ!でもお酒の席での男性の誘いには注意してね。なんかかっこいいかも?なんて判断力落ちるから。これ実体験ね!」
「それで私が産まれた。みたいな?」
「うふふ。でも私はあなたと出会えて一緒にいれた事は人生で最強最大にしてハッピーな事だったから大正解なのよ。」
「お母さん…ちょっと酔ってるでしょ。」
「ちょっとね。こんなに楽しい事なんて無いから。ペースが早かったかも。でも男性とのお付き合いは解禁の年だから積極的にね。でも飲みの席からの送り狼には気をつけてね……。」
「お母さん、話飛びすぎ。…って、お母さん?」
母は眠ってしまったようだ。下戸だったのだろうか?そこまで量は飲んでいなかったように思う。私はそのまま軽くなった母を背負い布団に寝かせ、私も久々に実家のベッドで横になった。
「ちゃんとベッドで寝る用意がしてある…。」
母は私が帰ってくるのを心待ちにしてくれていた。その事を感じ幸せの中で私は眠りに落ちた。
朝になり目を覚ます。大学の講義が昼から入っていたので8時頃に実家を出ようとしたが母はまだぐっすり眠っていた。
「お母さーん。行ってくるねー。」
「…う……は…はーい…。」
大学に戻り、昼の授業中に母からメールが
(ほんとごめん!頭ガンガンしてて全然見送れなかった(>_<) 昨夜は布団まで運んでくれてありがとうね!)
ここまでお酒に弱かったのなら、母こそお酒の練習が要りそうだ。しかし、私を育てるのに必死で飲酒の機会など全く無かったのだろうと判った。私は改めて母の幸せを第一に人生を進めようと考えていたのだが、、、
3日後、母は死んだ。
仕事先で突然倒れ意識不明の状態に。搬送先の病院でその日の深夜に息を引き取った。死因は過労死。その報を受けてからの記憶が曖昧である。お通夜とお葬式を母の職場の上司のサポートを受け執り行い、労災が支払われる事を伝えられた。受け取り人が私である生命保険を母が入っていたことも知り大学は辞めずに卒業ができるよ、と説明を受けたが上の空であった。脳内では母と最期に一緒にお酒を飲んだ記憶。最期の台詞、
「飲みの席からの送り狼には気をつけてね……。」
が何度もリフレインしていた。大学は4年で卒業できず留年した。お酒を飲む量が増え、講義や提出物、テストの成績が著しく下がったからだ。お酒を飲むのは母がいなくなった寂しさを忘れるため。お酒を飲むのは母との思い出に耽るためでもあった。大学は1年留年したものの卒業することができた。この頃には多少ではあるが立ち直れてきたとは思う。
女子大を卒業した後、内定をもらえていた企業に就職できた。自分で言うのも何だが、愛想の無い態度で面接をしたことを憶えているのだが、何故かいたく気に入られ採用が決まった。入社してから私の指導係になった28歳の先輩が後の私の旦那となるその人である。背が高く気遣いができ、いわゆるイケメンである。仕事に関しては少し抜けているのだが…。
私は男性としての彼に興味は無かったのだが、彼は私に惚れ込んだらしく積極的にアプローチし私が折れた形だ。彼は私をよく反省会・会社の打ち合わせと称してお酒の席に誘い、帰りに
「送っていくよ」
と言ってくれたが、私は脊髄反射で断る。ただそのようなやりとりを何度も繰り返す内に、母が私に男性との交友関係をたくさん積むように望んでいたことを思い出し、物は試し。といった感じで付き合う事は了承したのである。
彼の方が5歳も年が上なのであるが、行動が手に取るかのように分かる程、彼は子供のようだった。初めての男性との付き合いで比較のしようが無いのだが、相当幼く感じる。何かをやりたい時にやりたいと言い、何かをやりたくない時にやりたくないと言い、母を思う時間の方が長くなってきた頃に、彼が私を守ってくれる事件が起きた。
私は社内の女性社員にハブられていた。彼が社内でモテていることから、彼と付き合っている私への嫉妬であろう。もし彼と別れる事でこのちょっとしたイジメが無くなるのならすぐにでも別れるのだが、おそらく別れ方次第。彼が私を手痛く振るという状況以外に改善しないだろう。しかし彼は私にゾッコンであり私は解決策を見いだせずにいた。しかし、彼が素直な気持ちでそこを他の女性社員に伝えたのだ。
「俺の大事な彼女を邪険にするって事は、そんなに俺の事が嫌いなの?嫌いならはっきり言って。俺ももう君達と関わらないようにするから。」
「いや…、そんな事は…」
鶴の一声とはこのようなことか。それ以降は仕事の話や、給湯室で彼との惚気話…と言っても、彼からの一方的なエピソードであるが、などを女性の同僚とそれなりに話せるようになり、1カ月も経った頃には一緒に居酒屋でお酒を飲めるような関係になった。
彼と知り合ってわずか8カ月。彼は私にプロポーズをしてきた。
「30歳までに子供が欲しいって言うじゃん。」
「それって女性側が言う事だよ。」
そんなお馬鹿…とまではいかないがちょっと抜けている彼と結婚した。ちなみに私はまだ恋愛感情とはいかなるものかを分かっていない。
それからしばらく経ち、私が態度を何も変えていなかったがそれがまずかったのかもしれない。少しずつ彼の態度が変容し始めた。彼は基本的に私にベタベタとくっついてきて、
「ほんと可愛いよね」「超大好き」
と社内では聞かせられないような態度で、私のために色々と尽くしてくれている。私としては尽くしてくれるのは楽なのだが、慣れていないので「ありがとう」と言うのが精一杯である。それが続いたことで
「ねぇ。俺ばっかり好きって言ってるよね。あまり顔も見てくれないしさぁ。あんまり疑いたくないけど…、、浮気してるんじゃない!?」
彼は私の浮気を疑っている。全くの想定外の展開。私は私なりに言葉を選んで丁寧にそういったことはしていないと告げるが、彼は何だか疑いの色を濃くしている様子。彼氏を愛する女性の一般像という物が私には全く無いので演技をする事もできない。まぁ、私にそのような浮気の事実は無いので彼も勘違いに気づくだろうと思っていた。
ある日同棲しているマンションに帰宅すると、部屋の明かりが点いていない。彼は先に仕事を終えて帰っているという連絡は入っていたのに。おかしいなと思いつつ玄関を上がり、明かりをつけようとした所、後ろから鈍器で殴られた。強盗かと思って振り返ると、殴った犯人は彼だった。彼は
「俺は…俺はこんなに、、こんなにも君を愛しているのに、なんで君は浮気なんか…」
「っ…、私、、浮気なんかしてないっ!」
「そんなはずない!結婚して、、愛し合って、、それなのにこんなに君はそっけないなんて…、おかしいじゃないかっ!!」
話が通じる感じではない、彼が振り下ろした2回目の鈍器を躱し、部屋の奥に逃げながら何か対抗できるものは無いか探す。
(…助けて!助けてお母さん!)
適当に手にとった椅子を持ち、こちらに向かってくる彼に向き直り突進をする。彼をドンッ!と後ろに押し倒す。そして様子を見るに彼は動かない。彼は後頭部を強打しかなり出血していた。私はすぐに救急車を呼び、そして傷害を負わせてしまったことを自首するべく警察を呼んだ。
彼は病院に運ばれた時点で死亡が確認され、私の結婚生活はあっけなく終了した。私は警察で聴取され、自身がしてしまった事をつまびらかに明かした。私は捕まってしまうのだろうと思っていたが、全くそのような事は無く、むしろ
「ひどい目に遭っちゃったね。大丈夫?」
「何かあったら相談に乗るから気を確かにね。」
と警察官や周囲から励まされた。彼が私をあらぬ疑いで襲撃した。私の頭を鈍器で殴り、私は必至で抵抗した。正当防衛という形で落ち着いた。彼のご両親には警察が事情を説明したからか、本格的に謝罪を受け、彼の財産や彼の両親からも慰謝料という形でかなりの金額を受け取れることになってしまった。
会社には居られず辞めてしまった。
私は昏い喜びを感じていた。これは純愛かもしれない。人生で母以外に感じる似て非なる特別な感情。大金を得た事では無い。それは人を殺めてしまったという事実だ。
母が死んだ時には私が終わってしまったかのように錯覚してしまう程、自我がバラバラになる感覚であったが、彼が動かなくなり死んだであろうと意識した時に、自我が組み立てられていく錯覚に陥った。私はこのために生きているのだ。私のこの容姿、頭の良さ、これらを駆使し1人でも多くの死を自身で演出したい…。できるならば1日数人…と願うのだがそれは無理である。長く…多く…ソレを行なうには結局1年に1人ぐらいが現実的である。幸い合法的に人を殺しても捕まらない方法を初回にやったではないか。正当防衛という免罪符を軸に組み立ててみよう。警察がいくら疑おうが、私は襲われ反撃をしただけなのだ。
お金に不自由が無くなった私は夜のお店に一人で繰り出すようになる。男性からはモテるのでひっきりなしに声はかけられるが、私を襲ってくれる性格を見極めるのはそれなりに難しい。この5年間で3人しか達成できていない。足りないなぁ。
「飲みの席での送り狼に気をつけてね」
母の声が聞こえる。でも大丈夫だよお母さん。食物連鎖の頂点は狼じゃないもの。羊の皮をかぶった…