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それから、会話らしい言葉を交わすことなく街中を歩きフェッロ・クローフィのホール前までやって来た。
その間それとなくリーネを観察してみたが歩調は一定で澱みは無かったが、本部のある区画と比べてホールのある比較的雑多な区画では周囲を見回す仕草が目立ったように思える。
「ここがホール、ギルドメンバーの生活の拠点だ。便利だが、使っている連中の品位には期待するな」
そう言っているそばから酒を片手に馬鹿騒ぎする男女の集団が通りかかった。
ホール内で禁止されていることは暴力行為ぐらいで、そこら中に酔い潰れた奴らが転がっていることも珍しくない。
真正面に看板を掲げる酒場はまだ陽が高いと言うのに満席で、立ち飲みをしている連中もいる。
「ふむ、活気があるな。一仕事終えた後の解放感というものだな」
「いや?これから出撃の奴らも景気付けに飲んでる」
「なっ……命を賭す場に出るというのに、あ、アルコールだと!?」
リーネは信じられないと言わんばかりに顔を強張らせた。
「まあなんだ、酒が入ってないと正常な思考や挙動が出来ない奴もいるってことを覚えておくと良い」
「私の想像外の世界が目の前に広がっている……。これ以上頭が重くなる前に、先に部屋に案内してもらえないか?」
「構わん。重たい荷物が無い方が散策しやすいしな」
飲食店の建ち並ぶ通りとは反対の、比較的落ち着いた服の仕立て屋や職人が常駐する武具屋の通りを抜けて居住区へ向かう。
飾り気のない金属扉が壁に等間隔で並ぶ通りに出ると、俺は通い慣れた道筋を辿る。
三分ほどの間にフロアを登ったり渡り廊下を通り抜けて一室の前で立ち止まる。
「百八十六号室。ここで今日から相部屋ってことになる、よろしく」
「む?何か勘違いしているようだな」
彼女はそう言うとギルドの紋章が捺された一枚の紙を取り出してみせた。
「私の部屋は君の部屋の隣と案内が来ている。百八十六号室は角部屋だから、自動的に百八十五号室が私の居室ということになるな。……もしや、残念がっているのかな?」
少し悪戯な笑みを見せる彼女に俺はうんざりと言った表情で応えた。
「む、年頃の男子というものはうら若き乙女の柔肌を見られると期待で興奮するものと思っていたが……随分と冷静な様子だな」
「今は単独で仕事しているが、昔は女と相部屋だったから裸どころかソイツの黒子の数も知ってるぐらいには見慣れてる。それに、現場で負傷すれば嫌でも肌を見せることになるしな」
「キトリア、君は何と言うか年相応の可愛げがないな。それでは年長者には好かれないし後進にも懐かれないのではないか?」
「大きなお世話だ。色々気が変わった、俺は飯を食うからあとは自分で好きに探索してくれ」
ずばり、図星を突かれた俺は空腹も相まってサッと湧き上がった怒りを抑えるためにリーネを顧みることなく自室に入った。
何故初対面の女にそのようなことを言われなくてはならないのか。
心の奥底に染み付いたプライドと呼べない自尊心がささくれ立ち、同時にニヤーネに改善を促されていながら一切進歩していない自身に情けなさを覚える。
「少し、はしゃぎ過ぎた。済まない」
扉越しに謝罪の言葉が聞こえて来た。
トーンが変わったように感じ取れなかったので、全く浮かれているようには見えなかった。
確かに、環境が変わった当初というのは少々浮つくものと自身の経験が証明している。
「また明日、朝からダンジョンに出撃する。危険は無いがよく食ってよく寝てくれ」
「了解した。案内、感謝する」
それっきり、扉前から気配は消え足音も遠ざかっていく。
久し振りのユニットに、もしかすると俺は緊張を覚えているのかもしれない。
そう言えば彼女の得物は何なのか、一体どういう思考でどんな戦闘スタイルなのか聞くのを忘れていた。
否、聞くのが無駄だと諦めてしまっていると言うべきか。
ローテーブルの上に放置してあった今朝ホール内のパン屋で買ったパンの残りを手に取り、ベッドに腰掛けてそれを齧った。
焼きたてならそこそこ美味いと評判だが半日も経てば固くなり味も格段に落ちる。
この店は過去にほんの僅かな期間ユニットを組んだ誰かに教えてもらったと、そう記憶している。
「……今回はどれだけもつか」
空疎な呟きは、虚空に消えた。




